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幼き王女

「本日より私軍勤務となりました、サンディ・ブルザと申します」



 名乗り、ブルザは敬礼する。新しい軍服には、大尉の肩章が取り付けられていた。


 私軍――王族直属の軍隊であり、統帥権は王家が持つ。

 国軍とは違い、執政や大臣から指令をくだされる事は無い。基本的には城内の宿舎に住まい、普段の任務は王族の護衛となる。

 国軍よりも重要な任務であり、国軍よりも圧倒的に人数は少ない。狭き門である。


 ブルザは元々、国軍の所属だった。二年前に起こった魔女ヴィルマによる虐殺事件で業績を成し、それからも騒動の鎮静や事務的な仕事などで認められ、晴れて私軍所属となったのだ。


「私はジェフ・オゾン。話は聞いている。期待しているぞ」

「はっ、ありがとうございます」


 ブルザは再度敬礼する。


「早速だが、君には午後の姫様の護衛に就いて貰う。朝廷から後宮へ向かう渡る短い間だが、決して失礼の無いよう」


 そして、オゾンはにこりと笑った。


「まあ、護衛任務がどんなものか、掴んでくれればそれで良い」


 それからオゾンと二言、三言交わし、与えられた席に着く。

 直接王族や戸口などに付く護衛の仕事は、交代制だ。その他の時間は、机上での事務処理が仕事になる。

 ブルザが席に着いた途端、隣の男が話しかけてきた。


「お前も可哀想になあ。私軍初日に、よりによって姫様の護衛とは」


 ブルザはきょとんとする。

 背後の席の男が、上半身をこちらに捻り会話に加わった。


「少将も、人が悪いですよね。担当が姫様じゃ、そんな簡単な任務で終わらないでしょうに」

「と、言いますと?」

「姫様、脱走するんですよ」

「姫様もまだ幼くていらっしゃるからなあ……。普通の子供なら、一番遊び回ってる年齢だ。ずっと仕事詰めじゃ、辛いんだろうよ。それにしたって、捜し回る羽目になるこっちの身にもなって頂きたい」

「子供とは言え、立派な王族です。王女としての責務ぐらい、果たして頂きたいですよね」

「まったくだ。王女直属の隊の奴らは、随分と苦労しているらしいぞ……」


 彼らは、ひそひそと話す。

 別の声が、彼らの文句を遮った。


「二人共、手が止まっていますよ」


 彼の言葉に、二人は元の作業へと戻る。

 ブルザは書類を引き寄せながらも、二人の話が気になって仕方が無かった。

 王女の脱走。信じ難い話だ。王族ともなれば、命の危険も多い。子供と言えども、ルエラ王女は八歳だ。自分が置かれている立場くらい、理解していても良さそうなものだが。

 ブルザは半信半疑だったが、午後になり、噂が事実であると知る事になった。




 街には厳戒態勢が敷かれ、国軍私軍入り混じった軍人達が右往左往する。

 昼を過ぎた頃、ルエラの姿は城から消えた。ブルザらは総動員され、城内や街中を捜し回る。

 何でも、市内では通り魔が逃走中だと言う。例えルエラの正体が悪質な輩にばれないとしても、万が一その通り魔に出会ってしまったら。ブルザは頭を振り、その最悪の予想を脳内から追い出す。


