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はじまりの夜

 ソードハンター 聖剣師の旅




 虫の音だけがりんりんと響く、静かな満月の夜だった。

 村はずれの丘の上に一軒の小さな家があった。月光に照らされたウッドデッキには季節の花の鉢植えが並び、小さな菜園の植物もよく手入れされている。デッキに面した丸い窓からは柔らかい光がにじみ出て、この家に住む家族がいかに幸福な日々を送っているかを感じさせた。ポーチの柱に刻まれた傷跡はこの家に住むふたりの兄弟の健やかな成長を示し、雑草一本無い玄関先は、ふたりの兄妹を見守る母がいかに勤勉であるかをものがたっていた。

 しかし今、この家の開け放たれたままの玄関から漏れ聞こえてくるのは、明るい家族の談笑の声や、母の子守唄ではなく、少年のすすり泣きだった。

 玄関を入ってすぐのところには、兄妹の母が胸元に大穴を空けて倒れていた。もともと白かった肌はさらに青ざめ、全身の筋肉に力はなかった。穴を空けられたときに飛び散ったおびただしい量のどす黒い血がマットレスに染み込み、その周囲に血溜まりを作っている。血溜まりからはひと組の足あとが家の中へと続いていた。足あとは居間からの灯りに照らされてテラテラと光っていた。

 居間は荒れていた。中央にあった木のテーブルと椅子はひっくり返っており、その上に乗っていた小さな花の鉢植えの中身が木の床にぶちまけられていた。灯りは壁の燭台に灯った小さな火のみで、部屋の中は薄暗かった。そのために部屋のすみでうずくまり、恐怖に全身を震わせている幼い兄妹の兄の方からは、部屋の中心に立ち、こちらを見下ろす男の顔がますます恐ろしく見えた。

 男は大柄で筋肉質な体をしていた。短く刈り込んだ頭髪と生命力にあふれた体は少年のがかつて憧れたものだった。だがしかし灯りを反射してらんらんと光る青い瞳は狂気に支配されていて、彼の足元に転がる少女の死体を嘲笑とともに見下ろしていた。

 男は右手に抜き身の剣を持っていた。幅広の刃を持つ禍々しい装飾のされた長剣だった。奇妙なのは、その剣の鍔と柄に施された装飾が歪み、男の右手に絡みつくように一体化していることだった。そしてそれはよく見ると、男の腕のほうが変形して剣となっているのだった。少年はいまだ母親の血をしたたらせているその剣こそが、彼を狂気に追いやった原因であることを知っていた。

 少年は恐怖に全身を震わせながら、男に殺された母と妹の無念を思った。前触れなく到来した理不尽への怒りを燃やした。音が鳴っていた奥歯をギュッと噛み締め、涙を拭って男を睨んだ。そして彼はついに足に力をこめ、立ち上がった。

 少年を見下ろす男は、少年が恐怖に屈せず立ち上がったのを見て口端を邪悪に吊り上げた。それから、聞くものを震えがらせる恐ろしい声で言った。

「我へ立ち向かうか」

「よくも! よくもお母さんとアンナを殺したな!」少年は言った。

 すると男は大口をあけて笑いだした。その声は耳を塞ぎたくなるほど大きく威圧的だったが、少年は拳に力をこめたまま、一瞬もひるむことなく男をにらみ続けた。

「ならばどうする!」

 男が言った。

「滅ぼしてやる!」

 少年は叫んだ。

「『邪剣』は、一本残らず、滅ぼしてやる!」

 

 ――すべてはこの夜から始まった――


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