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第7話 異国の街

 広い通りに並ぶのは、木造の建物ばかり。しかし壁や柱にはツヤがあり、黒や茶に塗られていて、安っぽい印象は受けなかった。

 むしろ、道行く人々は細かな刺繍の入った袖や裾の長い衣類を纏い、女は頭に髪飾りを付けた者が多い。

 店はどこも賑わい、活気のある街だった。


 街の中心に構える城も、リムやレポスとは全く異なる様相だった。レンガを積み上げるリムやレポスとは違い、石と木材を主な原料とし、構造も各階ごとに外側に屋根が広がっている。まるで、大きな家屋を何段も重ねたような見た目だ。

 城の周りは石を積み上げ塗り固め得たような高い塀が囲み、更に外側には深い堀があった。堀の上に渡せられているのが、宿の窓から見えていた。


「あれがハブナ城かあ……街並みもだけど、お城も変わってるね」


 窓枠に肘をつき、アリーは振り返る。


「アリーちゃんも、いるかい? コーヒー」

「いるーっ。アーノルドさん、ありがとー!」


 アリーはアーノルドからマグカップを受け取り、座敷に腰掛けたルエラの隣に座る。


「あー、生き返るーっ」


 コーヒーを飲み、アリーは一息つく。汽車に乗ってからは次の駅まで仮眠をとったりも出来たが、それでも疲れが取れるほどのものではなかった。


「アーノルドさん、全然疲れ見せないよね。旅人って言ってたけど、こう言う旅も慣れてるの? 最初に会った時も、魔女相手にあっさり勝ってたし……」

「魔女については、不意打ちだから何とかなっただけだよ。あちらは君達に気を取られて、私には気付いていなかったからね。

 こんなに急ぐ旅はあまりないけど、でもまあ、体力には自信があるかな。昔、坑道で奴隷みたいに働かされていた事があるから」

「そう言えば、子供の頃に騙されて、ララ達みたいに酷い目に遭わされていた事があったって……その話?」


 アリーの質問に、アーノルドはうなずいた。


「うん。身寄りがなくてね、子供の頃は町外れの洞窟で、毎日ゴミを漁って生活していたんだ。そんな生活を変えたくて、お金や人並みの地位が欲しくてね。

 雇ってもらえたはいいが、大変な重労働だった。賃金も酷く少なかったんだけど、お金なんて持った事がなかったから、どの程度が相場なのかなんて分からなくてね。三日間寝ずに働き続けて、やっとパン一つ買える値段。その頃は店で売ってるパンなんて手の届かないご馳走だと思っていたから、そんなものだと思っていた」

「何それ、ひっどーい!」


 アリーが憤慨する。アーノルドは、いつもと変わらぬ笑顔だった。


「よくそんな状態から抜け出せたな。今、その雇い主達は? そんなんだと、何か裏でやらかしてて捕まったとか?」

「死んだよ」

「え……」


 思いがけない返答にルエラ達は言葉を失い、アーノルドを見つめる。


「事件があったんだ。

 ある日、屋敷が魔法使いと魔女の軍勢に襲われた。私の雇い主を始め、屋敷の者達は次々と殺されていった。その時屋敷にいて助かったのはただ一人、屋敷の主人の一人娘のお嬢様だけ……」


 ルエラはハッと息を飲む。


「魔法使いと魔女って、まさか、ラウ……!」

「かもしれないね。他に、そんなにたくさんの魔女を揃えている所なんて、ないだろうから」

「じゃあ、もしかして、アーノルドさんもラウ国を調べてるの?

 あれ? でも、襲われたのは、アーノルドさんを虐げていた人達なんだよね。仇を取るような義理なんて……」

「別に、仇討ちなんてさっぱり考えていないよ。身寄りもない、家も仕事もない身だからね。

 文字通り、流浪の旅だ。まあ、旅を始めた原因にラウも無関係ではないけどね」

「ラウの襲撃が元ですからね」


 フレディが相槌を打つ。



「役所からの返事は、どれくらいで来るだろうか?」


 いくらリム国軍や王家からの書面があろうとも、何の事前連絡もなく異国の城を訪ねて、「はい、どうぞ」と中に入れてもらう事は出来ない。

 用件と身元を明らかにした申請を役所へと提出し、ルエラ達は返事を待つ間の宿をとった。


「私も、王族に会おうとするのなんて初めての事だからねぇ……リムの名を挙げているのだから、拒否される事はないと思うけど……。

 その辺りは、私よりもルエラちゃんの方がよく分かるんじゃないかい。リムに、ハブナの使者を名乗る一行が来たとしたら?」

「確認のしようがないからな……本物なら、そう待たせる訳にいかない。時間が出来次第、可能な限りその日の内、遅くても翌日には面会するだろう。万一騙りだった場合を考慮し、中に招き入れるのは一名か二名程度だろうな」


