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烈日王に極光の歌  作者: ジョシュア
剣の歌
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お前は誰だ(2)

 朦朧もうろうとした感覚があった。視界が少しばかり狭く、そして揺らいでいた。

 体の自由がきかない。けれども、意識ははっきりしている。

 最初は毒でも盛られたかとノォトは思ったが、気づく。これは夢の中であるのだと。

 ノォトはゆっくりと目を開いた。夢だと気付いたら、景色がはっきりとし始めた。

 そこは大きな空だった。不思議と、以前に見た夢の中身を思い出した。あのとき見た夢も空を落ちるところで終わっていたはずだった。けれども今回は落ちることなく、宙に浮いていた。初めての感覚だった。

 眼下には、平原も森も山もあった。雲と同じ高さから見下ろしているのだ、と気付いたのはしばらくしてからだった。

 夜明けもまだ訪れていないのだろう。空はうっすらと紫の色を帯びているが、広がる景色は暗い。


「こんなところにいたのね。探したわ」


 そう言って声をかけてきたのは、美しい女だった。

 オーディンの隣に立っていた女。フレイヤだろう、と思った。フリッグにしてはいささか色気が多いように見え、また血の気も多いように見えた。何よりも、豊穣を表す小麦色の神が、なによりもその女性を象徴していた。


「見当はつきますが、あえて問うわ。あなたは何を思っているの?」


 彼女はそう問いかける。ノォトは何も言えなかった。

 言葉にできない、というのが正しいのだろう。思いはある。けれども、それを言い表すことができない。さらに言えば、夢の中において口の自由をノォトは持っていない。


「複雑でしょうね。一番上に立つ者としての立場、誰かに従う者としての立場、オーディンの子としての立場。その役割は複雑に絡み、あなたを縛っている。それはとても、とても苦しいこと。私はそんなことを感じたこともないけど、私にはわかる」


 フレイヤは言った。それに頷いた。

 確かに、己はそういう立場である。いずれは王となる身ではあるが、祖国も母もいまの身分もアルヴァルトによって守られており、そして自分は大神オーディンの血を引く者である。たくさんの使命が絡みあって、複雑になっている。

 そう自覚したのも、この旅の最中だ。フィオネの「何をしたいか」という問いに、上手く答えられなかったから。

 けれども、ノォトにはわからないことがあった。

 理解できない、いや、辻褄が合わないと言うべきか。

 この夢は、自分が英霊アインヘリアルとなったものであるはずだ。でなければ、こうして美と愛の女神フレイヤと会うことも、世界を空から見渡すこともできない。なにより前の夢の続きであるはずだから。

 であるならば、すでに王位も関係ない。アルヴァルトも、母も、祖国も関係ない。オーディンの血も関係ない。関係ないはずなのだ。

 そして至った、一つの結論。

 これは決して、自分の夢ではない。自分ととても境遇が似ている者の、けれども他人の出来事。


(俺は、いや、お前は、誰だ)


 そう思うも、口にはできない。体の主導権は自分にはない。そのもどかしさが、とても苦しい。


「愛を知らぬ者よ、あなたはどうするのです?」


 フレイヤはそう言った。

 自分の視線が眼下に落とされた。

 日が昇る。光が世界に満ちた。太陽の光が草木を照らし、水面を照らし、人を照らした。

 遠くから足の音がする。たくさんの人が、馬が走る音だ。雄叫びがあった、悲鳴があった。知っている。これは戦場の音だ。日が昇ったのを合図にどこかで開戦したのだ。耳に馴染んだ、よく知っている世界があった。


「決まっています」


 口が動く。自分の声ではない。控えめで、それでも美しく響く声。

 艶やかさを持っている、声。耳に馴染まずとも己の芯にまで届いてしまいそうな声だった。


「己が為すべきと思ったことを為します」


 短くも熱のこもった言葉だった。ノォトは、意識が遠のいていく。体から意識が離れていき、霊体になって地上へと落ちていく。こうして、夢は終わるのだとノォトは思った。

 最後に、自分の意識のあった者の姿が見えた。

 日の出近くの夜を思わせる黒髪を兜から背中にかけて流している。顔は見えない。背中には白い翼が生え、体は甲冑に身を包んでいた。けれども、女性だと一目でわかった。その正体も。

 いいや、わからないわけがないのだ。この地上で戦う者であるのならば、何人たりとも知っている。


(お前は……!)


 ノォトが心の中で言うよりも前に、甲冑の女は口を開いた。


「私は……何ものも恐れぬ戦乙女ヴァルキュリアですから」


 その声には諦めや観念が、決意や情熱が入り混じっていて。

 例えこの夢を忘れようとも、ノォトの胸には深く深く刻まれた。

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