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烈日王に極光の歌  作者: ジョシュア
死の歌
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漆黒の剣(4)

 死者との戦いは終わる。軍団の中心であるヘズレイクが消えたとき、骸骨の兵士たちも崩れ去っていった。

 この世に止まるための楔を失った者たちに、居場所はもはやない。忘れ去られるだけの存在である彼らは、自らの縁を見失ってしまったのだ。

 そしてその楔として役目を果たしていたのは、滅びることのない滅びの剣、ヘズレイクが持っていた漆黒の剣であろう。使い手を失った魔剣はもはや機能していない。強引に指環の防御を突破してきた力はとうに失われていた。

 周囲から勝鬨はあがらなかった。広がっているのは悲惨に過ぎる光景である。草木は黒ずんでおり、土も力を失っていた。冥界の瘴気によって汚されたのだ。死の臭いが濃く残る。鼻を塞いだとしても、肺にまで入ってくる嫌な気配だ。

 無事な戦士の方がよほど少なく、みなが何かしら傷を負っている。父を、息子を、兄弟を、友を失った者がただ呆然と立ち尽くしていた。

 勝利をしたところで奪い取れるものはなく、ただ自分の命を拾っただけ。

 そのような戦いを誉れとして、戦士は生きていなかった。勝利とは相手のすべてを奪い取ることであり、さもなければ名誉ある戦乙女の祝福を求めるのみだ。

 魔剣〈憤怒の剣〉を鞘へと納めて、ノォトは義父アルヴァルトの元へと向かう。

 すでに虫の息である義父は、それでも魔剣の呪いに抗っていた。いずれ訪れる死を拒む姿に、ノォトは胸が苦しくなった。


「義父上!」

「はは……俺が醜いか、ノォト? だろうさ。戦士として戦士と戦い死ぬのであれば本望と思っていたが、こんな風に意地汚く生きようとする。ましてや死者たちによってもたらされる死が、名誉あるものでないと知ればなおさらだ。これがお前を切捨てようとした男の正体だ」

「しゃべらないでくれ。俺は、貴方を恨んだことなどない。ましてや死を望むなどと」

「いまさら父として振舞えんさ」


 そんな弱った義父の姿を、ノォトは見たことがなかった。

 ノォトの知るアルヴァルトの姿といえば、威風堂々とした将としての姿と、数多の人材を片手で操り最適解を探す王としてのものであった。

 そしてときに、優しくも厳しい父としての顔を覗かせることが、ノォトの密かな喜びでもあった。

 ノォトは自分の鎧を落とし、アルヴァルトを抱え上げる。ノォトの筋力からすれば、わけなく持ち上げられよう。しかしもはやアルヴァルトは身体の力を入れることができないのだろう。そのことがありありと伝わってくる。

 涙をこらえながら、ノォトは城へと一歩踏み出す。走ってしまえば、すぐそこだろう。馬を駆ればすぐに着くだろう。

 しかしアルヴァルトと気遣えばその手段はとれなかった。


「もっと早く来ることができれば、俺は貴方を救えたはずだ」

「馬鹿を言うな。それは驕りだ。ここで死ぬ運命だったのだ。それを変えようとするなど、人の身には余る」


 そうして最後まで気丈に振る舞おうとしていることが、より一層、ノォトの胸を痛めた。

 彼の思いが伝わってくる。これほどまでにわかりあうことが、いままであったか。それがアルヴァルトの最期のときであるという自分の愚かさをノォトは呪う。

 すでに死のときはすぐそこであった。自分の腕の中から、アルヴァルトの命がこぼれていく。行く先は戦士の館(ヴァルハラ)などではない。冷たい氷の底、ヘルの元(ヘルヘイム)である。

