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第3話 失踪した王女

「ルエラ、大丈夫?」


 ルエラはマティアスの待つ広間へ、客人三人は客用の部屋へと向かいながら、アリーがルエラの顔を心配げにのぞき込んだ。

 カッセルに嫌みを言われた大勢の護衛はブルザが指示し、いつもの人数まで減らしていた。主が貶められたのが効いたのか、兵達はすごすごとブルザの指示に従い他の業務へと散って行った。

 ルエラは軽く首をかしげる。


「何がだ?」

「さっきの、カッセルさんの事……」

「ああ、驚かせてすまない。いつもの事なんだ。

 それに、彼が言っていた事は事実だ。私には、あの女の血が流れている。だからこそ、責任を果たさねばならない」

「……あの子爵は、自分の孫が王位を継ぐ事を望んでいる……そのためにも、リム国王と血族であるルエラが目障り……ってところか?」


 ディンが冷めた口調で言う。ルエラはうなずいた。


「それはもちろん、そうだろう。自分の孫が王子になったんだ。国王になれば、更なる大出世だ。ノエルにとっては実の祖父だからな。子爵の発言権も強くなるだろう」

「無理、しないでね? 僕達は、何があってもルエラの味方だから」


 なおも心配そうなアリーに、ルエラは微笑んで見せる。


「ありがとう」

「城内の派閥争い。よくある話だ。俺達はこんなの、子供の頃から慣れっこだよ」

「ブラウン家も、同じなんですね」


 釘を刺すように、フレディが口を挟む。ディンは、ブラウンの名で城内に入ったのだ。ここで王子だと知られたら、大混乱を招きかねない。


「あ、ああ、そうそう。ブラウンも、それなりの名家だからな!」


 ディンは、思い出したように慌ててうなずいた。

 アリーはルエラの正面に回り込むと、ぎゅっとルエラの両手を握った。


「僕らは、何があってもルエラの味方だからね!」


 ルエラは目を瞬く。そして、微笑んだ。


「ありがとう。でも、何があってもなんて言い方は、やめておけ。私は、もし私が道を踏み外したりしたら、一思いに殺すと言ってくれた方が安心できる」

「じゃあ、ずっと安心できないね」


 アリーはルエラの手を離し、くるりと背を向ける。


「アリー」

「安心して、そんな事になられちゃ困るもん」


 明るい声で言い、それからアリーは真剣な表情で振り返った。


「自分だけが犠牲になろうとなんてするなよ。そんな重荷、僕は背負いたくない」

「アリーに同感だな」


 ディンがポンとルエラの頭に軽く手をやり、アリーとブィックスの後を追う。


「もしどこかで手放す気でいるなら、あなたの正体を知った時点で協力なんてしていませんよ」


 フレディも、ディンの後に続く。

 部屋へと案内される三人の背中を見つめながら、ブルザがしみじみと言った。


「良いご友人を得られましたね」

「……うん」


 ルエラは少し照れくさそうに、うなずいた。






「ハブナで謀叛があった……!?」


 白い大理石に囲まれた、がらんとした大広間。

 玉座へとまっすぐに赤い絨毯が敷かれた謁見の間に、ルエラの声が響いた。


「ああ。今はもう沈静化したようだが……。ハブナは北方大陸でも一番の大国だが、その分、国の目が行き届かない場所も出て来る。首都に程近い街で、悪政を敷き、私腹を肥やしていた官吏がいたらしい。そやつは、王家の意思だと示していたそうでな。市民の怒りの矛先は、ハブナ国王へと向かった」

「……どこの国にも、いるのですね。王家の威を借り、悪行を働く輩と言うものは」


 ルエラの苦々しげな言葉に、国王マティアス・リムはうなずく。


「北部ボレリスでの子供達を使った人体実験も、お前たちが暴かなければ、ハブナと同じ道を辿ることになったかもしれん」

「私を呼び戻したのは、その謀叛があったためと言う事なのですね。でも、我々が城へ着く前に沈静化した……」

「ああ。だが、沈静化もしたが、更にまた、状況が変わった。

 ……どうも、謀叛があった後から、ハブナの王女が行方不明になっているらしい」


 ルエラは息をのむ。


「ハブナ国王は体調不良で療養中だと言い張っているようだが、城内の医者も含めて、彼女の姿を見た者はいない」


 マティアスは深刻な表情で、鼻の下でくるんとカールされた銀色の髭を指でなぞる。


「他国へは告げぬよう、脅されているのやも知れん。あるいは、国の中枢が既に……。

 ルエラ。お前の元にいるブロー大尉とやらに、ハブナ国の様子を見に行かせる事は出来ないか?

 本当に何もないならば、それで良い。曖昧なこの状況では、あまり大きく兵を動かす事は出来んのでな……。それに、謀叛の鎮圧の中、ヴィルマらしき緑の髪の魔女を見たと言う目撃談もある」


 ルエラは、ゆっくりと首を縦に振った。


「かしこまりました。ブローを、ハブナ国へ向かわせましょう」






「ハブナ王女の行方不明、ヴィルマらしき魔女の目撃談……か」


 ルエラは自室にアリー、ディン、フレディの三人を呼び集め、マティアスからの話を伝えた。

 一通り話を聞くなり、ディンは渋面を作って言った。


「なんか、嫌な感じだな。おびき出されてるみたいだ」

「罠の可能性は、私も考えなかった訳ではない。しかし、だからと言って放置も出来まい」

「それは……そうかも知れませんが……。国王様からの指令ならば、他の方に任せると言う手も……」


 フレディの言葉に、ルエラは首を振る。


「他国の内情に首を突っ込もうとしているんだ。あまり派手な事は出来ない。ヴィルマが関連しているかも知れないならば、彼女の捜索を主としているリン・ブローを向かわせるのが一番自然だ」

