たたかいのはじまり
その日も王都の一日は、かすかな悲しみの影をちらつかせながらも平穏に過ぎ、迫りくる夕闇に、人々はいそいそと帰り支度をはじめていた。街の灯りはぽつぽつと増えて、店はたたまれて、通りから人の姿は減っていく。小路の闇が濃くなって、遊び盛りの子どもたちすらも、木の剣や盾を放りだして家に戻ろうというころだった。
聖剣教会の一室で、王からの使いからの報告をうけたエドワードは驚愕した。
「邪剣王が攻めてきただと!」
使者は頷く。
「はい。先ほど、王のもとへ聖剣王さまより『でんわ』があったそうです。それによると、邪剣王は空から古代の兵器に乗って、まもなくここへやってくるとのことです」
「空から?」
「『ばくげきき』というものだそうです」
その名前を聞いたエドワードは思わず頭を抱えた。
「爆撃機か……! まさか、まだ残っていたとは……」
「いかがいたしましょうか?」
エドワードは数秒考え、言い放つ。
「城の地下シェルターを開放し、女子供を優先的に避難させろ。王族には聖剣師をひとりずつつけ、それぞれすみやかに王都を脱出させるんだ」
「はっ。邪剣王のほうはいかがなさいますか」
「私が迎え撃つ」
そう言ってエドワードは防刃布でできた服の襟を整え、腰にさがっている聖剣の柄の尻に手をおいた。金属の輪でつながった三本の飾り布が揺れた。
「エドワードさまおひとりで?」
「ああ」
頷きながら、すでにエドワードは歩きだしていた。部屋を出て廊下を進む彼のあとを使者が追う。
「そんな! 危険です」
「これが私の使命だ。君も使命を果たせ」
そう言ってエドワードは使者を置いてきぼりにした。エドワードはそれからとある扉を開け、その向こうにある螺旋階段を駆け足で登った。しばらくして屋上へと出ると、そこは城のなかで一番高い塔のてっぺんだった。エドワードはあたりを見渡した。
太陽は地平線の向こう側に半分ほどが沈んでいて、橙色の強い光が王都と周辺の平原を照らしている。風はなく、ぬるい気温が肌にまとわりつくようで不気味だった。
エドワードは、邪剣王はボンドエラに向っていたということを思い出して、南の空を向く。彼は右目を覆っていた眼帯をとった。
もしこの場にエドワード以外の人間がいたら、彼の眼帯の下を見て、きっと悲鳴を上げていただろう。かつて邪剣王に潰された眼窩には、金属製の眼球がおさまっていて、瞳の役を果たすレンズが陽光を反射して光っていた。
これは一年前、邪剣王の襲撃を受けた後に、瀕死の彼を救った聖剣王によって授けられた魔法の義眼だった。義眼と言えど、エドワードは実際にこの目を通して常人よりもよくものを見ることができたし、目を凝らせば数十キロ先の地平のかなたまで見通すことができた。だが、あまりにも見えすぎるのと、見た目が怖いので、今まで眼帯で隠していたのだった。
エドワードは目を凝らした。するとはるかかなた、昼と夜の境目の空に、黒く小さい影を見つけた。エドワードは最初それは渡り鳥かと思ったが、すぐにその影が距離のせいで小さく見えるだけで、実際にはとてつもなく大きいものだということに気がついた。
「あれか」
エドワードは口元を引き締めた。
『爆撃機』というものがどういうものか、エドワードは聖剣王から聞いて知っていた。しかし実物を目にするのは初めてだったし、それが果たしてどの程度の被害をもたらすものなのか、聞いた話のスケールが大きすぎて、エドワードには想像がつかなかった。
だがそれでも、エドワードには王都を守りきる自信があった。彼は聖剣を抜いた。
