魔剣転生(2)
工房に立ったノォト。目の前の、ノォトが使っていたものよりも大きな金床に、熱されて赤くなった金属の塊が置かれた。
その赤い熱の塊は、ノォトの持っていた折れた魔剣、フィオネの持っていた魔銀の鏃に加えて、ドヴェルグたちの持っている鉱石が詰まっている。
幾重にも折りたたまれ、一つの塊になっていた。そしてそれらは決して崩れることなく、そこにあった。
「あんな滅茶苦茶な素材で、よくできる」
「なに、俺らの祖先は女の髭だとか、猫の足音で縄を作ったんだ。むしろ似たものでできてるだけ、まだ納得がいくもんだろ」
それもそうだ、とノォトは思った。手に金槌を握る。久しぶりに握ったが、感覚は手が覚えていた。
「さあ、ノォト。こいつを鍛えろ!」
エイトリが言った。ノォトは金槌を大きく振るった。
かん、と鈍い音が響いた。いままでに感じたことのない手応えに、ノォトは目を白黒とさせた。それは当然だ。これはただの鉄ではない。魔銀を超えたものなのだ。
これからの作業の困難と、出来上がるだろう剣へと思いを馳せる。間違いなく、王の剣としてこの上なく素晴らしいものになるだろう。地上で最も美しく、強い剣に。そしてそれを鍛えるのは他でもない自分なのだ。
ノォトはそれから、槌で再び熱の塊を叩き始めた。叩くたびに、少しずつ形を変えていく。表面が剥がれ落ちていった。元は巨大な鉄の塊でも叩いているうちにその大きさを変えていき、最後には元の数分の一しか残らない。こうして剣の形は決まっていく。
そこからは、いつもなら無心で作業をしていたはずだった。
金槌を振るい、鉄を熱し、形を整える。その繰り返しのはずだった。
けれども、ノォトは雑念を捨てきれない。
王になるという想いでここまでやってきた。そのための魔剣であった。
だが、この状況はいったいどういうことだろう。エルフの少女に導かれ、王とは一体どういうものなのかを知らしめられた。ドヴェルグの国にやってきて、彼らの技術と理念に打ちのめされた。
そして、夢で見た彼ら。戦乙女の言った為すべきこと。父王が貫いた、潔いまでの愛情。
それらはノォトが信じていたことを大きく揺るがした。間違いだった、とは言わない。ただ自分が追っていたものが、幻影のようなものだったのではないかと思った。
自分の中で描いていた王の像が変わっていく。
いいや、もっともっと、具体的な形になってきたのだ。
まるで、この剣のようではないか。たくさん打たれて、その身から錆びが落ちていく。大きかったものが削がれていく。その衝撃が大きいほど、この剣は鋭くなっていく。
(いま一度、剣となろう)
そう思った。自分は剣だ、と。
鋭く、硬く、けれどもしなやかに。意志を貫き、突き通し。誰もが憧れ、畏怖するような。
そんな剣に、王に、なりたい。いいや、なるのだと。
ノォトはそう願いながら、剣を打ち続けた。これは決意であり、己に課しているのだ。
この剣で戦うというのはそういうことだ。この旅で手に入れたすべてを背負うということなのだ。それはすなわち、この身を剣にするも同じ。
自分自身の影を落とすように、ノォトは剣に金槌を叩きつけていた。
叩いて、叩いて、熱い塊を伸ばす。
どれだけの時間を費やしたのだろうか。気づけば、剣は大きなものになっていた。ノォトの肩から足までありそうな刀身を持っている。とても人が持つものではない。巨人の持つもの、あるいは神々の武具と言われた方が納得するような異様さだった。
このときだろう、とノォトは金槌を引いた。気づけばエイトリを含む数人がかりで剣は支えられていた。
剣を油に浸け焼き入れをする。こうすることで、剣は硬度を手に入れる。炎をあげるも、冷やされていく刀身をノォトは眺めた。
かつて、養父であるブロムに聞かされた話を思い出した。この世界がいかにして生まれたかだった。魔法使いである彼は、かつて巫女が語ったという創世の物語の一端を語ってくれた。
彼によれば、この世界が生まれる前は灼熱と氷霧しかなかったのだという。その熱気と冷気から生命が生まれ、やがて大地となった。
剣もまたそうやって生まれるのだ、と彼は鍛冶のときに教えてくれた。熱し、冷まし、また熱す。
冷まされた剣が再び、熱の中へと入れられた。焼戻しという作業だ。この繰り返しが、剣をより強固なものにする。
「お前ら、下がれ!」
エイトリがそう言った。途端、剣を入れていた炉から激しい火が上がった。それが光だ、と気づいたのは少ししてからだった。
光が晴れて、そこには崩れた炉と、剣があった。ついに完成したのだ、とノォトは思った。
刀身を握らぬよう、茎を持った。どうしてか熱くはなかった。まるで、いますぐにでも使えと言っているようだった。
「ノォト、こいつを使え」
そう言ってエイトリは、茎の部分に柄を差し込む。それは咄嗟に作られた荒削りの柄であったが、剣に合っていた。
ノォトはついにできあがった剣を持った。握るだけで、力が溢れてくるようだ。魔剣、と呼ぶに相応しい威容を持っている。いっそうの輝きを放っていて、並の剣でないことが一目で伺えた。柄も合わせれば背の丈ほどもある大剣であるが、それだけではない。剣の中にある魔力が、いまかいまかと暴れまわっている。解き放たれるのを待っているのだ。
それを持ち上げて、ノォトは言った。
「……行ってくる」
「なっ、ちょっと待て! まだ使えたもんじゃない。お前だって休息が必要だ。それよりノォト、その剣をどうしてそう軽々と持てる!?」
ノォトはエイトリを見た。その目は戦いに支配されたものではなかった。己のやるべきことをわかっている、悟った目だった。静かでありながら、他者を圧倒する目だった。
エイトリは息を飲んだ。そしてため息をつく。
「どうしてこう、俺らの武具を使うやつってのは……行って来い。お前の全てをぶつけてやれ!」
その言葉に、ノォトは頷いた。魔剣を握りしめて駆け出す。遥か地上で行なわれているであろう、戦いを終わらせるべく。




