開拓村(3)
「このエルフ、なんて言い方は失礼じゃない?」
フィオネは少し立腹しているようだった。かと言って、名前で呼べば怒ったりするので、ノォトはお手上げであった。
子どもたちはフィオネの言葉で、ちょっと笑った。辛気くさい空気にだったが、少しだけ明るくなった。
「さあ、弓についてはおしまい。みんな、自分のお父さんお母さんのお手伝いをしてきなさい」
フィオネの言葉に、子どもたちは「はい!」と元気に応えて、走っていった。微笑ましい光景である。その後ろ姿をじっと、ノォトは眺めていた。
「平和ね、ここは。あの狼たちが来たら、それどころじゃなかったでしょうけど」
フィオネが髪をおさえてそう言った。風が吹いていて、木々が揺れている。
あの狼たちがきたら。フィオネの言葉にノォトは思いを馳せる。狼たちによってあの子どもたちが食われてしまう光景を思い浮かべた。そう考えれば、あの戦いにも意味があったのか。
戦いの意味を考える、なんてことは初めてだった。
「ねえ、ノォト。貴方は何のために戦ってるの?」
そんなノォトの考えを、フィオネは容易く見破った。思わず目を見張る。
「何の、とは」
「英霊の列に並ぶため?」
ノォトは言葉に詰まった。自分の中でそれは、どこかで同じものだと考えていた。王になることも、英霊になることも。誰よりも立派な者であり続けること。王になること。そして英霊になること。そのどれもが、自分の中で等しい。
だが、何のために。
何も言えなかった。そうすることが正しいと思っていたから、疑問をもったことなどなかった。
「俺はそうあるべくして生まれた。ゆえに、俺は戦うことに躊躇わない」
「……貴方がどうしたいかは自分で考えるのよ。戦うことに意味なんてないのだから」
それだけいうと、フィオネはむすりと黙り込んだ。ノォトもまた、黙ってしまった。
どうしてかはわからないが、ノォトはフィオネに王としての威光を感じている。子どもたちに慕われるのも、ノォト自身が彼女を信頼するのも。義父であるアルヴァルトにもあるものを、このエルフの少女は、小さな体に秘めていた。
その在り方に憧れを抱いてしまうほどに、ノォトはフィオネに参っている。
自分を見透かすような瞳も、わがままであるのに従わせてしまうような言葉も、誰かを思いやる慈悲も、ノォトが持ち得ぬものだった。
まだ足りない。ノォトは思わず、拳を握り締める。自分が王になるためには、まだ。
「ところで、ノォト、剣はどうするの? 得物のない剣士なんて、冗談じゃないわよ。獣だって牙を持ってるわ」
「そうだな、近くの街に向かうか。旅商人でもいればいいのだが。そう都合よくは行かないだろうな」
ノォトがそう言うと、フィオネは複雑そうな顔をする。
「人が多いところかあ」
「嫌か?」
「ちやほやされるのは嫌いじゃないけど。あんまりに多いと、落ち着かないわ。でも行くしかないなら、行く」
フィオネは言った。ノォトとしても、あまり目立つのは好ましくはなかった。
ここはノォトの暮らしていた街からそれなりに離れているし、王子の身分を考えるとあまり衆目に出るのは得策とは言えない。堂々と名乗れば、反応する者もいるだろう。よからぬ思いを持つものだっている。
「じゃあ、ひとまず街へ向かおう。森から抜けてることだし、グラニに乗ればすぐでしょう」
「そうだな。狼のことも、巨人のことも知りたい。誰かわかる者を探そう」
「この森のどこかにいるはずなのだけどね、巨人は」
大きな身体を持つからすぐに見つかると思われた巨人は、どこにも見当たらない。その行動の範囲も、動きの派手さもあるから、進んでいけば会えると思ったがそう上手くはいかない。
であるならば、違う方向から攻めていくのがいい。ノォトの提案に、フィオネも賛同した。
言うやいなや、ノォトは村長アンドレの元へと向かった。彼はこの村でおそらく、もっともいろんなことを知ってる者であるから。
この村を発つことを告げると、アンドレは顔を曇らせた。
「もう行かれるのですか」
「ええ。私たちには、私たちの目的があるの。これから街へ向かいたいのだけど、どちらへいけばいいかしら」
フィオネが尋ねると、アンドレは指をさした。
「ここから森に沿って西へ向かわれるといいでしょう。ここにいる村人たちの多くが生まれ育った街があります。それほど大きくはありませんが……」
「構わないわ、ありがとう。ところで、巨人について何か知ってることはないかしら。ああ、この森を荒らしてるやつのことね」
「巨人!」
アンドレは驚いたように飛び跳ねた。少し視線を泳がせると、ため息を吐いた。どうやら心当たりがあったようだ。