「頼むぞ、『ノア』」
邪剣王は爆撃機の操縦席にはいなかった。
彼は爆撃機の上、操縦席の真上に立ち、強い風を全身にうけながら、足元から爆撃機全体に長く這わせた触手を有機生体部品と融合させて操縦していたのだ。これは邪剣のかけらと融合することではじめてできるようになったことだった。
爆撃機は人工筋肉でできた翼をときおり羽ばたかせながら、まさしく巨大な鳥か竜のように大空をゆったりと滑空している。翼の半ばについている小型清浄核融合エンジンは使う必要がなかった。なぜならば、大昔とは違って、眼下の地面には対空砲も対空ミサイルも無いからだった。ゆえに自由偏光装甲によるステルス偽装の必要もなかった。
邪剣王は遠方に目指す王都が見えてきたとき、まるでプレゼントをもらった子供のように胸が高鳴るのを感じた。彼は爆撃機の腹に抱え込まれた小型無汚染水素爆弾六個を、はやくあの都市一帯にばら撒きたいと思った。逃げ出した人々を百二十五ミリミリ対地機関砲の掃射でなぎ倒したいと思った。しかし、彼はギリギリまで我慢したほうがいざやったときの快感もひとしおだということも知っていた。
唯一の気がかりは、自身が期待をこめて作り出したあの少年が今どうなっているかということだったが、もはやそれもどうでもよく感じた。
「到達まであと三時間」
彼はつぶやいた。
エドワードは『ノア』を一本しかない腕で持ち、切っ先を遠方の爆撃機に向けた。
(爆撃機の威力がどれほどかはわからないが、最初から全力だ)
そう考えながら長く呼吸をし、ちらりと塔の下を見ると、教会の人間たちが人々を避難させはじめているのが小さく見えた。
エドワードは、彼らを守らなければ、と気を引き締める。
「さぁ、いつでも来い!」
エドワードは叫んだ。その叫びは邪剣王の尋常ではない聴力にとらえられた。
邪剣王は口端を邪悪に吊り上げた。
「あのときの聖剣師か! 水素爆弾を受けるつもりか? バカめ!」
邪剣王は気が変わって、触手を伸ばして水素爆弾のひとつを格納庫からちぎり取り、自分のところへ直接持ってきた。水素爆弾は小型とはいえ長さ三メートル、高さ一メートル五十センチはゆうにあり、相応の重さもあったが、邪剣王は片手でそれを軽々と持ち上げると、体を大きくひねった。
「うまくいけば耐えられるかもしれんぞ!」
邪剣王は楽しそうに叫んだ。それからまるで槍投げの陸上競技のように水素爆弾を持ち、力強く、投げた。
放たれた水素爆弾は放物線を描く軌道でまっすぐに王都に向かっていった。その速度は凄まじく、時速にして五百キロメートルはゆうに超えていて、常人の眼では影すら捉えることができないような速さだった。
だがエドワードの右目は遠方の塔から影を眼で捉えた。そして直感的に強い危険を察知すると、聖剣をかまえた。
「聖剣よ、我らを守りたまえ!」
叫びと同時に、王都の直上で水素爆弾が爆発した。
遠方から爆発を見た人々はみな、太陽が落ちてきた、と思った。
最終戦争末期にひろく用いられた小型無汚染水素爆弾は、約三メートルほどの全長しかないそれぞれが、一都市をこの世から跡形もなく消滅させるほどの威力を持っていた。
爆心地から半径数十キロメートルは爆風と熱によって薙ぎ払われて、建造物も、生き物も、地形の凹凸すらも綺麗に平らに均される。爆風を受けた地域は直上から見ると真円をしていて、美しかった。
直後に中心から立ちのぼるキノコ雲は大陸一の山よりも高く、天を貫く。しかし放射性物質による汚染をまったく生じないこの爆弾は、一度に数百万人の人間を、本人も気づかないほどの一瞬で塵に変えることができるのだった。
