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第6話 行き先

  金色の中に佇むのは、リム国北部で出会ったあの魔女の子供に違いなかった。地下の研究所から救い出したものの処刑を宣告され、暗い牢の中、落雷によって命を落としたはずの少女。

 ララは、トテトテとルエラ達に駆け寄って来る。


「ララ……どうして……」

「皆もいるよ!」


 ララは振り返る。道の向こうから、ぞろぞろと十人前後の子供達が現れる。どの子も、地下の研究所で見た顔ぶれだった。


「ど、どういう事? ここ、天国? 僕、倒れちゃったの?」


 アリーが混乱して頭を抱える。

 驚くルエラ達に、アーノルドが言った。


「子供達を一時的に捕らえていた施設への落雷……表向きは、その事故で全員亡くなった事になっている」

「アーノルドおじさんのお友達の人達が来てね、私達を助けてくれたんだよ」

「お友達?」


 アリーが首をかしげる。


「ルメット准将に協力を仰いだんだよ。さすがに私一人では、難しいからね」


「お兄ちゃん?」


 ララが、きょとんとした表情でルエラを見上げていた。ルエラは何も言葉を発する事が出来ず、ただただララを見つめていた。


 生きていた。


 ルエラ達がした事は、無駄ではなかった。


「お兄ちゃん、悲しいの?」


 思い詰めるようなルエラの顔を覗き込み、ララは首をかしげる。

 ルエラはしゃがみ込むと、その小さな肩を抱き寄せた。


「いや……嬉しいんだよ。無事で良かった……」

「……うん!」


 ララはぽかんとした表情から一転、満面の笑みでうなずいた。




 水田に引くための水路の周りに座り込み、ルエラ達は二日ぶりの食事をとった。

 魔女として処刑される予定だった子供は十一人。ここには、その全員が集まっていた。

 子供達は水路に下ろした足をぷらぷらと揺らしながら、アーノルドが盛り付けたスープをリレー式に隣へと回す。

 子供達の引率には、背の高い黒髪の男が来ていた。


「そちらの方は……」

「トニおじさんだよ!」


 ララが答える。施設からも研究所からも解放されたララは、ボレリスで会った時よりも明るく、のびのびとしていた。


「私の友人だよ。彼も、魔法使いなんだ。――はい、これ、ルエラちゃんの分」

「ああ、ありがとう」

「ララ達は今、この辺りに住んでるの?」


 アリーがララに尋ね、ルエラは二人を振り返る。ララは、ルエラとアリーの間に挟まれるようにして座っていた。


「ううん。アーノルドおじさんの故郷で、お仕事を手伝ってるの」

「へー。仕事って、どんな?」

「よく分からない。今は、魔法の練習ばかりだから。私達、自分の力をちゃんと操れるようにならなきゃいけないって」


 ララは、太陽にかざした自分の手を、じっと見つめる。


「私の魔法は、アーノルドおじさんと同じなんだ。風を操るの。見えないから、細かい操作が難しくって……」


 ルエラはポンと、ララの頭に手を置いた。


「魔法は、身体の一部だ。焦らなくても、次第に身につくさ」

「ルエラやフレディも、魔法の練習とかってしたのか?」

「練習……と言えるかは分かりませんが。士官学校で、実践での使い方は学びました。

 兄の真似をしてみたら出来てしまったのが最初で、操作自体は幼い頃から出来ていましたね。もっとも、出来る範囲しか使おうとしなかったと言う事もありますが」

「ああ、そっか。学校じゃ、魔法使い専用の特別プログラムを組まれるからなあ。そしたら、ルエラもリン・ブローとして通ったのか?」

「さすがに、学校への在籍は間に多数の人間が入るから無理だ。一日だけ見学と言う名目で潜り込んだだけだな。……私は、母から学んだ」

「あ……」


 ディンは言葉を失う。


「魔法を使った身の守り方、魔法が使える事を他の者には話してはならない事、誤魔化し方、自分が使ったと知られずに魔法を使う方法、全ては彼女に教わった。……良い母だと思っていたよ」


