さよならは言わないで(1)
ノォトが気がついたら、戦いはすべて終わっていた。巨人はノォトの一撃によって一片も残らず消し去られていた。
亡くなった者を埋葬し、フィオネの指揮で森を再生させるべく整理が進む。ドヴェルグたちはそれに従っていた。ドヴェルグとて、切る木がなくなってしまうのも困りものなのだろう。
できることはなく、その間に自分のできること、するべきことをしていた。
魔剣の鍔や柄、鞘をエイトリとともに考え、完成させていた。魔剣があるべき姿を手に入れて、一安心する。
目的である魔剣が完成したからには、そろそろ国に戻るべきだろう、とノォトはエイトリたちに言った。彼らは同じ鍛冶師であり、魔剣を己の手で再生させてみせたノォトとの別れを惜しむ声が聞こえた。けれども、王であるエイトリは、ノォトを送ろうと宴を開いた。祝勝の会も兼ねたそれは、立役者たるノォトとフィオネを主役にしてすすんだ。
夜になって、凍えるほど寒くなる。物見櫓にノォトとフィオネはいた。会は、もうドヴェルグの独壇場である。主役の二人が抜けたところで、咎める者は誰もいない。
外の景色を眺めた。倒れた木々があまりに悲しげであった。
「長いようで短かったわね」
フィオネはそう言った。そうだな、とノォトは頷いた。
長い旅だった。出発して、早々にフィオネと出会ってから、ここまで長い道のりであったと思う。気づけばドヴェルグの国にまでやってくることになった。
だが、その結果、共通の目標であった巨人の討伐は成功し、ノォトは魔剣を手に入れることができた。
そしてノォトにとって、この旅で得たものはそれ以上のものがある。王としてどう振る舞うか、どう覚悟をするのか。たくさんのものを知った。その中でようやく、自分のなりたい王の姿が見えてきた気がした。その形が、この魔剣なのだとも思った。
「ねえ、その剣、銘はなんと言うの?」
フィオネは尋ねる。ノォトは、背負っている魔剣を抜いた。
名など決めていなかった。そもそも、きっと名があったはずだとも思ったが、聞きそびれてしまっている。
それでも不思議と、名はすんなりと決まった。
「〈憤怒の剣〉だ」
「ふうん」
フィオネもまた、刀身を眺めた。優しく剣に触れる。
「いい剣、なのかしら。私にはわからないわ」
「この世で一番の剣だろうな」
「自分で作ったから贔屓してるわけではなく?」
「皆で作ったから、自信があるんだ」
ノォトは言った。フィオネはくすくすと笑った。お互い、少しだけ酔っているようだった。
それから思い出話に花を咲かせた。初めて会ったときはどうだった、開拓村では、など話題にはいとまがない。
笑いあって、そしてだんまりとしてしまった。ここで二人の旅は終わりである。明日になれば、ノォトは国に帰るし、フィオネもまた帰る場所があるのだろう。そう思うと途端に、柄にもなく寂しくなってしまった。
「ねえ、ノォト」
フィオネが口を開いた。真剣な瞳でノォトを見る。
「この世界の終焉は確実に近づいているの。オーディンはその終焉を避けるために、たくさんの手を打っているわ。でも、誰も何が正解なのかわかっていない。もしかすると、彼らが行っていることが世界を終わりに向かわせているのかもしれない」
人と人が戦わざるを得ないのも、この地上にたくさんの魔物がいることも、すべて。フィオネはそう言った。
ノォトは思わず息を飲んだ。これはきちんと聞かねばならぬことだと、肝に銘じて。
「きっと貴方は、素晴らしい王になれるわ」
それは以前、この場所でフィオネに言われたこと。いまはその言葉が、違う意味を帯びているように思えた。
「いずれ来る終わりのとき、私は……妖精郷の女王として地上に降り立つわ。そのとき、貴方が隣に並ぶ人の王であってほしい」
それこそが私の目的。いずれ王となる貴方を導くこと。
フィオネはそっと、ノォトの頬に触れた。魔剣を撫でた手で、優しく。
「貴方は私が思っているよりもずっと、素晴らしい人だった。だから、その道を失わないようにね」
その顔は女王ではなく、一人の少女のもので。瞳は慈しみに満ちていた。
ノォトは思わずため息をついた。敵わない。そう思わされた。武具を用いるわけではなく、ただの言葉と瞳だけで、ノォトは負けてしまった。
「ああ。もちろんだ。俺は……王になる。誰よりも素晴らしい、王に」
父のように誰かを愛せるだろうか。フィオネのように誰かを導けるだろうか。エイトリのように誰かをまとめることはできるだろうか。途中で出会ってきた、平和に暮らす民を守れるだろうか。災厄にあった者たちを救えるだろうか。
いずれ来る終わりを、乗り越えることができるのだろうか。神々でさえ恐れる災厄を。
不安なことはたくさんある。だが、やらなければならない。たくさん考え、たくさん動かなければならない。
「それでこそノォト。楽しみにしてるわ」
そう言って、フィオネはノォトから離れて、窓枠に立った。
外を見れば、極光が輝いていた。数多の色を束ねたようなその光を見て、ノォトは魔剣の輝きと同じものを見た。
感嘆の息を漏らすフィオネ。ノォトもまた、感動で言葉を失っていた。
そして、フィオネは一歩を踏み出した。なにもない宙へと一歩。
瞬きをした間に、フィオネは消えた。ノォトは思わず、落下したのかと思い窓から下を覗いた。だがそこにはなにも見えなかった。
歌が聞こえた。フィオネの魔法の歌である。きっと帰ったのだ。別れの言葉の代わりに、歌を残して。
ノォトはしばらく、外を眺めた。極光はまだ、空で揺らいでいた。




