死者の手紙(4)
そこから先は見いなくても容易に想像がついた。
あれから、姉は手紙を何度も読み返した。最初は、手紙にこめられた他者の想いを、鑑賞するように愛でていただけだったはずだ。それが、次第に、この手紙の書き手を想像するようになってーー自分の空想に、恋をしてしまった。
フェリスの言葉を借りるなら、姉の強い想いは、いつしか手紙に宿っていた魂の欠片を呼び覚ました。姉は歓喜しただろう。例え相手が死者であっても、自分を愛してくれるわけではなくても。そばに居てくれる相手がいる、その心地好さに、姉は溺れていたいのだ。
「フェリスは、姉さんを助けてくれるの?」
「この残留思念を見えなくすることは可能ですよ。だからといって、お姉さまが立ち直れるという保証はできませんが」
どうして、という言葉を飲み込んで、アルバは幸せそうに微笑み続けている姉を見た。
絵はがきが姉を狂わせたわけではない。これは、姉が望んだこと。いいか悪いか、という判断は、こんな場合には意味がないのかもしれない。
大切な人が望むことを叶えてやる。それも一つの答えだけれどーー。
「エゴでもいい……僕が支えるから、目を覚まして欲しい。意志のない幻なんかじゃなくて、ちゃんと前を向いて進んでいける相手を見つけて欲しいよ」
「お姉さま自身が、今のこの状況を望んでいたとしても?」
アルバは一瞬言葉に詰まったが、強い眼差しでフェリスを見つめ返した。
「僕にはまだ、恋愛のことなんてわからない。ーーでも、もしするなら、自分を成長させてくれるような恋がしたい。こんな、狭い部屋に閉じ籠るようなものじゃなくて」
フェリスは目を見開いて驚いたような顔をしたあと、なぜか目を伏せた。まるで、フェリス自身がアルバに責められたかのような表情だ。
「恨まれるかもしれませんよ」
「それでも!」
「わかりました。その覚悟があるのなら……」
フェリスは男に向かって手を伸ばした。その瞬間、フェリスの影から飛び出した黒い鎌のようなものが、素早く男の幻を引き裂いた。
続いて、絹を裂くような悲鳴。
「どうして」
自分の空想から目を覚ました姉は、真っ先にフェリスに掴みかかった。
「ーーでも、もしするなら、自分を成長させてくれるような恋がしたい。こんな、狭い部屋に閉じ籠るようなものじゃなくて」
フェリスは少女の口から出た言葉に目を見開き、その言葉の〈正しさ〉を噛み締めた。まだ恋も知らない、絶望も知らない、小さな少女の言葉だというのに、驚くほど胸に響く。
ーー人間は生きているかぎり、歩み続けるものだろう。いつか来る、死の瞬間まで。愚かなりに、生きる意義はあるはずだ。それすらも無くしてしまったら、ただの〈お人形〉だな。
常に共にあった声を、久しぶりに思い出した。人間を面白い生き物だと嘲笑う、冷酷で皮肉っぽい声を。
「どうして」
女性の力とは思えないほど強く、肩をつかまれた。長い爪が、服の上からぎりぎりと突き刺さる。フェリスは顔をしかめたものの、抵抗しなかった。
「どうして、放っておいてくれないの。私は、あのままで幸せだったのに」
その問いの答えを、フェリスは持ち合わせていない。アルバが自分に助けを求め、解決する術を持つ自分がそれに応じた。正しいかどうかなんて考えていては、とても身がもたない。
冷静に考える自分と、まるで自分の「あり得たかもしれない姿」を見て揺れている自分とに、真っ二つに分かれたようだ。
「姉さん、やめて!」
アルバに抱きつかれて、女性の手がフェリスから離れて、幻の残像を求めるようにさ迷う。
すすり泣きが聞こえてきたところで、フェリスはその場に背を向けた。彼女の幸せは自分が壊した。それからどうなるかは、わからない。