エルフの里(1)
ノォトとフィオネは、ロドワースをあとにして一路、北へと向かった。深い森の中を再び進んでいく。
巨人の通ったあとを追うつもりであったが、おそるべきことに、途中からその跡は消えていた。
それに対してノォトは二つの推測をたてた。一つに、巨人はなんらかの理性を働かせており、自分の歩いた痕跡を消す術を持っていること。そしてもう一つ、さらに恐ろしい推測が、巨人は己の姿を消す術を持っていることだった。なんらかの魔術か、力を持っていること。
そしてノォトは、少しためらいながらも、フィオネにその推測を伝えた。
「ありえなくはないわ。いいえ、むしろそう考えるのが自然よ」
フィオネはグラニの背でそう言った。私も同じことを考えていた、と。
ひときわ大きな木で、一晩を明かしたあとであった。ノォトが近くの木から滴る水を集め、これから発つというときのことだ。
「巨人、というのは、ただ大きいだけの者ではないもの」
「そうなのか?」
「ええ。木を超えるほどの大きさ、というのはいくらなんでも大きすぎるとは思うけれども、それすらも力の一端であるのだとすれば、おかしな話ではない。彼らは力を持つ者。それもただの力ではない。私たちが魔法を使ってようやく叶うような力を、権能として使えるの」
フィオネはそう言った。ノォトは少し、興味を持った。
ノォトにとって巨人は人の世から遠く離れた地に住む、強大な力の持ち主にすぎない。だがその強大な力というのは、単なる武力によるものだと思っていた。
だが、フィオネの、エルフの認識では違うらしい。
「お前たちの言う巨人とは、なんだ」
「かつてこの世を支配していた者たち。旧世界の支配者よ」
「なに?」
ノォトが問い返すと、フィオネはしまった、という顔をした。話してはいけないことだったのかもしれない。けれども、あとにはもう引けないし、ノォトはそれを許さなかった。
睨めつけると、彼女はため息をついて、話し始める。
「……言い方を変えるわ。巨人はこの世界の、神に成り損なった者たちなの。オーディン様に刃向い、そして負け続けた者たち。けれどもその力は強大で、霜の巨人に山の巨人は未だ健在。私たちエルフも、アースガルズの神々も、見過ごすことのできない存在よ。もちろん、すべてが対立している相手というわけではないけれども」
「いま追っている巨人も、それだと?」
「そう考えるのが一番いいわ。最悪の状況を想定しておくことね」
フィオネはそう言った。なるほど、とノォトは頷く。
ブロックの言っていることは、そういう意味でもあったのだろう。魔剣を再生させねば倒せない、と。それは巨人がただの大きい人型の生き物であるのではなく、神々の手にも余る者であるという意味であったのだろう。
ノォトは自覚する。己の失態に。そして、それはフィオネへと告げなければいけないことに。
「話を聞い……」
「しっ」
フィオネが指を口に当てて、ノォトの言葉を遮った。ノォトは驚いたものの、少し遅れて近づいてくる気配に気づく。
その気配は複数だった。またも狼か、と思い身構えるが、獣の気配ではない。霧の気配があるわけでもない。それよりもずっと清廉で、けれども殺気だっていた。
ノォトが剣を抜こうとすると、その手をフィオネが押さえた。気づけば彼女はグラニから降り、ノォトの隣に立っていた。
「おい」
自分の剣を押さえ込まれて、憤慨しない剣士はいない。だがフィオネは、そんなことを意にも介していなかった。
「まずいことになったわね。踏み入りすぎたわ」
「なに?」
ノォトの顔を見たフィオネの顔は険しい。彼女が焦る、ということは相当なことなのだろう。
やがて、気配はノォトたちの周りを囲んだ。数はいくつもあった。耳を澄ませれば、弓の弦がしなる音がした。彼らは矢の先をノォトに向けているのだった。
剣も抜けず、けれども矢を番えられ、ノォトは思わず歯噛みした。
一人の男が現れる。すらりとして流麗な男だ。そして、尖った耳はその者がフィオネと同じエルフであることを示していた。彼らはエルフの集団なのだ。ノォトはそう知ったときに、ようやく事態のまずさを理解した。
「ここから先は、彼らの領土よ」
フィオネは言った。彼ら、というのが目の前にいるエルフたちであることは、疑いようがなかった。