 十年前の、あの事件までは。


「アーノルドさんは――」


 アーノルドに話を振ろうとして、ルエラは辺りを見回した。

 水路に向かって並ぶ皆の後ろでスープを装っていたアーノルドは、そのにはいなかった。


「アーノルドおじさんなら、さっきトニおじさんと一緒にあっちの方に行ったよ」


 子供達の一人が、少し離れた所にある木造の小屋の方を指差す。

 ルエラは食べ終えた器を置き、立ち上がった。


「少し様子を見て来る」



 小屋は、誰かが住んでいる訳ではなく、農具と思しき道具が並んでいるのが、格子のみの小窓から見えた。どうやら倉庫のようだ。

 倉庫を回り込んだ先に、アーノルドとトニはいた。


「いったい、あの子達をどうするつもりだ?」


 聞こえて来たのは、トニの声だった。責め立てるような刺々しい口調に、ルエラは思わず足を止める。


「誓約もさせずに置いておくなんて、もし上にバレたら……」

「バレなければいいじゃないか」


 厳しい口調のトニとは対照的に、アーノルドはいつもの、のほほんとした話し方だった。


「あの子達はまだ子供だ。他に選択肢もなくて、止むを得ず僕らの所に来る事になった。誓約は、彼女達が自分の意志でしたいと思った時にさせればいい」

「……誓約を拒否した場合、逃すつもりか?」


 アーノルドは答えない。ただ、意味深に微笑んだだけだった。

 トニは、アーノルドの両肩を掴む。


「お前、本当に何考えてるんだ!? そんな事をして、バレたらただじゃすまないぞ! 選択肢がなかったなんて、大体のやつが同じだ!

 同情で助けたまではいい。リム側にバレれば大事だが、戦争になろうと今と大して変りはしない。でも、上に睨まれたらお前はまた行き場がなくなるんだぞ? 解ってるのか!? 俺は、面倒事は御免だからな!」


「そんな事言って、今だって子供達の面倒見てくれてるじゃないか。まったく、トニは素直じゃないんだから……痛っ!」


 スパンと頭を叩かれ、アーノルドはよろめく。


「乱暴だなあ……そんなんじゃ、モテないよ」

「うるせえ。お前だって独身だろ」

「僕は、いいんだよ。誰かと結婚する気なんてないから」

「お前……まさか、まだ……」

「僕だけ結婚して所帯を持ったら、トニが悲しむだろう?」


 トニはもう一度、今度はアーノルドの背中に蹴りを入れた。


「言ってろ」


 トニはふいとアーノルドに背を向ける。隠れるような間も無く、彼は角の所に佇むルエラと対面した。


「あ……」


 トニは素早い動作で、ルエラの腕を掴んだ。強く腕を引き、ルエラを壁へと押し付ける。そして閉じ込めるように、ルエラの後ろの壁に手をついた。


「どこから聞いていた?」

「乱暴は駄目だよ、トニ。今はそんななりだけど女の子、それも王女様なんだから」

「ハッ。王女が盗み聞きとは、落ちたものだな。さすが、あの女の娘だ」


 ルエラは、トニの腕を振り払う。


「立ち聞きするような形になってしまったのは悪かった。だが、入る間を見つけられなかっただけで、わざとではない。ヴィルマなどと一緒にするな」


「へぇ。母親を探してるってのはアーノルドから聞いていたが、寂しさとかじゃなくて憎まれてるのか。こりゃ、笑える――」

「トニ」


 アーノルドがトニの言葉を遮った。彼は口元に笑みを浮かべていたが、その目は笑っていなかった。


「君はそろそろ、黙った方がいい」


 トニは、気圧されたように押し黙る。アーノルドは、ルエラへと視線を向けた。


「乱暴してすまないね。彼は気性が激しくて。聞いての通り、ちょっとまずい事をやらかしてるからね、ピリピリしているんだ。何か、聞きたい事はあるかい?」

「おい!」

「下手な聞きかじりで誤解されるよりはいいだろう。もっとも、全てを答えられるとは限らないけれど」

「何故だ……」


 ルエラは呟いた。


「何故だ! あの子達とは、ララ達の事だろう? 誓約とは、何の話だ?

 私だって、彼女達を助けたかった。彼女達を逃がしてくれたあなた達には、感謝している。魔女を逃がした事が知れるとまずいのは、承知の上だ。それでも、協力したいんだ。アーノルドさんにだけ荷を負わせるなんて嫌だ……!」


 アーノルドはうんうんと、うなずきながらルエラの言葉を聞いていた。


「そうだね、順番に答えようか。誓約って言うのは、私達の故郷での、戸籍の登録みたいなものだよ。少しお堅い町でね、これを出さないと怒られる。

 ララ達は、これを出していない。逃亡の身だからね。足がつくような事は、なるべく避けたいんだ。

 協力を申し出てくれるのはありがたい。でも、いくら君でも、いや、君だからこそ、話す訳にはいかない。君自身は、ララ達を裏切る事などないだろう。でも、意志だけでは秘密を守り通せない事もある。

 情報を知っていると第三者に知られれば、拷問にかけられるかもしれない。暗示をかけられて、無理矢理口を割らせられるかもしれない。特に君は目立つ立場だから、与える情報は最小限に止めたい。