「その場合は、やはりルエラ様とアーノルドさんでしょうか」

「それが適当だろう」

「あ、私は外してもらえるかな」


 アーノルドは言った。


「年齢なら私が最年長かもしれないけど、ここは何の身分も証明出来ない流れ者の旅人よりも、きちんとした所属のある人の方が良いだろう」

「すると……」

「まあ、急がなくても、その時になって決めればいいさ。二人と決まった訳でもないのだから」


 そう言って、アーノルドは肩をすくめた。



「どうしますか、この後は」


 フレディが問う。


「そうだな……ここでじっとしていても仕方ないし、街を歩いて市民の噂でも探ってみるか。

 それから、プロスト少将――マティアス国王の隊に属する軍人だが、彼の友人がハブナ城で専属の医師をやっている。その者に詳しい話を聞きたい。医師なら、今から連絡を取っても王族より早く会えるだろう」


 立ち上がろうとしたルエラの頰に、柔らかな金色の髪が触れた。アリーが座ったまま、ルエラに寄りかかるようにして眠ってしまっていた。

 ルエラは空になった彼のマグカップをそっと取り、横に置く。


「寝てしまったか……」

「ディン様も眠ってらっしゃいます」


 椅子に座るディンの顔を覗き込み、フレディが言う。


「二人とも、この旅で相当疲れていたみたいだからねぇ……」


 アーノルドの言葉に、ディンを揺り起こそうとしていたフレディは手を止める。代わりに、まだ中身がほとんど残ったままのカップをディンの手から取り、机の上へ移動させた。

 ルエラは、肩に乗る寝顔を見つめて微笑む。


「何も、遠くまで行く訳ではない。二人とも、このまま寝かせてやろう」

「そうですね」


 ルエラはそっとアリーの身体をはずし、そのまま後ろの座敷に横たえる。

 二人に書置きを残し、ルエラ、フレディ、アーノルドの三人は宿を後にした。






 堀の上に渡された橋。その手前に立つ二人の兵に、ルエラは声を掛けた。


「医師のヨネ氏は、ここにいるだろうか? リム国より、からの言伝を預かって来たのだが」


 リム国と言う遠方の国の名前に、兵達は顔を見合わせた。

 しかし、きっぱりと言った。


「ヨネは現在、業務中だ」

「いつ頃空くだろうか?」

「答えられない。レーナ姫がお身体を壊されているため、城を離れる事は出来ない」

「城内勤務の医師は、彼一人と言う訳ではないだろう」

「姫様のお身体よりも重要な用件だと言うのか?」


 兵士は、ギロリとルエラを睨む。

 ルエラは肩をすくめた。これは、引いた方が良さそうだ。


「いや、そんなつもりは無かったんだ。申し訳ない。レーナ王女のご回復を祈る」


 三人は、そそくさとその場を離れる。城に背を向けて歩きながら、ルエラは言った。


「……妙だな」

「そうでしょうか? 事実、ハブナ王女がご病気で、離れられないと言う可能性も……」

「だとしても、確認ぐらいはするだろう。城内の者への来客にはああやって答えるよう、あらかじめ決められているみたいだ」

「そう言えば……僕とディン様がブロー大尉を訪ねた時も、時間は掛かりましたが所在の確認をしてくださりました。少佐殿が出て来てくださったのは、例外でしょうけど……」

「何かを隠しているのは、間違いないようだね」


 アーノルドは、高くそびえる城を振り返った。


 三人は、街中の喫茶店へと入った。

 昼時からも外れたこの時間は、大通り沿いとは言え他の客も少なかった。


「ご注文はお決まりですか?」


 袖のある白いエプロンを着た三つ編みの少女が、メモを片手に席へと来る。


「アイスコーヒーを三つ。――謀反があったと聞いたが、とてもそんな風には見えない、明るい町だな」

「ああ、お客さん、もしかして遠方の方? まあ、謀叛って言っても仕掛けた側も一般市民でその人達なりの大義があってやった事だったから、町に火を放ったりはしなかったのよね。結構強い人もいたみたいで、城に押し入っちゃったから、国としては一大事だったみたいだけど。第二王女のレーナ様が、魔女にさらわれちゃったし……」


「やはり、レーナ姫はさらわれたのか? 城を訪ねたところ、ご病気だと聞いたが……」

「ああ、それ? ウソ、ウソ! 私達、見たもの」

「見た?」


 フレディの言葉に、少女はうなずいた。


「お城の屋根にね、魔女が姫様を抱えて立っていたの。あの青い髪は、姫様よ。間違いないわ。その後、ルナ様は公務で表に出ていらしたから、レーナ様の方でしょうね。緑の髪の魔女と一緒に、消えたわ」