だが王都とそこに住む人々は助かった。
水素爆弾はたしかに爆発し、その衝撃波は王都を中心とした周囲三十キロメートルの大地を大きくえぐりとばし、熱波はさらに広がって、いくつもの村や畑をのみこんだ。
にも関わらず、王都がほぼ無傷であり、被害といえば水素爆弾の爆発を直視してしまったために目を焼かれた人々程度にとどまったのは、王都のまるごとが、透明な半球状のバリアに包まれていたからだった。
エドワードは冷や汗を垂らした。
「耐えた……か」
彼は『ノア』の柄を握り直した。
王都を包むバリアは聖剣『ノア』の機能だった。
ノアから放たれるバリアは、最大で半径約五キロメートルもの大きさに展開できる、ごく小規模な、完全な球状の異次元障壁で、光以外のあらゆる物理現象を透過しないように設定されている。そのため、バリアの内側にいる人々は轟音や熱波の影響から完全に遮断された状態で水素爆弾の爆発を、真下から目の当たりにすることができたのだった。
(しかし……)
エドワードは爆発の瞬間にまぶたを閉じ、さらにその上から手をかぶせていたが、それでも気絶しそうなほど強くくらんだ目を瞬いて、王都の外を眺めやる。衝撃を受けた。
何もなくなっていた。それ以外に形容できなかった。爆発を受けた範囲の大地はまるごと吹き飛んで、底は煮えたぎっていた。生命の消えた大地のありさまにエドワードは恐怖し、またその何倍もの怒りに震えた。
彼は歯噛みし、ギッと爆撃機を睨む。
「よくもやってくれたなぁっ!」
エドワードの叫びは邪剣王に届いた。彼は哄笑した。
「ほらほら、もう一発いくぞぉ!」
邪剣王はすでに次の水素爆弾を携えていた。爆撃機はいまだ王都から見るとゴマ粒以下の大きさで、エドワードにはどうすることもできない。
「意地をみせろ、人間め!」
邪剣王はふたたび水素爆弾を投げた。
エドワードはノアを最大稼働させた。
一方的だった。
すでに五回も太陽が落下していた。
王都はなお健在なままだったが、エネルギー不足のために、一回ごとに徐々にバリアが規模を縮小していったため、今は王都を囲んでいた城壁が消滅するところまで追い込まれてしまっていた。
エドワードは全身からだらだらと汗を流しながら、それでもなんとか膝だけはつくまいとしていた。邪険王の乗る爆撃機はすでに王都の目前にまで迫っていて、エドワードからもなんとか邪剣王の姿が目視できる距離だった。
(酸素不足で爆弾の威力がかなり落ちているな……)邪剣王はキノコ雲のもやの向こうにエドワードを透かし見つつ、思った。
「だが、これで終わりだ」
邪剣王は最後の水素爆弾をひっぱりだした。この距離では爆撃機自体も爆発に巻きこまれてしまうが、彼にはそんなことはどうでもよかった。彼は自身の破滅よりも、眼下で懸命に人々を守ろうとするひとりの男と、その背後の数万の人間を叩き潰したくて仕方がなかった。
邪剣王は水素爆弾の狙いをつけ、大きく体をひねった。
「さん、にぃ、いち――」
エドワードは気配を察して雄叫びをあげた。かすかな吐血があった。
「――ゼロ」
水素爆弾が放たれた。それは一直線にエドワードのもとに向かい、王都にせまる。
エドワードは、ノアのバリアはもう限界だということを知っていたし、この爆弾を耐えきれないだろうということも知っていた。しかしそれでも最後まで諦めようなんて考えは頭を過ぎらなかった。
爆弾は王都と爆撃機のあいだをすぎる――その瞬間だった。
爆弾の軌道が変わった!
