魔剣転生(3)
ドヴェルグの国から地上へと向かう道はすでに教えられていた。その道のりを、ノォトは夢中で駆け抜ける。
少しでも早く、行かなければ。ノォトはその思いで走っていた。地上で戦うドヴェルグたちを考える。果たして、どれほどのドヴェルグが巨人の前に倒れただろうか。
フィオネはどうだろう。彼女がやられるはずがないと思いながらと、しかし彼女に傷ついてほしくないという思いもある。長い時間をともにして、王としてではなく友としての情が強くなったのを感じていた。
……剣を握るときに、これほど何かを考えたことはなかった。誰かのことを想ったことはなかった。ともに戦う者に思いを馳せたこともなかった。ノォトはそのことに気づいた。
柄を強く握る。長いこと剣を鍛えていたからか、熱気にあてられたからか、もう体力は残されていない。魔剣を一度振るのが限界だろう。
だが、それでも行かねばならない。戦わねばならない。自分が剣を鍛え、戻ってくると信じて戦っている者がいるのだから。
ずっと続くと思われた坂道を抜けて、外へ出た。
夜明け前の空が広がった。どうしてか、懐かしい気持ちになった。いつか見た色だ。それはいつで、どこだったか、よく覚えていない。
眼下に広がる光景は、凄惨たるものだった。森の木々は折れ、倒れたドヴェルグたちが運ばれる。ノォトはゆっくり、その景色の一つ一つを見ていった。
そして、足音が聞こえた。巨大な者が駆ける音。その音にかき消されそうだが、確かに響いている蹄の音。ノォトは思わず微笑んだ。
グラニを駆るフィオネが見えた。その背後には巨人が迫っている。木々が薙ぎ倒されて足場が悪いにも関わらず、グラニはよく走る。さすがは友だ、とノォトは誇らしく思った。
だが巨人はそれを越える速さで、フィオネたちに迫っていた。
一斉に岩が飛んでいった。巨人を狙っての、投石機によるドヴェルグの攻撃だ。巨人の歩みを止めることはできないが、その足がわずかに鈍る。
ノォトは山を滑り降りる。剣を握るのももう限度がきていた。ことは一刻を争う。
馬上のフィオネと視線が交わされる。口が動いた。遅い、と言っているのだろうか。よく見えなかったが、彼女の目は笑っていた。安堵の笑みのように思えた。
真横をグラニが駆け抜けた。巨人の相手を交代する。
ノォトは剣を構えた。脇をしめ、剣は肩に寄せながら天へと向けて。腰を落とし、足は大きく開いている。
巨人がノォトを見た。にやり、と笑ったような気がした。待っていたぞ、とでも考えているのだろうか。
「悪いな」
ノォトは一言だけ、言った。
どこの誰だかはわからない。ヘルの下僕なのか、それともありふれた巨人の一柱にすぎないのか。だが、そんなことを問う余裕はなく、問う必要はない。その巨人を打倒すると決めたが故に。
魔剣に光がまとわれる。その光は徐々に増していった。
それこそが原初の力、魂の輝き。揺らめく姿は炎のようだ。いくつもの色を持った光が炎となっている。
ぐっと、力を込めた。光が収束していく。束になった光は、それ自体が巨大な剣のようだった。光が小さくなったのとは裏腹に、魔力は満ち、まばゆさは増していた。
「刃を合わせる余裕はない」
体力は限界だ。いまだって、魔剣を握る腕は悲鳴を上げている。
だから、一撃で決めよう。それが王たる自分から、名も知らぬ敵の手向けである。
やることは変わらない。ただ一刀の元に、目の前の敵を倒すだけだ。
天座す大神よ、その娘たる者よ、とくと見よ。
冥府の女神よ、その父たる者よ、とくと見よ。
これこそが命の奔流、我らの魂の熱である。
数多の星々を重ねても、勝ちえぬ光である。
そして、我が王道の示す先である。
巨人が迫った。魔剣の光を見てなお、怯むことなく。
すべてが遅くなったかのような感覚に囚われた。その中で、思考だけがいつも通りだった。
ゆっくりと、そのときを待つ。魔力は満ちた、あとは時が満ちるのを待つだけだ。
腕がノォトを潰そうと降ろされた。
それとともに、ノォトが剣を振り抜いた。上から下へ。剣の基本にして極致の動きだ。
風と光が、ノォトと巨人の間を隔てた。触れるものをすべて溶かすような熱が、巨人を焼いていく。
そこから先を、ノォトは覚えていない。ただ気が遠くなっていくのを感じ、達成感のある眠りについたのだった。