 許せなかった。自分から大切なものを奪おうとするヘルを。そして、こうなると知りながらも、一歩間に合わなかった自分も。


「もう、ここでよい」


 小高くなった丘の上にある、城壁まであと一歩のところだった。アルヴァルトはノォトの胸を叩いた。

 もはや静止の声をかけることも叶わず、ノォトはアルヴァルトを地に下ろした。

 東の空から日の光がアルヴァルトの頬を照らす。彼は首をわずかに動かして、微笑んだ。


「こんな終わった世界でも、日は昇るのか」


 ノォトはアルヴァルトの手をつかんだ。すでに熱が失われている。

 城から人がやってきた。迎えの兵士たちである。アルヴァルトの代わりに、ノォトは首を横に振った。

 彼はここで死ぬと決めたのだ。日を見ながら、死ぬと。

 であればその意思に従うのがノォトの、義理の息子としての最後の務めだろう。

 すると、空から影が落ちる。そこに現れたのは、翼を広げた人影だった。

 おお、おお。感嘆の声をアルヴァルトは漏らした。力を失った腕を伸ばす。その腕を掴んだのは、人影であった。

 戦乙女だ! 城からそう声が聞こえた。死した戦士を導く戦乙女の登場に、人々は沸き立つ。

 空から舞い降り、そっと彼女は跪いた。そして優しい声音で言う。


「貴方の戦いはこの私が見届けました。戦士よ、安らかに眠り、次なる戦いに備えなさい」

「ああ、そうか、これが……」


 そして、アルヴァルトは事切れる。最後の言葉の先が何なのか、ノォトはなんとなくわかった気がした。

 戦乙女は戦士の死を見届けると、微笑みを消して悲しげな顔を浮かべる。髪に隠れて他の者には見えていないだろう。彼女のその顔を見たのは、ノォトだけであった。


「ありがとう、リィン」


 ノォトはそう言った。戦乙女、いいや、戦乙女に扮したリィンは首を横に振った。


「いいえ。私は、愚かなことをしました。我が父に背いたこの私が、戦乙女の真似事をするなどおこがましい。初めて会った貴方の義父に、偽りの祝福を与えました。許されないことです」

「お前がそうしたいと思ったのだろう。俺は、その嘘を好ましく思う」


 そう言って、ノォトはもう一度立ち上がった。視線が己に集まっていることを知る。

 アルヴァルトが死したいま、この地上の王たる存在はノォトだけである。ただの人の子でいられる時は終わったのだ。



    *     *     *



 城門を潜る。そこには人々が集まっていた。腕をなくした者も、家族をなくした者も、男も女も、老人も子供も等しく。

 歓声はあがらない。これは凱旋ではない。彼らが讃えた王は死んだ。代わりに現れたのは、かつて国を捨てた王子と、死を報せる戦乙女だ。

 彼らの表情は複雑であった。文句はない。歓声もない。突然の戦いと死に、誰もが戸惑っていた。

 その代わりに、ノォトとリィンを出迎えた者たちがいた。

 異国の将と姫、エリオとテルエス。

 エルフの女王、フィオネ。

 ドヴェルグの兄弟王、ブロックとエイトリ。

 異なる国、異なる種族がこうして一同に会している光景は、歴史において一度もないだろう。

 まして、彼らがいがみあうことなく並び立っていることなど。

 混然としている故郷の光景であったが、それはノォトの胸にある光景でもあった気がした。

 そして最後に、ノォトを迎えいれた者は。

 アルヴァルト王の妃にしてノォトの母、ヒルディースであった。

 顔に影を落としている。少しばかり老けただろうか。最後に見た姿そのままであったが、姫のようであるとノォトが評した雰囲気はなくなり、代わりに威厳をもって、人々の輪の中心にいた。

 超人然としてノォトと、ノォトが手にいている夫の亡骸を目にしてもヒルディースは臆さなかった。

 ああ、この強さこそが父と義父を惚れさせ、大神にさえも立ち向かった気性なのだろう。

 彼女はノォトの前に歩み出る。力強くノォトの顔を見る。微笑みを浮かべながらも、その瞳には涙が湛えられていた。

 それでも気丈に振る舞おうとする姿に、ノォトはアルヴァルトの面影を見た。


「おかえりなさい、ノォト」


 ヒルディースが言った。それを幕切りにしたように、拍手が起こった。

 ここに、かつて財宝を握っていた手に王の亡骸を持ち、王子は三度目の帰還をしたのだった。

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