一直線に塔に向かって飛んでいた水素爆弾は、その途中で小さな爆発を起こしていきなり横にそれ、大地に落ちていったのだった。精密機械である水素爆弾は安全装置が起動し、爆発せずに地面に落ちた。
エドワードには何が起こったのか正確なところはわからなかったが、ある種の確信があった。
邪剣王は目視で何が起こったのかを理解した。そして激怒した。
「なんてことだ!」
彼は別の方角の空を恐ろしい形相で睨みつけた。
「やってくれたな、聖剣師!」
空にはひとつの小さな影があった。
その影は邪剣王の爆撃機とはまた違ったシルエットをした、空を飛ぶための機械だった。全体の輪郭は丸っこいパンに近く、楕円形の本体の上にふたつ、高速回転する風車の羽のようなものがついている。
聖剣王はこれを『兵員輸送用ヘリコプター』だと説明した。
両側面には鉄の引き戸がついていて、今、それは開け放たれている。そこから長大な『ガン』を構えて邪剣王を狙っているのは、レイス・ボールドウィンだった。
「そこ!」
レイスが叫んで、ガンの引き金を引いた。この長大なガンのことは『自動照準マイクロプラズマ・スナイパーカノン』だと、彼は聖剣王に渡されたときに説明をうけた。
レイスがスナイパーカノンの引き金を引くと、銃の薬室内部で発生した数億度の熱を持つ極小のプラズマをまとった弾丸が電磁力で加速して銃身を通り、先端から発射される。有効射程五キロメートルを誇る、最終戦争のごくありふれた武器であるそれは、今ふたたびプラズマの弾丸を発射した。
プラズマは空気を焦がし、残光とともに邪剣王に襲いかかる。しかし、邪剣王は着弾直前に腕に触手を集めて盾を作ると、それでプラズマ弾をはじいた。
「我がそこまでにぶいと思ったか!」邪剣王は怒鳴り、遠方のレイスを見た。
邪剣王の予想に反して、レイスの目は光を失っていなかった。邪剣王はその目の意味が理解できず、一瞬だけ硬直した。
そして後方からの殺気に飛び退く!
「どぉりゃあっ!!」
雄叫びとともに、邪剣王が一瞬前までいた場所に剣の刃が振り下ろされる。邪剣王は驚愕しつつ振り向き、同時に歓喜した。
「貴様か!」
「みんなの仇!」
黄昏の空を背景にしてそこに立っていたのは、金髪に青い瞳をもち、半身を覆う真紅の防具を身に着けた、三本の飾り布が風にたなびく、まるで夕陽のような長剣を携えた少年だった。
「お前を滅ぼしに来たぜ!」
聖剣師カイル・ラックハルトは、ニヤリとしながらそう言った。
邪剣王は爆撃機の上から地上を一瞥し、目の前の少年にむきなおった。
「どうやってここまできた?」邪剣王は楽しげに問いかけた。
爆撃機は地上からわずか三千メートルの高さを飛行していた。これは邪剣王の嗜虐心のあらわれだったが、カイルが爆撃機の上に降り立つことができたのもそのおかげだった。
カイルは吹き飛ばされないようにトワイライトブレイドを爆撃機の表面に突き刺し、上を指さした。邪剣王はそっちを見た。少し離れた空中に、巨大な剣の上にまるで波乗りをするように乗る大柄な男が見えた。
「俺の仲間だ!」カイルは言った。
「ははぁ、重力子制御技術か」
邪剣王はゆったりとした仕草で首を鳴らした。それから口端をつりあげる。
「ヤツも聖剣師か」
「ああ」
「おもしろい。ところで貴様」
「カイルだ!」少年は吠えた。
「そうか、カイルよ。貴様はここにいてなんともないのか?」
邪剣王の言葉にもカイルは眉一つ動かさない。
「そんなハッタリ、通用しねーぜ」
彼は足元から剣を抜き、構えた。
「そうか、ならばよい!」
邪剣王はいかにも嬉しげにそう言った。
実際、カイルがこの場所に立っていられるのは異常というほかないのだが、カイル自身はそのことに気づいてはいなかった。
五度もの小型水素爆弾の爆発により、周辺の酸素は一㏄残らず消費しつくされ、王都周辺はもはや生物の生存できる環境ではないはずだった。しかし彼は平然とそこに立っている。
