鍛冶場の王子(3)
ノォトが連れられたのは厩舎だった。
アルヴァルトによって育てている馬たちはすべてがたくましい。大きな足に艶のある皮や毛。
どれもが優れた馬なのだとわかる。
多くの戦士が、あるいはアルヴァルトがこれらの馬を手繰り、戦場を駆け数々の武勇をあげたのだ。
これらの馬が持つのは速さだけではない。戦場の経験だった。
それを知っている馬とそうでない馬では、目つきも動きも違う。
人と同じように、だ。
「このうち、一頭をお前にやろう」
気前よく、アルヴァルトは告げる。
戦場を越えた名馬。旅の共としてこの上ないほどに頼もしい。
だが、その馬選びは並大抵のことではない。
なにせ、ノォトはかつて、自身の馬を失っている。
剣と同じように、ノォトの戦いに馬が耐えきることができないのだ。
しかし、この中の馬ならばあるいは。
ノォトが馬を見ていると、アルヴァルトは一つずつ、その馬にまつわる話をする。
戦場において最も早く駆け抜けた。
主人の危機に際して真っ先に駆けつけ窮地を救った。
乗り主の最も優れた武器として、剣よりも槍よりも戦士の首を打ち取った。
そうしたエピソードを聞いていく中で、馬たちは興奮していた。自分を選べ、そう言っているような気がしたのだ。
いずれも素晴らしいものであったが、ノォトの気に入るものはなかった。
すると、端でずっとノォトを見ている馬がいた。
灰の毛並みを持つ馬だ。大人しい気性なのか、他の馬のように逸ったりしなかった。
「あれは?」
「ああ、あれは……この馬たちの中でも臆病風に吹かれていてな」
「臆病?」
「そうだ。戦場でも、主人を戦いに向かわせないことが多々あった。どうにも、主人の意図を汲めないやつでな。いい馬なのだが」
ノォトは灰の馬へと近づいた。
そして気づく。この馬はずっとずっと、強い馬だ。
瞳が、体が語っていた。
が、それを証明する術がない。ノォトは試したくなった。
この馬は、恐れを知らぬかを。
「なら、試せばいい」
声が響いた。聞いたことがない声だ。
いや、果たして、ここに三人目の誰かがいただろうか。気配に敏感であったが、そんな自分でさえ気づかない誰かが?
振り向いた。そこにいたのは帽子の男。槍を片手に持ち、帽子で片方の目を隠している。
年齢の印象を抱かせない、無貌のようにも感じられた。
男はノォトを見る。じっと、深くを探られるかのようだった。
お前は誰だ、そう聞きたいが、口が動かない。
「わからないことは知ろうとせよ。求める思いを忘れるな。そして知った時、どうするかを決めよ。それこそがお前に許された権利だ」
男は灰の馬に近づく。灰の馬はよく懐いていた。
「馬は水を嫌う。そこに追い込めば、自ずとわかるさ。恐怖を前にしたとき、本質を理解できる」
簡単だろう、そう男は言う。
ノォトは頷いた。男へと近づこうとしたが、瞬きをしたときにはいなくなっていた。
「どうした、ノォト」
アルヴァルトには男は見えず、彼の言葉も聞こえないようだった。
伝えるべきかどうか迷ったが、結局告げることはしなかった。きっと彼はそう望んだのだから。
その代わり。
「試したいことがある」
ノォトは馬を次々に放つ。アルヴァルトは止めずに、眺めていた。
そして最後に、灰の馬を放す。そしてノォトは、剣を引き抜いた。
「命が惜しければ逃げろ。さあ、さあ!」
馬たちは一斉に走り始めた。ノォトはそれを追いかける。
アルヴァルトは驚き、そして叫んだ。
「気でも狂ったか!」
「俺は冷静だ」
やがて馬たちは、水飲み場として使われている川まで追い込まれた。
多くの馬は水を恐れて止まる。主人がいたならば、その馬たちは立ち止まったりはしなかっただろう。だが二つの恐怖に挟まれた瞬間に、立ち止まってしまったのだ。
つまり彼らは、恐れを直面したときに、本当に恐るべきものが何なのか判断ができないのだ。実際に、水が命を奪うことはないというのに。
しかしその中で、一頭だけが川の中へと入っていった。
その馬こそが灰の馬だった。
ノォトは、剣を納めて池へと入っていった。鼻を鳴らして、灰の馬はノォトを待った。
「いい子だ。お前は、本当に恐るべきものを知っているのだな」
頭を撫でた。気持ち良さそうに、目をつぶった。
ノォトは、この灰の馬に不思議な縁を感じた。運命とも言うべきか。出会うべくして出会ったのだと、確信を持って言うことができた。
これからの旅の相棒に相応しい、そう思った。よく見てみれば、灰の色は他の馬たちよりずっと美しい色合いであり、この世のものと感じさせない。足の筋肉も一層たくましく、瞳はどの馬よりも輝いていた。
そこへ駆けつけてきたのはアルヴァルトだった。名馬たちが川へ入るのを躊躇い、そして臆病と言った馬が川の中にいることに驚いていた。
「ノォト、これはどういうことだ?」
「義父よ、この馬こそが真に優れた馬に違いない。いうことの聞く馬は確かに名馬だが、自分で考えることのできる馬は一人の友も同然だ!」
そう言って、ノォトは灰の馬に名をつけた。
グラニ。風の名前だった。
ノォトの奇行に呆れたアルヴァルトは、しかし快く馬を譲った。元から、扱いにくい馬だったグラニだ。自分の手元には要らず、ノォトには要るのだから譲らない理由はなかった。
川から上がったノォトに、アルヴァルトは言う。
顔つきは子に物を贈る父から、王のものへと変わっていた。
「ノォト、そこで一つ、頼みがある。聞いてくれるか」
「お前の言うことならば」
「ここから北に、巨人が暴れているという。被害は大きく、三つの村の家屋が崩されているそうだ。森を荒らし、山を崩さん勢いだ。そいつの首を土産にすれば、巨人を宿敵とするドヴェルグたちも言うことを聞くだろう。どうだ?」
ノォトの目的を知るアルヴァルトは、王として自身の利益も考えた上でそう提案した。
「引き受けよう」
「助かった、この国で一番の勇士よ」
アルヴァルトはそう言った。気前よく、そしてしっかりした声で。