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第13話 波紋

「もう決めましたの。直ぐに準備をして参りますわ」


 レーナは廊下を駆け去って行く。

 ディンが慌てて部屋へと駆け戻りながら言った。


「冗談じゃねえ! 無関係のお姫様なんて連れて行けるか! さっさと準備してずらかるぞ!」

「お待たせしましたわ!」

「早ぇ!!」


 三人の誰も、自分の部屋に辿り着いていなかった。レーナは軽装に着替え、大きな風呂敷を担いでいた。


「元々そのつもりで、準備はしてありましたのよ。さあ、あなた達も早く準備なさい」

「ふざけるな! 絶対に連れて行かないからな! お姫様は、お城で大人しくしてろ!」

「さっきから何なんですの、その口の利き方は! 王女に対して、そんな乱暴な口を利いて良いと思っていますの?」

「俺だって王子だ! 対等だろ!」

「でしたら、あなたもお城で大人しくしていますのね」

「あちゃー、これは言い返せないねー」

「アリー、お前、どっちの味方だよ!?」

「僕はいつだって、ルエラの味方だよー」

「ルエラ様、どうなさいますか」


 フレディの言葉で、一同の視線がルエラに集中する。

 ルエラは、レーナに向きなおった。


「……レーナ王女様。どうか、お考え直しください。ヴィルマによる誘拐だけでなく、私の正体まで、巻き込む事になってしまったのは申し訳なく思っています。しかし、あなたを連れて行く訳にはいかない。我々は、魔女を追っているんです。旅には危険が付きまとう。失礼を承知で申し上げるが、あなたは非力だ。悪意を持つ連中は、真っ先にあなたを狙う事でしょう。我々では、守りきる事ができない」

「……」


 レーナは、ふてくされたように目を伏せる。

 分かってもらえただろうか。彼女も、自分の立場は理解しているはずだ。また今回のような事になってはならない。

 きっと分かってくれたはず。

 そう思ったのもつかの間、レーナはどすの利いた低い声で言った。


「……バラしますわよ」


 ルエラ、アリー、ディン、フレディの表情が凍る。

 レーナは、口元に笑みを浮かべて言った。


「私軍に魔女が紛れ込んでいるなんて知れたら、大事ですわよねぇ。しっかり目の届く範囲で監視していないと、私、うっかり口を滑らせてしまうかも知れませんわ」

「てめぇ……! 脅す気か……!」


 ディンはつかつかとレーナに歩み寄り、その胸倉をつかむ。


「ディ、ディン様!」

「おい、やめろディン!」


 ルエラとフレディは慌てて、ディンを引き剥がす。

 ぽつりと、レーナは言った。


「……ただの軍人の少年なら、次にいつ会えるか分からないだけ。でも……あなた、いずれ処刑されてしまうのでしょう?」


 レーナは、ルエラを見上げる。ルエラは無言で、目をそらした。


「これっきりなんて、嫌なんですの……。わがままを言っているのは、分かっていますわ。でも、どうか私も連れて行ってくださいまし。お礼を述べるためにリム国まで行くだけでも構いませんわ。足手まといなら、置いて行ってくださっても構いません。私も、私のせいであなた達の命が危険にさらされるのは嫌ですから」


 アリーが、レーナとルエラの方へと歩み寄った。レーナの正面に立ち、真っ直ぐに彼女を見据える。


「ルエラは魔女だ。今ならまだ、引き返せる。でも、一緒に長く旅をしていたら、『知らなかった』では済まなくなる。ルエラと共に断罪を受けるか、ルエラの望む通り『騙されていた』とうそぶいてルエラを裏切り切り捨てるか……いずれは、それを選ばなきゃいけない時が来る。

 それでも、ルエラと一緒にいたい?」


 レーナとアリーは見つめあう。そして、レーナはうなずいた。

 アリーはフッと微笑む。


「……そっか。じゃあ、僕達は仲間だ。僕も足を引っ張り気味だけど、君よりは強い。組み手ぐらいなら、教えられると思うよ」


 アリーはレーナに手を差し出す。レーナはパアッと顔を輝かせ、その手を握った。


「おい、アリー! 勝手に決めんな!」


 ルエラはふーっと深く溜息を吐く。


「仕方ない、か……」

「ルエラ!?」

「ただし、我々の指示には必ず従ってくれ。逃げろと言われたら、逃げる。隠れろと言われたら、隠れる。自分の力量と立場を自覚し、決して前線に出て来ない事」

「力のない内は心得ますわ。立場については、あそこの三白眼も同じですから、彼を参考にしますわ」

「俺は、敵に捕まった事なんてない!」

「敵に操られた事ならあるけどねー」

「アリー、てめえ!」


 溜息を吐くのは、本日何度目だろうか。

 新しく増えた仲間と三人のやりとりを眺めながら、ルエラは苦笑した。




* * *




 城門には、大勢の人々が押しかけていた。横断幕を掲げ、彼らは一様に叫ぶ。


「王女を殺せ! 王女は魔女だ!」


 門扉が開く。

 駆け出そうとした人々は、たたらを踏んだ。


 門の向こうに立ち並ぶは、赤褐色の軍服に身を包んだ私軍の者達。


 逃げ出す者、斧や槍などの武器を手に抗戦する者、混乱の中で押し倒され踏みつけられる者。城の前は、地獄の様相を呈していた。

 町外れの丘の上、鬱蒼と茂る木々の間から、ヴィルマはその様子を眺めていた。


「何よ、これは……どうして……どう言う事……!?」

「僕が噂を広めたのさ」


 青い光と共に、ヴィルマの背後に現れたのは、銀髪のおかっぱ頭の少年だった。


「殿下……! どうして、あなたが……」

「君は、自分の娘だから僕達がルエラ王女の奪還に協力しているとでも思っていたのかい? まさか。かつては王女や王妃だったとしても、今は、一介の軍人。彼女を手に入れようとしているのは、僕が求めているからさ」

「殿下が、あの子を……? なぜ……」


「――彼女は、僕の運命の恋人だからね」


 ヴィルマは戸惑う。

 当然、彼とルエラの間に面識はない。話に聞いたり遠くから見ている間に、気に入ったと言う事だろうか。


「しかし……そうだとしても、こんな事をせずとも、私共にお任せいただければ、あのままルエラをお連れ出来ましたのに……!」

「そのまま連れて来たって、彼女は人間に幻想を抱いたままじゃないか。当然、僕らには反感を抱いているだろうし、逃げ出そうともするだろう。それじゃ、面倒だからね」


 殿下と呼ばれた銀髪の少年――クルト・ラウは、ニンマリと口を三日月型に歪めた。


「人間と魔女が相入れる事はない。彼女の居場所はそこには無いんだって、身をもって教えてあげなくちゃね」

-Fin-

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