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ソードハンター 聖剣師の旅

 ――一か月後。

 王都のあった場所にトンカチの音が鳴り響く。青空には雲ひとつなく、爽やかな風がときおり吹き抜けて頬をなでる。

 人々は首都再建のために動き出していた。

 この一大工事には、ひと月前の惨劇――水素爆弾の爆発――を目にした範囲の人々のほとんどが自発的に集まっていた。現場の職人たちの指揮をとるのは大工ギルドの人間たちだが、そうして集まった人々をまとめあげているのは、聖剣教会の僧侶たちだった。彼らは白いローブを着て、毎日忙しく町を駆け回っている。

 エレナもそのひとりだった。彼女は教会の前で、商人の馬車から下ろされた荷物をたしかめている。

「ぶどう酒が四樽、小麦粉が十袋、干し肉三樽、塩二樽、各種野菜のピクルスふた箱、そのほかに――」

「――医薬品三箱、古布五箱、木炭、石炭、それぞれ五樽。こんなとこですね」

 エレナに横から声をかけたのはレイスだった。エレナはぱぁと明るい表情になって、商人の書類に教会の印を押す。

 おじぎして去る商人を見送って、エレナはレイスにむきなおった。

「おつかれさまです! お兄様」

「ええ、おつかれさま」レイスは微笑む。

「どうやら、ちゃんとやっているようですね」

 彼の言葉にエレナの表情がかすかにくもった。その理由は彼の姿にあった。レイスは聖職者のあかしである白いローブを着ていなかったのだ。代わりに彼は旅人のような衣服を着ていた。

「やっぱり納得いきません」彼女は断固たる口調で言う。

「なぜお兄様が破門されなければならないのでしょうか」

「もう終わった話ですよ、エレナ」レイスは優しく言った。

「私は私の使命に逆らったのですから、仕方ありません。私はカイルを撃てなかった」

 彼は目をつぶり、穏やかな口ぶりで言う。

「私が彼の旅に同行していたのは、いつか彼が邪剣にのまれてしまったときに始末をつけるためでした……しかし、私は無視した」彼は酒樽の上に腰かけ、にっこり笑う。

「なぜなら、彼は人間でしたから」

 その言葉を聞いて、エレナは片手をそっと胸にやった。胸元には熱で変形したカラーグラスのかんざしの一部が、ペンダントにされて輝いていた。

「カイルは、いえ、カイル様は――」

「かしこまる必要はありませんよ」

「……カイルは――」

 エレナの瞳が悲しみに潤んだ。

「――いったい、どこへ行ってしまったのでしょう?」

 レイスも軽く目を伏せて、ひと月前のできごとを思い出す――



 カイルを抱えて燃え盛る城を脱出したレイスを待っていたのは、生き残った兵士たちからの不信と恐怖の視線だった。

 レイスは、命を賭して戦ったカイルに対するあまりの仕打ちに激怒しそうになったが、つい数時間前までは自分もそちらがわであったことを思い出して、何も言い返せないまま、彼の体を抱えてとぼとぼと歩いた。

 誰もカイルを手当てしようなどとは思いもせず、むしろ足下から石を拾って投げつけさえした。なぜカイルを殺さないのか、と人々はレイスに問いかけて、とうとうたまりかねた彼はこう叫んだ。

「姿がなんだ! 力がなんだ! それを扱う心こそが大切なんじゃないか! あなたたちはこの真の聖剣師に対して石を投げつける! あなたたちの心こそが真の邪悪だ!」

 その怒声は人々の恐怖心に火をつけた。彼らが武器を手にとってふたりに襲いかかろうとしたとき、上空のヘリコプターから垂らしたハシゴで彼らを拾い上げたのは聖剣王だった。

「カイルくんの看病は私が引き受けるわ」聖剣王はそう言いながら、操縦桿を城から離れる方向へ倒す。

 城を包んでいたバリアは取り払われ、黒い雨が王都に降り注いだ。放射性物質こそ含まれてはいないが、人々は重い雨粒の痛みに耐えかねて、散っていった。

 聖剣王はヘリコプターを操縦しながらレイスに言った。

「あなたはなにも恥じることはしていない。いいえ、むしろ立派だった。よく引き金を引かなかったわね」

 レイスはカイルの口もとに手をやり、指にかすかな呼気を感じて安堵した。それから彼は聖剣王を見る。

「聖剣王さまは、これからどうされるのですか」

「私? そうねぇ……」彼女はふふと笑った。

「家で編み物の続きでもしましょうかしら。あなたはどうするの?」

「私……?」

 レイスは意外そうな顔をした。

「そう」

 彼女はうなずく。

「あなたは、どうしたいの?」

「……私は――」

 レイスは答えた。

 


「――さて、私はそろそろ行きますよ」

 レイスはそう言って、足下の荷物を背中に負った。エレナは目を丸くした。

「どこかに行かれるのですか?」

 レイスは微笑んでうなずく。

「ええ、『どこか』に行きます」

「旅へ、出られるのですね」

 レイスは、エレナが言いたいことをぐっとのみこむのに気づいていたが、なにも言わなかった。ただ彼は優しく微笑むだけだった。

 エレナも兄に微笑みかえす。

「どうか、お気をつけて」

「そんなに心配しなくても」

 レイスはエレナに近づき、彼女をそっと抱きしめ、離れた。

「また会えますよ。だって旅人は、いつだって故郷を夢見ているのですから」

「……ええ。いつか、また」

 レイスはエレナに背を向けて歩きだした。

 エレナはもうこれっぽっちも悲しんだりしていなかった。彼女は立ち去る彼の背に向けて、大きく手を振り、満面の笑顔で叫んだ。

「さようなら、よい旅を!」

 レイスも笑って、歩きながら振り向いて叫びかえす。

「あなたもよい旅を!」

 よい旅を――エレナは兄の背中を見送りながら、その言葉を小さく、何度もくり返した。

(ほんとうに……よい旅を)

 心からエレナはそう願った。

 しかし願うまでもなく、きっと兄の旅路はすばらしいものになるに違いない。

 なぜなら、彼の向かう先に、恐ろしい怪物はもういないのだから!

