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烈日王に極光の歌  作者: ジョシュア
死の歌
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漆黒の剣(2)

「アルヴァルト!」


 ノォトはそう叫び、倒れ行くアルヴァルトの元へと駆け寄った。

 漆黒の魔剣が抜けて、とめどなく血が溢れていた。

 肩を支えて、声をかけ続ける。

 アルヴァルトはうっすらと瞳を開ける。生気が少しずつ失われていき、光は弱々しくなっていった。

 歴戦の勇士の、定められた最後の姿である。だが、いまのノォトは、それを受け入れることはできないでいた。

 自分の義父である彼を、戦士として見るのを拒んでいたのだった。


「ノォトか」

「しっかりしてくれ、生きろ」


 彼の命が絶えるのは時間の問題であると理解している。

 それでも生きていてほしいと願うのは、ノォトの甘さだろうか。


「早く帰って、治療をしよう」

「いいや、それは叶わない」


 答えたのはアルヴァルトではなかった。魔剣を握った骸兵は、にたにたと笑う。

 ノォトは義父の体を抱えて、骸兵を睨みつけた。


「我が剣でつけられた傷は決して癒されることはない。戦いの中でつけられた傷は、敗北へつながり、戦いのうちで命を蝕む。それは当然だろう。それこそが私の望んだ戦いの形だ。戦士とはそうあるべきだ。違うか?」


 違わないだろう。傷をつけられた時点で、人は死への第一歩を歩き出す。

 もし戦いに負けたのであれば、そこで命を落とすのは道理だ。逃げ延びて傷を癒すことなど、生き恥を晒すに等しいだろう。

 けれども、だからなんだと言うのか。

 ノォトはそっと義父を横たえる。そして自らの魔剣を握った。


「なるほど、それは命を癒さぬ魔法の剣だと言うのだな」

「然り、ゆえに魔剣よ。お前のそれも魔剣に相違ないな? そしてそれを握っている者こそ……戦神の血を引きし当代無双の英雄、ノォト! ヘルより聞き及んでいる。かの女神が愛し、そしてその抱擁を望んでいる者! お前を殺せば、余を新世界の一柱にしてくれると約束してくれている」


 そう言うと、男はにやりと笑った。

 ノォトはその姿をおぞましく思った。

 彼が望んでいるのは、尋常の戦いではない。

 そこにある勝利の歓びでもなく、名誉の喜びでもない。


「お前は、戦士ではないのか」

「戦士だったさ! だが、戦士としての死は望めなかった。病に冒され、戦場で死ぬことは許されなかった。戦女神の抱擁を得ることは叶わなかった!」


 であればこそ。だからこそだ。

 魔剣の骸兵は言う。


「新たな女神を歓迎した。今度こそ我に戦場を。無限に続く戦争を! その中で生き、死ぬことこそが我が喜びだ!」

「……狂っている」

「戦士とはすべからくそういう者よ」


 生きているのに死を望み、戦いに身を投じ続けること。それこそを名誉と考えること。

 オーディンが仕組んだ戦士の業であった。

 だからこそ、ノォトは問うたのだ。戦士ではないのか、と。

 答えは得た。


「お前は、戦士ではないのだな。いや、そうなのだ。死んでしまったお前は、戦士にはなれないのだ」

「いかにも! だからこそ、余が戦士でいられる場所を求めるのは、道理ではないのかね?」

「もはや語ることなどない」


 ノォトは魔剣を構える。戦いの意思を見せると、かつて戦士であり、戦士であろうとした者は、笑った。

 戦士の館(ヴァルハラ)へ行き損ねた彼の無念は、深いものだ。


「約束しろ。俺と戦っている間、アルヴァルトには手を出さないと」

「すでに死にゆく者だ。いつ死んだとして変わらないではないか」

「かつて戦士だったと言うのだとすれば、従ってほしい。俺と満足のいく戦いをしたければ」


 背後を気にしていては、力を出し切ることはできない。

 ノォトがこう言ったのは、彼がこの誘いに乗ると思ったからだ。

 彼は戦士としての無念によってここにいる。

 戦士として死ぬことができなかった彼は、ヘルの尖兵として蘇ってなお、戦士としてあろうとしている。

 アルヴァルトとの一騎打ちを繰り広げていたのがその証拠だ。

 義父はここに、一人で立ったわけではあるまい。見れば骸兵たちの足元には、人のものだったと思われる鎧や剣、槍、斧が転がっている。最後に残ったアルヴァルトと一対一の戦いを望んだからこそ、彼の周りの兵士たちを打ち倒したのだ。

 そのやり口は残忍であり歪んでいるが、そうでなければ辻褄が合わない。


「いいだろう。これは王の約定だ。人の王ノォトよ、死者が王の一人、骸剣王ヘズレイクが誓う。お前との戦いの中で、お前の義父には手をくださない」


 ヘズレイク、と彼は名乗った。

 王として様々な知識を身につけているノォトは、その名から彼の正体を悟る。

 かつて、その名を冠した王がいた、と。


 その王は戦士として生きた者であった。

 名誉ある死を遂げた者には戦乙女の抱擁の栄誉を得る。そして、神々の戦士として迎えられる。

 その地位にもっとも近いと言われた、王がいた。

 強靭な肉体と、強欲な精神を持った荒々しい戦士にして王。

 あと一歩のところで、この世のすべてを手中に納めるところまでいった。

 しかし、その最期は病死であった。原因は当時の流行病だったという。

 三人目の王妃と、戦で奪った他国の王妃や姫、そして自分の息子と娘たちによって見送られた、幸福な王であり、哀れな戦士。

 それこそがヘズレイクである。

 彼の死後、無理やりに統一された国々は、それぞれに王と立てて分裂した。

 いまに続く国の多くは、ヘズレイクが君臨した国から派生している。

 王の中の王であった、と言うこともできるだろう。


「まさか、そんな……」

「余の恥じ入る生を知る者か。いいや、そうだったな。お前とて、我が末裔だったか」


 確か、お前の母はヒルディースと言ったか。

 ノォトは魔剣をわずかに傾ける。

 瞬間、ヘズレイクはノォトの懐に迫った。

 身をひねって漆黒の剣を躱した。返す剣は刻印(ルーン)の剣であったが、それは彼に距離をとられて避けられる。


「気を抜くなよ。すでに戦いは始まっている。お前の首を掻くことは、いつだってできる」


 ノォトは頷いた。ヘズレイクの持つ魔剣は、ノォトの黄金の守りを突破するものである。

 魔剣は運命の否定だ、歪曲だ。

 傷が癒えることを阻害する呪いは、傷つけられないはずのノォトの護りさえ突破することができるだろう。それは物理によるものではなく、運命に対する攻撃であるがゆえに。


「面白いだろう? 死なぬ戦いなど、淡白にすぎる。そう思わないか?」


 ヘズレイクは嗤う。下品な笑みだ、と思った。腐っている彼の肉体が、その笑顔を醜くしている。

 そしてノォトは思う。その笑みは戦場では不要なものであると。

 魔剣をゆらりと構えた。黄金の光を発する剣の切っ先を、ヘズレイクへと向ける。


「命には敬意を払え、過去の王よ」

「そして未来の戦神だ、青二才」


 一瞬で二人はかき消える。

 次に広がったのは、魔剣同士が激突する音と火花だった。

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