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第4話 魔女の宿命

「オゾンはまだか! 早くオゾンを呼べ!」


 執務室に、ルエラの声が轟く。


「姫様、どうか落ち着いてください。オゾン中将は今、北部にいるのですから……」


 ブルザは、なだめるように言う。


 ボレリスで実験材料にされていた子供達。ルエラ達は研究所の暗部を暴き、後をオゾンに任せた。

 子供達の保護を頼んだつもりだった。

 どう言う事なのか問いただそうとするルエラを、ブルザはルエラ達に執務室で待つように言い、レーンを伝令に向かわせた。


「あやつは移動魔法を使えるんだ、すぐ戻れるだろう!」


 ルエラは席を立つ。


「姫様、どちらへ」

「電話だ。私が直接呼ぶ」

「なりません! 今のあなたは、何を言いだすか分からない。他の者が周りにいる電話口には向かわせられません」

「ほう。それで、我々をここへ閉じ込めたつもりか」

「姫様――」


「ジェフ・オゾン、ただいま戻りました」


 扉の外に、低い声が響いた。

 ブルザが駆け寄り、扉を開ける。そこに立つのは、黒い口髭を蓄えた、ブルザにも劣らぬ大男。


「……説明をしてもらおうか」

「申し訳ございません。急に天候が崩れ、移動中の仮施設だったものですから、近くに避雷針となる物もなく……」

「そんな話はしていない。なぜ、子供達が牢に入れられていたんだ? 火刑に処す予定だったとは、どう言う事だ? 私が頼んだのは保護であって、処刑ではない」

「魔女なのにですか」


 オゾンの顔に表情は無い。

 冷たい瞳で、ルエラを見下ろしていた。


「あの子供達は、魔女だと言う資料が揃っていました。研究所が暴走してやっていた事とは言え、国の機関による信頼性の高い資料です。

 まさか、魔女を助けろと、そうおっしゃるおつもりではありませんよね?」


  ルエラは言葉を詰まらせる。


「魔女って言っても、まだ子供だ! あの子達は被害者であって、何も悪い事なんかしちゃいない!」

「おい、よせ、アリー」


 ディンとフレディが慌ててアリーの口をふさぐ。

 オゾンはアリー達を一瞥し、それからルエラに視線を戻した。


「魔女は火刑――それが、世界の理です」


 ルエラは無言でうつむいたまま、ただ、両の手を握りしめる。


「あの者達が魔女だと判っている以上、表立って逃す訳にはいきませんでした。そんな事をすれば、暴動が起こるでしょう。

 ……十年前の、ヴィルマ元王妃の時のように」


 十年前。ルエラの母ヴィルマは、魔法を使い、人々を殺戮していた。国王マティアスはこれに気付かず、魔女の噂から妻を守ろうとした。

 魔女による殺戮。暴動と粛清。

 リム国は、地獄の様相を呈した。


「あなたが魔女をかばってはいけません、ルエラ・リム王女様」


 ルエラは、フイと背を向けると、奥の扉から駆け出ていった。


「姫様!」


 ブルザが後を追い、部屋を飛び出して行く。




「……こっそり逃すとかさ……出来なかったの……? ルエラはあなたを信じて、ララ達を託したのに……」

「おい、アリー」

「……姫様のご友人だったか。あの場に、ブロー大尉といた者達だな」


 ディンがうなずく。


「ルエラ王女とは、彼のつてで知り合った。俺達も、とある魔女の行方を追っているから」

「そうか……。お前達も姫様を大切に思うなら、あまり滅多な事は言わせんでくれ。お前達には友達の一人かも知れんが、彼女はこの国の王女だ。彼女の言動は国中の者達が見ているし、少しでも落ち度があれば、失脚させようと狙う輩もいる」

「それって……カッセルさん……?」


 しっとオゾンは指を立て、開け放された扉の外を確認する。

 扉を閉め、オゾンは言った。


「国王陛下は、姫様とノエル様のどちらを跡取りとするつもりなのか、明確にしていない。それ故、互いの臣下や身内は、我が主こそ世継ぎとなるべきだと思っている。

 城内の派閥争いは、お前達が想像している以上のものだ。中立なのは、陛下と王妃様、それからお二方の教育係であるジノラの爺さんぐらいだ」

「……それで、連絡を隊の方に任せて僕達をここで待たせたんですね」


 フレディの言葉に、オゾンは神妙な顔でうなずく。


「そんな事になるなら、どっちに継がせるつもりなのかハッキリ言っちゃえばいいのに……」

「それをすれば、選ばれなかった方は立場が弱くなるだろうな。下手したら、主君であるルエラまたはノエル王子自身まで肩身の狭い思いをする事になるかもしれない」

「あ……」

「そこの少年の言う通り。現状が、最適なんだ。幸い、姫様とノエル様、それからクレア現王妃様も互いに良好な関係を築いているから、家臣同士がいがみ合っても激化しにくい」


 オゾンは、閉じられた扉を見やる。


「私は、姫様がご誕生なさった時から、姫様の隊に所属している。いかなる事があろうとも、必ず守るとお約束した。

 例え、姫様ご自身の意にそぐわぬ事になろうとも、あの方をお守りするのが私の使命なのだ」






 寝室へと駆け込んだルエラは、ベッドの横に崩れ落ちるように座り込み、両の拳を布団に叩きつけた。

 胸に押し寄せるは、後悔と自責の念。


「姫様……」


 ブルザが、そっと声を掛ける。


「……助けられたと、思っていたんだ」


 うつむいたまま、ルエラは絞り出すような声で言った。


「これで、子供達は助かったと。魔女は火刑――それが、世界の理だ。そんな事、解っているはずだったのに……! 能天気に助けたなどと思っていた自分に、嫌気がさす……!」

「姫様は、十分に尽力なされました……少なくとも、魔女でない子供達は、姫様のおかげで助かったのです」


 ルエラはベッドに顔を伏したまま、答えない。

 ブルザはその横に屈み込み、震える背中をそっと優しく撫でていた。

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