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烈日王に極光の歌  作者: ジョシュア
剣の歌
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凍り降りの洞窟(4)

 幼い声とは裏腹に、見せた姿はフィオネに近しいものであった。ノォトにはそれが、見かけだけのものであるように思えた。半分は黒い髪、半分は白い髪。白い髪はヘルの顔の半分を覆い隠している。顔は美しいはずなのに、その歪んだ笑顔が醜くしていた。下半身は影の中に埋まっていて見えない。

 そして何より、彼女からは濃い死の臭いがした。

 ノォトは剣を油断なく向けた。フィオネもまた、ノォトの腕の中からヘルを睨みつけた。

 女神……おおよそ、神を名乗る者で彼女ほど恐ろしい存在はいない。病気や不慮の事故、あるいは年老いて死を迎えた者を、名を冠した領土へと引きずり込むのだ。

 これほどの骸骨の兵士たちを操るには並の魔法使いでは無理だろうと思っていた。けれども、冥府の女神ヘルであるならば納得である。生死を司る彼女であれば、この兵団でさえ少ないほどだ。

 そして、そのヘルはといえば、頬を紅潮させ、それを自覚しているのか手で押さえていた。


「ああ、ノォト。会いたかったわ。彼にお願いした甲斐があったというものね」

「彼?」

「あなたが追ってる子のことね。ふふ、それにしてもこのときをどれだけ待ちわびたか……」

「なぜ俺の名を知っている」

「おおよそこの九界に住まう命は私のもの。知らないわけがないでしょう?」


 その言い草に、ぞくりとした。背筋に冷たいものが流れたようだった。

 ずっと見ているぞ、と言われているようだった。


「それに、私の愛しいあなたを知らないなんて、嘘よ」

「愛しい?」

「ええ、ええ。好きなの、大好きなの。私、あなたに恋をしているの」


 女神が自分に恋をしている。そんなことが、あるわけがない。

 けれども現に、自分の目の前にいる彼女はそう言っている。認めざるを得ないだろうが、それでも否定したい気持ちでいっぱいだった。


「ねえ見て。目一杯、おしゃれをしてきたんだけど、どうかな?」


 ヘルはそう言った。ノォトはおずおずと、彼女を見る。だが、いたって変わったところのない服装だ。もしかすると、彼女の中ではおしゃれなのかもしれない。もしくは、冥府ではもっとひどい服装なのか。

 ノォトは剣を下ろすことなく、無言でヘルを睨みつけた。


「そ、そんなに熱く見ないで。恥ずかしいわ」


 都合よく解釈した彼女は、手で見えている方の顔すらも隠した。けれども指の隙間から、こちらを覗いている。


「……そこを退いてもらえないか、女神ヘル」

「どうして?」

「俺には為さねばならぬことがある」

「だめ、だめよ。お父様から聞いたんだもの。戦場で死なせたら私のものにならないんだって。だから私、決めたの。あなたにはここで死んでもらうわ」


 言葉も出なかった。ノォトは死の女神に、死を宣告されたのだ。

 剣がわずかに震えた。しかし力を込めて、しっかり握り直した。こうして彼女が前に現れて、自分を討とうとしているということは、彼女とて万能ではないということ。願えば死を与えられるわけではないということだ。

 ここを切り抜ける術は思いつかない。けれども、どうにかはできるということだ。


「ねえ、ノォト。私の国に来て。いっぱい愛してあげる。子どもを作ってあげる。死んでも生き返らせてあげる。永遠に私のものでい続けるの。素敵でしょう?」


 それとも、私のこと、嫌い? ヘルはそう言って、笑った。あどけない少女の笑みだった。

 答えなんて聞いてはくれない。ノォトは喉からどうにかして、次の言葉をしぼりだそうとした。


「ふざけないで」


 それよりも前に腕の中のフィオネが言った。苦しげで、けれども強い声で。


「ノォトはいま、私のものよ。あんたになんて、あげないんだから」


 きっぱりと、そう言った。ノォトは、こんなに弱っても変わらぬフィオネの言葉に、少しの安心と勇気をもらった。

 途端に空気が変わる。そして、変えたのは紛れもなくヘルだった。彼女の顔から、少女の色が消える。その代わりに見せたのは、荒々しい女神の顔。


「泥棒猫が。我のものをおのがものと言うか。この程度で気圧されているくせに、ほざきよる」

「どっちが泥棒よ。それに、気圧されてるんじゃなくて、あんたの臭いに耐えられないだけよ。調子に乗らないでよね」


 挑発に、挑発の応酬。ノォトは肝を冷やした。

 けれどもフィオネの言葉で、吹っ切れた。まともにやり合う必要はない。彼女は女神。まともに話が通じるはずがないのだ。


「グラニに乗ってくれ」

「ノォト?」

「ここは俺がけりをつける」


 そう言って、ノォトは無理やりフィオネをグラニの背に乗せた。

 剣を構え、周囲に気を配りつつ、ヘルを見据える。骸骨の兵士たちに負けるつもりはない。だが、ヘルの力はわからない。おおよそ、死と生の境目を操る彼女に常識が通用するはずがないのだ。


「ねえ、ノォト。その子を私にちょうだい。あなたの邪魔になるだけよ。うるさいし、勝手だし。私ならうんと、ノォトに尽くしてあげるわ。どう?」

「悪いが、友を売るほど落ちぶれてはいないつもりだ」


 それはフィオネにも言った言葉だった。

 決死の覚悟とともに、一歩を踏み出そうとした。そのときだった。

 新しい闖入者ちんにゅうしゃが、咆哮とともに現れたのは。

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