王都の人々が無事であるのはエドワードのおかげであるし、わずか数キロメートルしか離れていない場所を飛ぶレイスの乗った軍用ヘリも、見た目にはわからないが、ノアのそれと近い性質のバリアを張っているので問題はない。空中を飛ぶ聖剣師ゴードンは小型酸素マスクで口元をおおっていることを邪剣王は見抜いていたが、カイルはそれすら身に着けていなかった。
その異常さに、邪剣王は自身の望みが叶いかけていることを確信し、上機嫌になった。
「我と剣を交えることを許そう」
「何様だッ!」
カイルは駆け出し、邪剣王にむけて聖剣を振り下ろした。高い金属音がする。邪剣王は聖剣ムラマサを抜いていた。ふたりは鍔迫り合いのかたちになった。
邪剣王が感嘆の声をあげた。
「なかなか鋭い打ち込みをするようになったではないか!」
「テメーをブッ殺したくてなぁ!」
にわかにトワイライトブレイドの刃が光と熱を帯びはじめた。邪剣王は危険を察知し、爆撃機の全体に伸ばしていた触手の何本かでカイルを襲った。
カイルもすばやく攻撃の気配を読み取り、鍔迫り合いをやめて聖剣を振るいつつ、距離をとった。切断された触手の何本かが、聖剣の力で燃やし尽くされ、爆撃機の後方へと吹き飛ばされて消えた。カイルはまた聖剣を足元に突き刺し、しがみついた。
邪剣王はその様子を見てやや失望したような顔をした。
「こんなに足場の悪いところで、どうしてしかけてきたのだ? 触手も生やせない貴様では、いつ振り落とされてもおかしくはないのだぞ」
カイルは口元を手の甲で拭った。
「教えてやる」彼はまた、ニヤリと笑う。
「テメーを引きずり落とすためさ」
「なに?」
邪剣王が聞き返すと同時に、数発のプラズマ弾が爆撃機の主翼関節を撃ち抜いた。赤い人工筋肉と白い人工血液が空中に撒き散らされ、機体が大きく傾く。
「貴様は囮か!」邪剣王が叫んだ。
数キロ離れたヘリコプターの中から、プラズマスナイパーカノンのスコープを覗いていたレイスは、ヘリの操縦席に向かって大声で言う。
「爆撃機の左の翼を撃ち抜きました! 敵は大きく傾いて、邪剣王とカイルは死角に入りました。次のご指示を!」
操縦席にはイヴがついていた。彼女は操縦席のガラス越しに、白い血を撒き散らしながら墜落をはじめている爆撃機を眺めてつぶやいた。
「うーん、アレ、あのままじゃ町に落ちるわねぇ」
その言葉を聞きつけたレイスが驚く。
「なんですって!?」
「それよりも、今はカイルさんかしら。どうなってる?」
イヴは片耳に手を当て、インカムに話しかけた。
カイルの耳の中にもインカムは装着されていて、彼女の声は届いた。カイルはわめいた。
「しがみついてる!」
その言葉の通りだった。
大きく傾いた爆撃機はもはや人が立っていられないような角度で、カイルは突き刺してあった聖剣を抱きしめるように全力でしがみつくので精いっぱいだった。ふんばろうとするカイルの靴底はずるずるとすべった。
邪剣王はしかし平然としていた。彼の足からのびた触手はしっかりと彼の体を支え、爆撃機の機体がさらに傾いて縦になってしまっても彼は涼しい顔で、大地に対して平行に立っていた。
「なかなか辛そうじゃないか。あのプラズマカノンといい、この爆撃機の弱点を的確に突いた攻撃といい、聖剣王の入れ知恵だな? 愚か者め、我がこの程度で振り落とされると思ったか!」
邪剣王はもはや地面に対して垂直になった爆撃機の上面を、普段と変わらない様子で歩いてくる。その途中で彼はムラマサをひと振りし、カイルをおののかせた。
「未完成で切り捨てるのは惜しいが、容赦せんぞ」
邪剣王はカイルの目の前に立つとムラマサを振り上げる。カイルにはどうしようもなかった。
「させるかぁっ!」
そのとき、怒号とともに邪剣王に向かって突っ込んできたのは、聖剣グラビトンプレートに乗るゴードン・ストーンマンだった。彼は剣の上に乗ったまま、その切っ先を邪剣王の脳天に突き刺そうとしていた。