「それだ。そこが一番、気に食わないんだよ。

 取って付けたような、ヴィルマの話。まさか、リム国王もルメット准将みたいに、俺らを囮にしようと考えてるんじゃないだろな……」

「それはあるまい。お父様は、私とリン・ブローが同一人物である事を知らない。ヴィルマらにブローを狙う理由がある事を知らないんだ」

「ま、それに、知ってたらルエラをそんな危ない所に向かわせようとなんてしないよね」


 アリーが、戸棚に置かれた調度品の数々を物珍しそうに眺めながら言った。



「あ、これ、家族写真?」


 棚に置かれた写真立てを指し示し、アリーはルエラを振り返る。

 ルエラはうなずいた。


「私が旅を始める前だから、もう七、八年も前になるかな。ノエルやクレアさんが来てから、なかなか機会がなかったから……」

「って事は、王子様は六、七歳くらいか。二、三年も経てば、だいぶ変わるなあ」

「アリー、ノエルに会った事があるのか?」

「うん。首都にいた頃に、一度だけ。

 お父さんとお母さんを殺されて、親戚の人達にも厄介者扱いされて、ひとりぼっちだった僕を救ってくれた。王子様は、僕の憧れなんだ」

「そうか。アリーは十年前まで、こっちにいたんだったな」


 ノエルとクレアは、元々街中で暮らしていた。会った事があっても、不思議はない。



「そう言えばルエラ、王妃様の事、名前で呼んでるんだね。お母さんとは、呼ばないの?」


 ルエラは目を瞬く。

 ディンが、呆れたように口を挟んだ。


「お前、ルエラの家庭事情知ってて、よくそんな事言えるな……」

「だって別に、ルエラもヴィルマに義理立てする気なんてないでしょ。そう言う気を使う方が失礼だよ。

 子爵はアレだったけど、王妃様は優しくていい人みたいだったからさ。ちょっと不思議に思っただけ。それともやっぱり、慣れないものなの?」

「別に、他意がある訳ではない」


 ルエラは目を伏せる。


「……ただ、クレアさん、私の名前を呼ぼうとしないから」

「……え」



 コンコン、と部屋の戸を叩く音がした。

 扉が開き、ひょこっと顔をのぞかせたのは、ルエラの義理の弟、ノエルだった。


「おかえりなさい、姉さん――あ、ご客人がいらっしゃったんですね。失礼いたしました。ご存知かも知れませんが、僕、ルエラ王女の弟のノエルと言います」


 ノエルは、ぺこりと礼儀正しく頭を下げた。

 フレディが合わせて頭を下げる。ソファに踏ん反り返っていたディンも立ち上がる。アリーは、壁際で緊張したように気を付けの姿勢で固まっていた。


「ルエラ王女から話は聞いています。私は、ディン・ブラウン。レポス国の者です。

 こちらの長髪は、同じくレポスのフレディ・プロビタス少佐。あちらの赤いドレスの者は、アリー・ラランドです。

 我々も、レポス国北部の犯人である魔女を追っていまして、ルエラ王女様とは協力関係を結ばせていただいております」


 白い歯を輝かせ、にっこりとディンは微笑う。普段のディンを知っているルエラらにとっては胡散臭い事この上ない笑顔だが、初対面の人が見れば、どこか良家の礼儀正しい少年だと思うだろう。

 ノエルは目をパチクリさせていた。


「……人違いだったら、ごめんなさい。レポス王子様ではないのですか?」


 ルエラ達はディンの返答を見守る。

 ディンは、特に隠し立てしようとはしなかった。


「ああ、ご存知でしたか。これは、失礼。王子として隣国を訪ねるとなると、何かと大事になってしまうものですから。あまり広めないでいただけると助かります」


 本名は明かしても、猫被りスタイルは崩さずにディンは言った。


「分かりました。よけいな事を聞いてしまってごめんなさい。

 でも、同盟国の同じくらいの歳の王子様と言う事で気になっていたんです。こうして会う事が出来て嬉しいです。僕、一般市民からいきなり王子になって、慣れない事も多くて。後で、色々とお話を聞いてもいいですか?」

「ええ、構いませんよ。俺なんかでも良ければ」

「良かった。王子になってからもう八年も経つけれど、どうにも戸惑う事も多くて」

「えっ?」


 声を上げたのは、アリーだった。


「ノエル様が王子になられたのって、十年前じゃ……」


 アリーの言葉を、部屋の外から聞こえてきた喧騒が遮った。何やらまくし立てる声。

 ルエラは、部屋の扉を開ける。扉の前に立っていたブルザが振り返る。廊下には、事務作業をしていたはずのレーン曹長の姿もあった。


「申し訳ございません、姫様。どうぞ、お気になさらず――」

「構わん。何があった?」

「それが……たった今、ボレリスの軍部から連絡がありまして……」

「おい、曹長!」


「魔女の子供達を捕らえていた施設が、落雷で全焼した、と……!」


 ルエラは目を見開き、言葉を失う。


「死傷者多数。落雷があったのがちょうど牢のあった位置だそうで、見回りの者が一名死亡、二名が重軽傷。

 火刑に処す予定だった魔女達は、この落雷で全員死亡したとの事です」


 淡々と話すレーンの言葉を、ルエラは呆然と聞いていた。

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