 ルエラは息をのむ。

 緑の髪の魔女。それは。


「魔女は、何か言ったか? 名乗ったりはしなかったか?」

「名前は言わなかったわ。屋根に現れたのも一瞬だったから、見てない人もいるくらい。私は暴動が気になってたまたま、お城の方の様子を伺っていたから見たけれど、それでも、何かを見間違えたんじゃないかって言われると自信なくなっちゃうもの。その後、他にも見たって人がたくさん出てきたから、確信持てたけど」


 少女はうつむいた。


「レーナ様……無事だといいのだけど」



 通りすがりの者、他の店の者、町中で話を聞いて回ったが、だいたいの話は同じだった。

 暴動の最中、魔女が屋根に現れた。彼女はレーナ王女を連れていて、青い光と共にその場から掻き消えた。姿を消す際、窓から追って来る者達に向かって、何か話していたようだと言う話もある。


「外へは知らせないよう脅迫されたのでしょうか」

「そんな事をして、何の意味がある? 外に逃げ出た時点で、大勢の民衆に目撃されているんだ。暴動の最中で、城に注目していた者は少なくない。秘密裏に行動したいなら、城内から移動魔法を使えば良いものを、わざわざ外へ出ているんだ」

「城内には、魔法を使えない結界が張られていたとか……」

「まあ、その可能性も無くはないが……」


 ルエラは、家並みの向こうにそびえる城を仰ぎ見る。聞き込みをする内に、ずいぶん遠くへと歩いて来ていた。陽は西へ傾き、白い城壁を赤く染めている。


「そろそろ宿へ戻るか。いい加減、あいつらも起きているだろうし、早ければそろそろ城からの返事も来る頃だろう」

「そうですね。遅くなると、心配させてしまうでしょうし……」


「悪いけど、そのお友達にはもう二度と会えないわ」


 女の声に、振り返る。

 そこには、黒いマントを身にまとった女が立っていた。黒い髪、黒い瞳。

 フレディが、ハッと息をのむ。


「お前は……!」

「お久しぶり、最年少の少佐さん。一緒に来る決心は、ついたかしら?」


 女は、ニッコリと微笑む。


「フレディ。まさか、こいつは……」

「ええ……僕の村を殲滅した魔女です!」


 フレディは、女に向かって杖を突き出す。放たれた火炎に、女は飛び退いた。


「あら、ご挨拶ね」


 女の手の動きに合わせ、炎の渦がフレディを襲う。通りすがりの民衆は悲鳴を上げ、逃げ惑う。

 ルエラも応戦しようと、氷の槍を作り出す。

 構えた槍に、緑の蔓が絡み付いた。


「駄目よ、ルエラ。あなたは、こっち」


 ヴィルマが、逃げ惑う人々の間から姿を現わした。蔓は伸び、ルエラの全身を這うように巻きついていく。

 ルエラの方へ踏み出そうとしたアーノルドの前には、赤髪の魔女アンジェラが立ちはだかった。


 刃物のように尖った氷の欠片が降り注ぎ、ヴィルマの蔓を切り裂く。

 ヴィルマは顔をしかめた。


「何て乱暴な魔法……自分の肌まで傷付いてしまっているじゃない」

「貴様らにさらわれるのに比べれば、大した事のないかすり傷だ。そう、何度も同じ手は食らわんぞ」


 再び槍を作り出し、再度襲い来た蔓を薙ぎ払う。


 視界の端に、アーノルドとアンジェラが映った。

 向かい合ったまま、何かを話す姿。一歩踏み出せば、相手に簡単に届くであろう距離。


「アーノルドさん、距離を取れ! その魔女は、暗示を使う!」


 アンジェラが動いた。手を伸ばし、アーノルドの額に触れようとする。

 アーノルドは身を引き、同時に強い風がアンジェラを吹き飛ばした。


 ルエラは首を巡らせる。

 フレディが対峙するのは、黒髪の炎使いの魔女。民家を燃やそうとする魔女に、フレディは防戦一方だ。

 そちらへ掲げたルエラの手に蔓が巻き付いた。蔓に引っ張られるようにして、ルエラは地面に叩きつけられる。


「他の人の心配なんてしている場合?」

「くっ……」


 魔法の相性を考えれば、ルエラが黒髪の魔女、フレディがヴィルマを相手した方が良い。しかし、彼女達はそうはさせないだろう。


 キンと短く高い音が響いた。

 そばの屋根の上が、青い光に包まれる。


「何だ?」


 屋根の上に現れたのは、男だった。明るい茶髪を、黒いマントを身にまとい、明るい茶髪を背中まで伸ばした男。

 ヴィルマが、口元に薄い笑みを浮かべる。


「遅かったわね、プロビタス中佐」

「な……っ」


 明るい茶髪。切れ長の目。

 その特徴は、弟とよく似ていた。結ばれていない長髪が、風に揺れる。


「嘘……だろ……?」


 フレディは、ただただ愕然としていた。


「どういう事だよ、兄さん……!」

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