王女のフェーヴ(2)
アルバがこのアンティークショップの従業員になってから、一週間が経った。連日の雨がやんで客足も増えたため、アルバには早々からよく働いてもらっている。
彼女にどこまで話すかについては、なかなか難しいところだった。アルバがここで働くと決まってから、アンティークのことはもちろん、エクソシストの仕事についても、少しずつ話してはいるのだがーー最大の秘め事は、なかなか話せない。話さずとも支障はないのだから、無理に言う必要もないのだろうが。
「お使いご苦労様でした。休憩にしましょうか」
「了解、紅茶を淹れてくるよ」
すっかり慣れた様子で、店として使っている部屋と住居スペースを行き来するアルバの姿が微笑ましい。長い間一人で過ごしていた空間に、アルバは年相応の無邪気さで溶け込んだのだ。
住み慣れた城を出て、たゆたう小舟のようにあてもなく旅に出てから、もう二百年も経った。一つも恋をしなかったわけではないけれど、老いない体では数年ももたない。
一人で生きていくのは、寂しい。
アルバが淹れてくれた紅茶に口をつけながら、柄にもなくそんなことを考えた。
日曜日の朝は店を開けない代わりに、郊外で展かれている蚤の市で仕入れをする。数日前に銀器や時計が売れたため、今日は商品の補充も兼ねて、結構な荷物になりそうだ。本当はアルバがついて来てくれれば助かったのだが、たまの休日くらい、家族水入らずの一時を過ごしたいだろう。
曇天の多い一月だが、今日はよく晴れていて春先のように暖かい。普段は簡素な通りも、蚤の市の日には遠くからやって来たらしい商人たちで賑わいを見せる。手軽にアンティークを楽しみたい女性客から、掘り出し物を探しにきたコレクターまで、客層は様々だ。
そのなかに、見慣れた少女の姿があった。何をどう見ればいいのかわからないらしく、困惑したような顔をして、周囲を見渡している。アルバは相変わらず、少年の格好をしていた。
「アルバ?」
呼びかけると、驚いて目を丸くしたかと思えば、次の瞬間には嬉しそうに駆け寄ってくる。本人は嫌そうな顔をするかもしれないが、子犬のようで可愛らしい。
「フェリス! なんか、店の外で会うのって不思議な気分だ」
「私もですよ。ここで会うとは思いませんでした」
「ああ……自分でも、アンティークのこと知りたいと思ってさ。それで、できれば、姉さんに何か買ってあげられないかと思って……」
アルバは照れ臭そうに目を反らした。姉に対しては劣等感など色々と思うとこりがあるようだが、まだ失恋から立ち直りきっていない傷心の姉を、どれだけ大切に想っているかが伝わってくる。
「良かったら一緒に選びましょうか」
「えっ、いいの? 仕事で来たんでしょ?」
「ええ。急いでいませんから。アンティークを買う時はゆっくり時間をかけて楽しむことにしているんです。売り手の話を聞いたり、客同士で会話をかわしたりね……だから、午前中はずっとここにいますよ」
「ふうん。当たり前の話かもしれないけどさ、フェリスは本当にアンティークが好きなんだね」
「ふふ、最初は必要があって関わっていただけだったんですけどね。色んな記憶を積み重ねてきた物が集まって、そこに人が引き寄せられるわけでしょう。私も多くの人に出会いましたよ。そうして、気づいたら、アンティークの魅力にはまっていました」
「アンティークの魅力?」
「人と人を繋ぐところ、でしょうか。時には過去と現在すらも結びつけますからね」
貴女ならよくおわかりでしょう、と言うように微笑みかけると、アルバは返事の変わりに苦笑した。文句を言いに来た客と店の主人、という関係を変えたのも、そもそもの出会いも、アンティークがきっかけだった。けれど、アルバにとってはまだ不気味なものでもあるのだろう。曖昧な笑みが、その心境を表している。
「ーーフェリスじゃない! こっちにいらっしゃいよ」
アルバと並んで歩きだしたところで、今度はフェリスが呼び止められた。声のした方向に首をめぐらせると、短い黒髪の女性がこちらに向かって手を振っていた。
「知り合い?」
「ええ、彼女もアンティークのお店をやっていますから」