凍り降りの洞窟(5)
骸骨の兵士たちの向こうから聞こえてくる、獣の唸り声。ノォトはその声に聞き覚えがあった。
「あの人狼か」
かつて剣を交わした魔狼が、そこにいる。見えずともノォトの勘がそう告げていた。
骸骨の兵士はすでに死人であり、彼らを恐れることはない。そして狼もまた、死した者たちを恐れなかった。大暴れしているのが、ここからでもわかる。
ノォトはちらりと狼たちに視線をやってから、ヘルを見た。
「興ざめだわ」
彼女はつまらなそうな顔を浮かべていた。おもちゃを奪われた子どものような顔だ。
「せっかく、楽しくなってきたのに。つまんないの」
帰るね、と彼女は言った。ノォトは思わず呼び止めようとして、それはおかしなことだと気づく。彼女には早く、お引き取り願うべきだ。
「ああ、そうそう。ノォト、こんなところで死んじゃったらひどいからね。あなたは私の手で殺してあげるって決めたんだから。あんな獣たちで死なれちゃったら、嫌いになるんだから」
勝手にそう決めつけて、ヘルは影の中に姿を消した。それだけで、気配が薄まった。周りの骸骨の兵士たちも、ヘルが消えたことで力を失ったようで、一斉に崩れ始める。
そうなると、その場で動く者はノォトたちと魔狼たちのみとなる。彼らは、その鋭利な瞳をノォトたちへと向けた。視線が合う。魔狼の数は五。そして、あの人狼である。
ノォトはグラニに跨り、その腹を蹴った。
「ノォト……? まさか、あいつ」
ヘルがいなくなって、少し元気を取り戻したフィオネが人狼に気づいた。
「間違いない、あのときの狼たちだ」
「まさかここまで追ってくるなんてね。よっぽど気に入られたの?」
「そうみたいだな」
フィオネの言葉が、冗談に聞こえなかった。
戦ったあのとき、人狼の瞳には間違いなく敵意が宿っていた。それもノォトに向けられたものだ。獲物と捕獲者という関係ではない。戦士と戦士の間に抱かれるべき感情があったのだ。
そしてノォトも、魔狼たちはともかくとして、あの人狼をただの獣と侮ることができないでいた。それは以前に追い詰められたこともそうだが、戦士としての矜持がそうさせていた。認めているのだ、彼を一人の戦士だと。
広間を抜け、再び洞窟内へ。あの広間が洞窟の中心だとすれば、道程の半分は過ぎたと考えられる。グラニには負担をかけることになるが、ここは一気に駆け抜けるのが得策だろう。
ノォトはちらりと、後ろをみた。狼たちが追いすがってきている。だがグラニの方が早い。狭い洞窟では、彼らの得意な追い込みの捕獲術が使えないのだ。だから、純粋な脚の速さがこうして如実に出てくる。
しかしその中で、一匹だけ抜きん出た者がいた。人狼だ。ノォトはグラニを急がせたが、これ以上、急ぐのはグラニに大きな負担を強いることになる。
フィオネが弓を構えた。それだけの力は取り戻しているらしい。矢を番えて、放つ。さらに間髪入れずに二度目を放った。早業である。
放たれた矢は狼たちの進む先を射っていた。足止めのつもりで放ったのだろう。けれども、人狼はそれをいとも簡単に躱して見せる。
しかし、二射目はそのあとを追っていた魔狼の目を貫いた。一匹が脱落し、残る四匹が猛る。仲間の死はむしろ彼らの怒りに火をつけてしまったようであった。しかし、あとさき構わぬ突進をしてもグラニには追いつかない。
「いい矢だな、やはり」
「一番の矢が残ってるけどね」
そう言ってフィオネはノォトの背を叩いた。胸が少しだけ熱くなる。闘志が燃えるようであった。
そうこうして、二人は架け橋に差し掛かった。大きな谷が口を開いている。ここを越えれば、恐らくはドヴェルグの国に着くだろう。
ノォトはグラニから飛び降りた。そして背後から迫る、魔狼たちを見据える。
「ノォト! なにしてるの!」
「先へ行け! 俺はこいつらを止める」
「嫌よ。だったら私だって」
「魔術も使えず、矢も残り少ないのだろう。魔銀の鏃は魔剣の再生に必要なものだ。であれば、ここで俺が奴らを仕留めるほかない」
狭いこの橋であれば、魔狼たちもやすやすとノォトを抜くことができないだろう。一匹ずつ相手にするならば、勝てるとノォトは踏んだ。
グラニの尻を叩く。駆け出したグラニは、一気に橋を抜けていった。向こうから、フィオネの声が聞こえてくる。
ノォトはそれを見て、少しの安心を得て、振り返った。魔狼たちが迫ってきていた。




