エルフの里(4)
ノォトは目を覚ます。体は汗でべっとりとしていた。体のあちこちが硬い。おかしな姿勢で寝ていたせいだ、と思った。
夢の内容を反芻する。不思議と、前よりもずっと多くの内容を覚えていた。
なにより疑いようがなかったのは、あれは戦乙女の夢だということだった。自分がかつて戦場で見た戦乙女が彼女であるとは言えない。可能性で言えば、九人もいる戦乙女の一人なのだから少ない。
だが、そんなことなどどうでもよかった。夢のことが気になって仕方ないのだ。あの夢はいったい何を意味するものなのだろうか、と。
そしてあの戦乙女は、自分とよく似た戦乙女は、何者であり、何を為そうとしたのか、と。
もう一度、床につけば夢の続きが見れるかもと思ったが、目が冴えてしまって眠気がどこかへ行ってしまった。だから、考えることしかできない。意味のないことだと思いながらも、夢に見た彼女へと思いを馳せた。
「ノォト、起きてる?」
声がした。扉の向こうからだ。フィオネがそこにいた。
「ああ」
「話があるんだけど、いい?」
「里の者たちとの話し合いは終わったのか?」
「そのことをね」
扉を開けて、フィオネは入ってきた。ずいぶん久しぶりにその姿を見た気がした。この狭い家に閉じ込められていたせいか、あるいはあの夢を見たせいか。
「……なんて顔してるのよ」
ノォトは声を漏らした。そして顔を手で触ったが、自分ではわからなかった。
けれども、情けない顔をしているというのはわかった。でなければ、フィオネはそんなことを言わないだろうから。
「話さなければいけないことがある」
どうにか、言葉を出そう。そう思って口にしたのは、自分も意識していないことだった。
きっとあの戦乙女が言っていた、「己の為すべきことを為す」という言葉が頭から離れないからだ。いま、自分にそれができているかと言われたら否だ。であれば、それを為したいと思ったのだ。
エルフたちと出会う前に、言おうとしたこと。いまこそ話すべきだと思った。
「どうしたの?」
「……俺の目的についてだ。君は言ったな。俺がどうしたいのか、俺が何をしたいのかと」
「ええ、言ったわ。答えは出たの?」
「わからない。だが、言わなければならない」
ノォトはそう言った。フィオネはふうんと言って、ノォトの向かいに座る。
「俺は君に、魔銀を要求した。あれは、俺はこの剣を再生させたかったからなんだ」
そう言って、腰の袋を取り出した。フィオネと初めて会ったとき、「それとならば釣り合う」と言った魔剣の破片。あのとき、これは自分にとって必要なのだと言った。いまも変わらない。けれども、どうして必要なのか、その理由は変わりつつある。
「……それで?」
「俺がこの剣を求めた理由は、いろいろある。だがそのすべては、俺が王になるためだった。俺こそが王であるに相応しいと、証をたてるために。父の仇をとり、邪竜を殺し、天下に二人といない戦士であることを証明するために」
だが、とノォトは言った。
「それは、とんでもない勘違いなのではないか、と思った」
自分は馬鹿だ、とノォトは思った。己が為すことを為す。それは言うほど簡単ではない。何ができて、何をすべきかを知るというのは困難だ。
「フィオネ、君を見ているうちに気づいたんだ。王になりたいのであれば、王ならばどうするかを考えなければならないのだと。王に相応しい行いではない。なにを以って、王を名乗るかではない。王であるならば、どうするのか」
君がそうであるように。ノォトは言った。フィオネは、ほんの少しだけ笑った。
かつて、フィオネは言った。貴方の為さねばならぬことには興味がないと。けれども、いまは違う。続きを話せ、と言っているのだ。
「……俺は地上で誰よりも優れた王になる」
ノォトは宣言する。目の前にいるエルフの少女に。誰よりも王の気風を持つ者に。
そしてフィオネは笑った。とても深く、深く。
「そのために、剣を鍛えさせてくれ」
「私との取引はどうなるの? それだと順序が逆だと思うけど」
「必ず果たす」
「本当に?」
「目的と手段を取り違えていた。剣を作るために倒すのではない。倒すために剣を作る。君と並んで戦うために。巨人を倒そう、フィオネ」
そう言った途端、フィオネはノォトに飛びついた。そして自分の胸にノォトの顔を埋めさせて、その髪を撫でた。思わぬ展開に、ノォトはうめく。フィオネはあまり胸がないから、肋骨に直撃して鼻が痛かった。
手をあたふたとさせる。離れたくとも、フィオネを無理やり引き剥がすのは気が引けた。
「よくできました」
そう言って、ひとしきりかわいがってから、ようやくフィオネはノォトを解放した。
慌てて飛びのいて、呆然とするノォト。得意げで、ずっと年相応な笑みを浮かべているフィオネに思わず呆れる。
少しして落ち着く。顔の熱も引いてきていた。
フィオネは言った。
「ノォト、私は気に入らないけど……ドヴェルグのところに行くのでしょう? 私だって、あの魔剣がドヴェルグの手によるものだってことくらいわかるわ。それに付き合ってあげるし、鏃に使ってる魔銀だってあげるわ。その代わり、必ず巨人を倒す。いい?」
「文句のつけようがない」
「素直に褒めなさいよ」
「素晴らしい、さすがフィオネだ」
そうでしょう、と言ってフィオネは胸を張った。ノォトは、敵わないな、と思った。少なくともいまは、まだ。