(きっとあなたも、いつか帰ってきますよね)

 エレナは青空を見上げた。彼方で渡り鳥が翼を広げて滑空していた。

(ありがとう……カイル。そして、聖剣師のみんな……)

 やがて彼女は仕事に戻った。

 過去にかまっているヒマはない。だって、未来にはこんなにも希望があふれているのだから。



 ――数年後――

 虫の音だけがりんりんと響く、静かな夜だった。

 月も半ば沈みかけの、夜の中でも最も暗い時間に、東の国境付近の丘を兵士たちがぞろぞろと進んでいく。

 彼らは皆鎧を着込み、武器を携え、暗い表情で歩いていた。

 彼らは戦争に行くのだ。

「ペースが落ちているぞ!」

 隊列の半ば、馬の上からそう叱咤したのはゴードンだった。彼は兵士たちの隊長として、この戦争を勝利に導くために、司令官のエドワードの指揮を受けていた。そう言った彼の表情にも、しかし陰りがあった。

 国内に『邪剣』という憂いがなくなったソードランド王国は、聖剣と聖剣師の圧倒的な力を軍事に用いたのだ。

 首都再建が落ちついた直後から、国王は聖剣師たちを用いて周囲の国に侵略戦争をしかけ、その版図をさらに広げようと試みていた。

 聖剣師たちはそれぞれの軍に割り当てられ、戦いの最前線で、人に対して聖剣を振るっていたのである。

(俺はこんなことのために聖剣師になったんじゃない)

 多くの聖剣師たちはそう思っていたが、かといって教会を去る者はいなかった。

 なぜならば、最も扱いに熟達している自分自身が聖剣を振るうことが、結果的に犠牲を最小限におさえることになるからだった。

 背負った聖剣にそっと触れ、ゴードンは思った。

(それでも、人を殺めるのは……これではまるで……邪剣じゃないか)

 そのときだった。

「でんれーい!」

 ひとりの兵士が、馬上のゴードンに駆け寄った。

「どうした?」

 ゴードンは彼に訊いた。兵士は答えた。

「隊列九時の方向に不審な人影! 『奴ら』かもしれません!」 

「なに!?」

 ゴードンはすばやく右を見やった。『奴ら』はすぐに見つかった。 

 『奴ら』は丘の上、小高い場所に立っていた。ふたりだった。暗いせいで顔はわからないが、彼らが持つランタンに照らされた体格は男のものだった。

 『奴ら』はゴードンが気づくと、直後にこちらに向かって走り出した。

「右に向かって横隊二列!」

 ゴードンの号令に従って、兵士たちが『奴ら』と彼のあいだに壁を作るが、無駄だった。『奴ら』のうちのひとりは信じがたいほどの跳躍を見せ、兵士たちの壁をゆうゆうと飛び越え、そのまま馬上のゴードンに襲いかかったのだった。

 ゴードンは彼の攻撃を、抜いた聖剣の横腹で素早く受け止める。その拍子に落馬しそうになったが、なにかに背中を支えられて、なんとかとどまることができた。そのなにかが、ゴードンの体を越えて着地した襲撃者の左腕からのびた、触手によるものだと気づいた兵士たちは、恐怖の叫びをあげた。

「じゃ……邪剣だあああああッ!」

 いなくなったはずの怪物の姿を目にして、兵士たちは混乱し、逃げ出そうとしたが、闇夜に突然響いた大きな音に足がすくんで立ち止まった。

 その音は『奴ら』のもうひとりが、手元のガンから発したものだった。彼は一瞬だけ静まり返ったタイミングを逃さず、叫ぶ。

「安心してください、抵抗しなければ何もしません!」

 そのとき、ジャックはランタンの灯りに照らされた彼の顔を見た。

 レイス・ボールドウィンだった。

「邪だとか聖とか、そんなの関係ねーぜ」

 ゴードンを襲撃したほうが、ゆっくりと立ち上がりながら言う。

「そんなものは全部後付けさ。力に善も悪もない。ただそれを振るう者の心が、目的が、大切なんだ。聖剣は役目を終えた。だから俺が全て滅ぼす」

 彼は振り向いた。

 ちょうどそのとき、地平から太陽が顔を出した。光は襲撃者の体を照らし、全貌をあらわにする。

 金の髪。青い瞳。精悍な顔つき。金の縁取りがされた真紅の防具。左腕と一体化した、禍々しい触手の剣。

 ゴードンは陽光をうけて光り輝く彼に問いかけた。

「お前は聖剣師か?」

「いいや、ちがう」

 彼は首を振った。

「俺は『聖剣を狩るもの ソードハンター』だ!」

 カイル・ラックハルトはにやりと笑った。



 ソードハンター 聖剣師の旅 おわり


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