しかし、邪剣王は彼のほうを振り向いた。
ゴードンの方向転換は間に合わなかった。接近したグラビトンプレートの刃を邪剣王はムラマサの峰で受け止め、一瞬だけ動きが止まった隙に触手を何本も伸ばし、聖剣ごとゴードンをからめとらえた。
カイルは、これが邪剣王の狙いだったかと舌打ちをした。
「つかまえたぞ」
邪剣王は邪悪な笑みを浮かべて言った。
ゴードンは酸素マスクの下で恐怖に口元を震わせた。
「ずいぶんとこの聖剣の扱いに熟達しているようだが、お前自身はただの人間だ!」
邪剣王はそう叫んで触手をゴードンの足に絡めた。
(このまま空中に引きずり出す気だ!)とゴードンとカイルが察知したのは同時だった。
だが直後、邪剣王は異変を察知して動きを止める。彼が足下を見ると、彼の立っている場所とその周辺が、トワイライトブレイドが刺さっている場所を中心に白熱していた。
邪剣王は逃れられなかった。
カイルによってトワイライトブレイドから発せられた高熱は爆撃機の表面装甲を融解させ、カイルたち三人を空中へ放り出した。さらにカイルは体が浮いた瞬間、爆撃機のまだ融解しきっていない部分を蹴ってゴードンの方へ跳び、彼を捕らえていた邪剣王の触手をすれ違いざまに切断した。
「驚いた!」邪剣王は叫んだ。
(いくら邪剣王でも、この高さから落下したら無事ではすまないだろう――)そう考えて一瞥したカイルはゾッとした。
邪剣王は笑っていたのだ。彼は満面の笑みで落下していく。
カイルは体が受けとめられるのを感じた。体勢を立て直したゴードンが、カイルを抱きとめたのだった。
「無茶をする……」
ゴードンがあきれたような、感心したような顔で言った。
「受けとめてくれるって思ってた」カイルはにかっと笑った。
「まったく」ゴードンはため息をついた。
「それよりも、邪剣王は?」
カイルが頭をひねって下を見下ろした。しかしもはや邪剣王の影は背景の大地に紛れ、判別がつかない。
「この高さなら相当な打撃だろう。いったん『へりこぷたぁ』に戻って体勢を立て直すぞ」
そうして向きを変えたゴードンをカイルは慌てて引きとめる。
「待ってくれ! その前に爆撃機をなんとかしないと!」
「大丈夫だ、見ろ」
ゴードンは爆撃機をあごで示した。
カイルがそっちに視線をやると、爆撃機がきりもみ回転をしながら急速に落下していっていた。落下方向はほぼ直下に近く、街までは届きそうにない。
カイルは安堵した。
「邪剣王が離れて、一気に元気がなくなったようだな」ゴードンはそう言った。
彼はカイルを抱えてゆっくりとヘリコプターに近づき、周囲に展開されているバリアを抜けて、開け放たれたままの側面のドアから中へと転がりこむ。
プラズマスナイパーカノンをわきに置いたレイスが毛布片手にかけよった。彼は毛布をふたりにかけ、急いでドアを閉める。
「無事ですか?」
「ああ、俺は平気だ」
カイルが服の埃を払いつつ立ち上がった。
「腰をぶつけた」ゴードンが腰をおさえ、剣を体に引き寄せる。
「ヤツは?」
カイルがレイスのわきをすり抜けて、操縦席の座席の間から身を乗り出した。イヴが答える。
「上空二千八百メートルからの落下よ、ひどいものだわ」
「死んだのか?」
「まさか、ピンピンしてるわよ」
イヴは操縦席の機械についている小さな『もにたー』を示した。
邪剣王は落下などしてはいなかった。彼は触手を集めて大きな翼を形成し、滑空していたのだ。
「ちくしょう! 便利な触手を持ちやがって!」
カイルは悔しさのあまり、イヴの隣の座席を殴りつけた。金属のヘッドレストがへし折れた。
イヴは微笑んだ。
「それでも、これでかなり時間は稼げるはずよ。今のうちに王都を守った英雄さんを助けに行きましょう」
ヘリコプターは王都に近づいていった。