開拓村(2)
目がさめる。光がさしていた。ノォトはまぶたをこすって、体を起こす。
そして自分が泣いていることに気づく。どうして泣いているのか、わからなかった。夢をみていたことは覚えているが、泣きたくなるような夢であったのかさえわからなくなっていた。
そもそも、ノォトは夢をみたことさえなかった。誰かの夢を、信じたこともなかった。
けれどもこれが何か大きな転機になったような気がしたのは確かだった。
体を起こし、立ち上がる。昨晩の記憶はあまりなかったが、少しずつ蘇ってくる。
ノォトとフィオネを歓迎する宴が行われていた。肉や野菜をふんだんに使っていたのだろう。戦勝の祝宴と比べればどうしても小さいものになるが、それでも彼らは盛大に迎えてくれたのは確かだ。
たまにはこうして、村を回るのもいいかもしれない。女性の声をかけられるのは、少し困るが。ノォトは自分が王となったあとのことを考えていた。
「あ、にいちゃん!」
ノォトが外へ出ると、少年が一人、駆け寄ってくる。
昨晩の宴にも顔を出していた少年だった。やや大人びている印象を受けた。
見やると、子どもたちが大勢集まっていた。彼らは手に弓を持っていて、ある一箇所をずっと見つめている。
それはフィオネだった。彼女は矢を番えて、木に提げた的をじっと見ている。
すっと、静かだった。彼女の周りだけ音が消えたかのような、風がなくなったような感覚さえした。戦場で見た誰の弓よりも美しい構えは、彼女がいま命を奪う武具を持っているのではなく、楽器を持っているようにも思えた。そして自分たちは、彼女の演奏を待っている。
フィオネが矢を放った。揺れることのない軌道を描いて、矢は吸い込まれるようにして的へと当たった。
おお、と感嘆の声をあげる。ノォトも、彼女の弓は何度か見たものの、こうしてみると驚くほど美しいことに気づいた。天性の才能を感じさせた。
ふう、と息を吐いたフィオネは、ノォトを見つけると少し笑った。
「おはよう、お寝坊さん。子どもたちの方が早起きね」
「慣れない旅で疲れてたんだ。誰かのせいでな」
「むっ、どういう意味よ」
フィオネの追及を聞かなかったふりをして、ノォトはフィオネへと近づいていった。
「弓か。急にどうしたんだ」
「ぼくたちが教えて欲しいって頼んだんだよ!」
「フィオネお姉ちゃん、いろいろ教えてくれるの!」
答えたのは子どもたちだった。ノォトは少しだけ意外であった。フィオネは言葉を惜しまぬ者であるが、教えるということに積極的になるとは思いもしなかった。
フィオネは子どもたちの頭を撫でて、微笑む。
「弓を上手く扱えれば、獣たちに多くの傷をつけずに仕留めることができるわ。怪我をしたまま彼らを森に放つこともなくね。だから、今日教えたこと、しっかり覚えるのよ」
子どもたちは声を合わせて「はい」と答えた。こうしてみると、このお転婆エルフが母のようにも見えてしまうから不思議だ。
「ノォトはどう? 弓は使える?」
「使えないことはないが……だいたい、一度で壊してしまう」
そう言うと、フィオネの目が細まった。弓を愛する彼女のなにかに触れてしまったのかもしれない。ノォトは肩をすくめる。
「だから剣を使ってる。あれは、比較すれば長く使える方だ」
「そう。どうせなら、あんたにも一回射ってみてもらおうと思ったんだけどね」
少しだけ残念そうにフィオネは言った。
すると今度は、子どもが一人、ノォトの服を引っ張った。
「にいちゃんは戦士なのか?」
「……ああ」
「戦場って恐い?」
子どもの問い。ノォトは間髪も入れず、答える。
「恐くは、ない」
「そうなのか……?」
「だが、悔しさはある」
そう言って、ノォトは空を見た。
戦乙女に選ばれない戦士の末路は孤独でしかない。戦乙女でなければ、黄泉の女の腕に抱かれるのみだ。名誉か不名誉かでしかない。
だから、必死になって戦う。恐る暇などない。
「ふうん……」
「お前は戦士になりたいのか」
「まさか! おれの父ちゃん言ってたよ。戦いたくなんかないって。父ちゃんは戦士だったんだけど、自分が仕えてた強い王様が死んじゃって、恐くなったんだって」
名誉ある死は、称えるべきだ。それは戦士として、王として、思うことである。
だがその思いはやはり、自分たちだけのものであるようだった。戦わず暮らす彼らにとっては、無用の思いだ。
ノォトはその子に、少しだけ厳しい口調で返してしまう。
「だとしても、戦わなければいけないときがある。そのときに恐いと言ってしまえば、足が動かなくなってしまう」
「おれにもくるかなあ、戦わないといけない日が」
「まずは、このエルフに習ったことをすればいい。その日を上手く生きれば、まずはそれでいい……と思う。戦いは、そこからだ」
不器用ながら、ノォトはそう言った。誰かに何かを教えるのが下手だ、と自分のことながら思った。
子どもは「わかった」と言って頷いた。




