王の選択(2)
「……どういうことだ」
ノォトは思わず、つぶやいた。弱々しい声で、絞り出すように。
ゆっくりと歩み寄る。アルヴァルトは女の腕を掴んだ。険しい顔を、ノォトへと向ける。
「アルヴァルト、これはどういうことだ。なぜ、そんなことを。俺の決定に文句があるのか」
「どういうことだ、だと?」
彼は怒りを込めた声で言った。
「失望した。ノォト、お前は……こいつらを生かしてどうするつもりだったのだ」
アルヴァルトは女を立ち上がらせる。女はきゃあ、と声をあげた。
ノォトは視線で制止を求める。だが彼が従うことはなかった。
「それは……」
「我らが領土が侵されるかもしれない。民草の命が奪われるかもしれない。この者の支配下の民はどうなる。あるいは、この娘の子がいずれ王となり、お前の首をとりにくる。そう考えなかったのか?」
すでに王となった男はそう言った。未だ王でない者は、思わず黙ってしまう。
魔剣に伸びそうになった手を、思わず堪えた。彼は義父であり、自分の軍の将だ。ここでことを荒立てるわけにはいかない。
「王とはそのような思いでは、とうてい務まらぬ。誰よりも苛烈でなければならない。無慈悲に、苛烈に、恐ろしく、けれども鮮やかでなければならぬ」
「それは何のために?」
ノォトは尋ねる。アルヴァルトが睨みつけてくる。狂気がその瞳に見え隠れした。まるで呪縛だ。王であろうとするために、他を除いていく。苛烈になり、恐怖を与えていく。そうして従わせ、刃向かった者や邪魔になった者は斬り伏せる。
そうして残るのは一体なんだ。ノォトは思った。戦いとは勝つためのもの。勝敗を決したあとに血を求めるのは、どうしてだろうか。
(その果てに生まれたのは、他ならぬこの俺だ。己の意思を持たず、ただただ言われるがままに動く。そんなもの、人ではない。物だ)
そのことに気づいてしまった。血による復讐という因習は、アルヴァルトの野心に正当性を与え、ノォトを復讐の鬼であるかのように仕立てあげた。この果てにあるのは戦いばかりだ。相手の血によって血を洗い流していく。
その連鎖の果てに笑う者は誰だ。
自分か、アルヴァルトか、あるいは。
ノォトの頭に痛みが走る。その痛みはノォトの思考を縛った。
だから、アルヴァルトの言葉を待つ。彼はノォトをじっと見た。それは、義理とは言え息子を見るものではない。敵を見る目だった。
「ノォト……王とは人々の規範となる者だ。優れた王とは、誰もが羨望し、その身命を捧げたいと思う者だ」
「ならばアルヴァルト、苛烈なる偉大な王よ。お前はこれで満足したか? 血を流し、侵略し、それで」
「満足など!」
アルヴァルトは叫んだ。それこそがノォトが突きつけた魔剣だと知らずに。
確信する。アルヴァルトは優れた統治者である。戦の腕も、政の腕も確かであり、清濁を飲み込めるだけの力がある。
しかし、どうしようもなく、ノォトの王道とは交わらないのだ。
アルヴァルトは、掴んでいた女をノォトへと突き飛ばした。抱きとめたノォトと視線が交わる。震え、恐れがあった。先ほどまでの威勢はどこかへと行ってしまっている。腕の中にいたのは、異国の王子の剣さえ阻んだ気丈な王女ではなく、ただの女だった。
「選べ、ノォト。この女を斬るか、組み伏せるか」
「俺は……」
そんなことはできない。ノォトは思わず目を伏せた。
誇るべき王とは、そういうものではないはずだ。ノォトの決意は固い。
自分の中にある何かに、あるいは誰かに、背いてしまうような気がしたからだった。
「ノォト、もしかしなくともお前は」
だが、アルヴァルトは言った。ノォトの核心を突く言葉を。
「優れた王とは、すべてを救える者とでも思ってはいないな?」