「ブルザ大尉!」


 背後から声を掛けられ、ブルザは振り返る。

 同じく私軍の男が駆け寄って来ていた。


「三丁目の通りにて、目撃情報が入りました! 私軍はそちらへ集中するよう、との事です。本部も三丁目の大通りに移動しました」

「分かった」


 ブルザは頷き、そちらへと駆けて行く。男は伝達係りを頼まれているらしく、そのまますれ違い駆けて行った。

 気がつけば、ブルザが廻っていた辺りは国軍の者ばかりになっていた。三丁目に近付くにつれ、出会うのは私軍が多くなって行く。


 不意に、通りに何かが破裂する音が響いた。続いて聞こえる音は、水だろうか。

 ブルザは踵を返し、物音の聞こえた方へと駆ける。角を曲った先に、二つの人影があった。ブルザは目を見開く。最悪の事態は、現実の物となっていた。


 次の瞬間、ブルザは駆け出していた。


 人影は、細く背の高い男と、小さな少女の物。

 男はナイフを振り上げ、少女へと向かっていた。少女は逃げ出すでもなく、足を開き構えていた。

 彼女が背を向け駆け出したところで、助かりはしないだろう。同じように駆けて来ている軍人の、叫ぶ声がする。

 ブルザは強く地面を蹴る。


 鮮血が跳ねる。


 時が止まったかのようだった。

 ぽたり、と赤い雫が白い路上に落ちる。


 ブルザは膝を突いた。

 抱きかかえた少女は、微動だにしない。ブルザの右肩に刺さったナイフが引き抜かれた。


 逃げてくれ。

 ブルザは強く願う。今直ぐ銃を抜いた所で、間に合わない。ただ少女を抱きなおし、完全に男の刺せる範囲から隠すしか無かった。


 キン、と一瞬耳鳴りがした。


 ブルザの背中に衝撃があったが、それは男の素手で彼の手にナイフは無かった。

 足音がブルザ達の横を通り過ぎて行く。


「確保!」


 背後で押さえつける音と、オゾンの叫ぶ声が聞こえた。

 ブルザはホッと息を吐き、抱え込んでいた少女を解放する。ウェーブの掛かった銀髪の豊かな、翡翠色の瞳の少女――ルエラ・リム王女だ。


「姫様、お怪我は」

「……問題無い」


 別の軍人の尋ねる声に、ルエラは傍らに落ちた布を拾いながら答える。彼女は、一般市民が着るような質素な服装をしていた。恐らく、脱走の為だろう。


「ご無事で何よりです」

 そう言ったのは、今朝ルエラに対する文句を言っていた軍人だった。どうやら、オゾンが魔法でナイフを奪ったらしい。一度目の攻撃からブルザが庇った事もあり、奇跡的にもルエラは全くの無傷だった。

 衛生兵による処置を受けながら、ブルザはその光景を眺めていた。


 通り魔は国軍へと引渡され、軍人達はルエラの無事を喜ぶ。危ない所だった、と言う軍人の言葉に、ルエラが口を開いた。


「お前達が駆けつけなかった所で、私は死んでなどいなかった」


 ブルザは目を見開き、振り返る。ルエラは猶も話す。


「このような事、そう毎度ある訳ではない。これぐらいの危険、見越した上で市井に下っている。心配無い」


 ブルザは立ち上がり、人垣を掻き分ける。人垣の前まで出て、ルエラはブルザに目を留めた。


「怪我は平気か? 礼を言――」


 ルエラの言葉を遮り、身を竦むような音が辺りに響いた。

 ルエラは叩かれた頬に手をやり、目を丸くしてブルザを見上げる。ブルザは険しい表情だった。


「子供が自分の力を過信するな! 危うく殺される所だったんだぞ!?」


 ブルザの腕が捻り上げられる。しまった、と思った時には遅かった。

 周囲の同僚によって、ブルザは取り押さえられる。抵抗をする気など起きなかった。やってしまった。してはいけない事をしてしまった。

 抵抗せずとも、ブルザの体格を見てか必要以上に軍人達が押し寄せる。屈強な男達の隙間から最後に見たルエラは、ただ唖然としていた。




 狭く暗い部屋の中、ブルザは呆然としていた。

 城内にある牢の一つ。四方は石の壁に囲まれ、扉に小さな開かない窓があるのみだ。その窓さえも、外側に鉄格子が嵌められている。


 王女への無礼により、ブルザは軍法会議に掛けられる事となった。

 平手打ちでも、極刑になるのだろうか。身内に罪人が出た家族は、これからどうなるのだろう。亡くなった父が知れば、さぞかし嘆き怒る事だろう。


 取り押さえながらも、同僚達の目には同情が見られた。それでも、ブルザがやってしまった事は許される事ではない。オゾンにも、「庇いきれない」と言われてしまった。

 判決はいつ下るのだろう。一体、どれ程の時間が経ったのだろう。外の様子も分からぬこの部屋では、時間の感覚さえも失われてくる。


 突然、扉が開いた。

 廊下の明かり眩しさに、ブルザは目を細める。看守の声が耳に入った。


「いけません、このような所に――」

「正式な書は見せただろう。引け。命令だ」


 光の中に小さな影があった。

 徐々に明るさに目が慣れ、ブルザは少女をまじまじと見つめる。

 波打つ銀髪、強い意思を秘めた翡翠色の瞳。豪奢なドレスを身に纏い、冠やら耳飾やらで飾られている。

 彼女は腕を組み、堂々とした態度で言った。


「出て来い、サンディ・ブルザ。お前は本日付けで、私の直属の隊に入ってもらう」

「しかし……私は――」

「私は確かに子供だ。だが、私の身を案じて叱ってくれた事を理解出来ない程、餓鬼ではない」


 ブルザは身動き一つ出来ず、彼女を見つめ続ける。

 少女は少し視線を逸らした。


「……今まで、私を叱る者など誰一人いなかった。王女でなく、私自身を心配する者も」


 冷たい床に座り込んでいるブルザに、小さな手が差し伸べられる。


「手の掛かる子供だろうが、よろしく頼むぞ」

「――はい」


 ブルザは微笑み、ルエラの手を取った。

-Fin-

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