 分かるね? これは、君のためでも、あの子達のためでもあるんだ」


 ルエラはうつむきながら、うなずいた。

 巻き込みたくないから、危険が増えるから、知っている者を増やしたくない。いざという時には、騙されたと言って切り捨てるように言い含めておく。

 それは、ルエラもやっている事だ。


「ララ達の逃亡先は……あまり、良くない所なのだろうか。選択肢がなかった、選ばない場合には逃す、と……」

「誓約の事もだけど、色々縛りの厳しい町だからね。でも、そこは心配いらないよ。私達が守るから」

「おい。今、さり気なく俺を入れたな?」

「守ってくれるだろう?」

「ったく……」


 トニはため息を吐く。


「アーノルドさん達の故郷と言うのは、どこにあるのだろうか。リムやレポスではないよな。ハブナか? もしかして、この辺りなのか?」


 ルエラは辺りを見回す。

 水田の続く道。遠くの方に見える木造の家屋と、更に遠くに霞む山々。そののどかな風景は、とても厳しい町だとは思えなかった。


「その質問はさすがに詳しく答えられないかな。でも、ここではないね。もっと北の方だ。ここへは、君達に会わせるために連れてきただけだよ」

「すると、あの子達も私達のような旅を?」

「いや。さすがに子供達にそんな無理はさせられないよ。落雷から、君達の出発までタイムラグがあるだろう。その分、あの子達の出発は早かった。それに、もう隣の町からは、汽車が出ている」


「そうか……それを聞いて、少し安心したよ。私にもできる事があったら、遠慮なく言ってくれ。私も、あの子達を助けたい」

「うん。その時は、頼むつもりだよ」


 アーノルドは、にっこりと微笑んだ。




* * *




 煉瓦造りの家が立ち並び、壁や柱には繊細な彫刻が施された美の街。

 夕闇に沈む街の中、中央にそびえる城は赤みがかった明かりに照らし出され、幻想的に浮かび上がる。


 リム国首都ビューダネス。

 その路地裏にある宿の一つ。駅から城までを繋ぐ大通りからも近いそこは、大勢の客で賑わっていた。


 宿の一階に構えられたレストランのカウンター席に、二人の男の姿があった。暗い赤色の軍服に身を包んだ姿。

 私軍の隊服を着た男達は、酒を飲み大声で喚いていた。


「まったく、やってられねーぜ! 俺達が守っていたお姫様が、魔女だったなんてよ!」

「おい、声が大きいぞ! もし、陛下や姫様を擁護する者達の耳に入ったら……」

「そんなお偉いさんがこんな庶民の店にいるかよ。さっさとトンズラしちまえばいい話だ。もう王族に忠誠を誓う気なんざ微塵もないからな。お前は、これからどうするんだ? 魔女を守り続ける気か?」

「そのつもりはないけれど……」


 大声で話す二人の会話は、当然他の客達の耳にも入った。チラチラと二人の軍人の方を気にする者、聞き耳を立てる者。

 カウンター内で二人の前に立つ店の主人が、尋ねた。


「あんた達、私軍の人だよな? いったい、どういう事だい。王女様が魔女って……まさか、ルエラ王女が魔女だって言うのかい」

「ああ、そうだ。ヴィルマが魔女だって判明した時に娘のルエラ王女もじゃないのかって疑いがあったが、事実だったって事よ。あの王女は魔女だ。城を開けて地方巡回してるのだって、何やってんだか分かったもんじゃねぇ」


 男は酒を煽り、大声で話す。

 店内は、ざわめいていた。


「王女が魔女? とんでもねぇ。あの母親にしてこの娘あり、ってか」

「鵜呑みにするのもなあ。デマだったらえらい事だぞ……」

「でも、あの人達、私軍でしょ? 私達よりずっと、王女様の事を知っているんじゃ……」

「姫様が魔法を使ったのか?」

「城で何があったんだろう」

「さあ。そこの二人に、もっと詳しく話を……」


 軍人達に話を聞こうとした男の言葉は、途切れた。


 カウンターに二人の男達の姿はなく、飲みかけのグラスとお代だけがテーブルの上に残されていた。




 宿の外、出口の前に、二人の軍人は立っていた。一人の姿が掻き消え、もう一人は小さな少年へと姿を変える。

 おかっぱの銀髪が特徴的な少年は、満足そうな笑みを浮かべていた。


「ほんと、人間ってちょろいなあ。根拠のない噂も、簡単に信じちゃう」


 少年は、夜の街を歩いて行く。

 その姿が揺らぎ、露出の高いドレスを身にまとった若い女へと変わった。通りかかった男性に、声を掛ける。


「ねぇ、そこのお兄さん。暇なら少しお話しない? 許されざる力を持った、裏切り者のお姫様のお話」


 男性の腕に腕を絡ませ、女は妖悦な笑みを浮かべた。

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