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第2話 不穏な足音

「おかえりなさいませ、姫様」


 装飾豊かな建物が並ぶ街の中央に構える、白い煉瓦造りの城。その北側、王族達の住居となる棟。

 ルエラはブルザを従えて、応接間へと姿を現した。その身にまとうのは、青いドレス。

 戸口に立つブィックス少佐が胸に手を当て、深く礼をする。


「こちら、姫様へのお客様です」


 広い部屋の中央に置かれたソファに座っていたディンが、立ち上がる。フレディは最初から、ソファの後ろに緊張した面持ちで立ち尽くしていた。


「待たせたな」


 ディンもフレディも、一言も発さずにただただ呆然とルエラを見つめていた。

 ルエラは首を傾げる。


「どうした? ……ああ、そうか。この服装で会った事はなかったな。ディンは初めてではないが、もう十年も前だ。慣れないのも、無理はない。私としては、いつもの軽装の方が動きやすくて良いのだがな」

「またそのような事を」


 ブィックスが口を挟んだ。


「主の麗しいお姿を、より際立たせたい。そう思うのが、我々家臣なのですよ。美しい一輪の花をお守りする事が、我々私軍の者どもの誇りなのです」

「相変わらず上手いな、お前は」

「俺、ルエラの男への免疫と女への態度の主な原因がわかった気がする……」


 ディンがぼそりとつぶやいた言葉は、ルエラの耳には届かなかった。




「アリーの姿が見えないな。どうした? 私の客だから全員通せと伝えたはずだが……」


 ルエラはブィックスを振り返る。

 アーノルドは首都へ寄るついでに会う約束をしている人がいるとの事で、彼のとった宿だけ確認して街で一度別れた。しかし、この場にいないのは、アーノルドだけではなかった。

 王子のディンやレポス国の軍人であるフレディに引き換え、アリーは何も証明するような身分のないみなしごだ。その上、性別を詐称している。面倒な調査が入らぬよう、ルエラは王女としての立場で、直々に通せと伝えていた。


「彼女なら、お召し物を変えているだけですよ。そろそろ――」

「ルエラーっ!」


 アリーが、応接間へと飛び込んできた。二つに結んでいた髪は解き放たれ、後ろで一部だけ結んだハーフアップにしている。その身にまとうのは、赤と白のフリルがふんだんに使われたドレス。

 履きなれない靴に躓いたアリーを、ルエラは咄嗟に支える。


「大丈夫か?」

「うん、ありがとうーっ。見て見てー、ルエラと同じ。どう? 似合う?」

「ああ。アリーは可愛いから、何でも似合うな」

「えへへー」


 ルエラと腕を重ねた体制のままくすぐったそうに笑うアリーの首根っこを、ディンがむんずとつかんだ。


「何するんだよ、ドレスが伸びちゃうじゃないか!」

「どさくさに紛れてベタベタするからだろ!」

「ベタベタとか、やっらしー。下心満載のディンと一緒にしないでくださーい」

「なっ!? お、俺は下心なんか……!」


「ディン・ブラウン様……と、仰いましたね」


 ブルザがディンの真後ろへと迫っていた。

 軍の中でも特別背も高く重量感のある、ブルザ。顔つきもいかつい彼が間近に迫れば、それだけでただならぬ威圧感があった。


「姫様とのご関係を伺ってもよろしいでしょうか? 差し出がましい事とは存じますが、我々も、姫様をお守りするのが任務でありますゆえ」


 ディンは思わず尻込みする。どうやら、ディンは王子を名乗らずブラウンの姓で通しているらしい。

 ルエラは、ついとブルザの袖を引いた。


「こら。ディンも含め、彼らは皆、ブロー大尉の旅に同行している者達だ。そう言っただろう。私も親しいが、それは大尉と同じく、魔女を追う仲間としてだ。それ以上の感情は微塵も持ち合わせていない。

 お前の顔は、怖いんだ。私の客人を怯えさせるな」

「顔が怖い……」


 ショックを受けたようにブルザは部屋の隅に縮こまる。




 ルエラは、ぐるりと室内を見回した。

 生活感のない調度品。

 ブルザやブィックスを初め、部屋の隅や戸口に立つ軍人たち。


「ここでは堅苦しいな。私の部屋へ行こう。後宮なら、護衛の数も減るから」


 ルエラ達は応接間を出る。

 そそくさとルエラの隣を確保し、するりと腕を絡めるアリーを、ディンが引き剥がす。アリーは両の拳を握り、不満を示す。


 アリーとディンの静かな闘争を気にも留めず、ルエラはぞろぞろと後に続く護衛の者たちを振り返った。


「それにしても、今日はやけに多くないか? 来客でこの人数は、失礼だろう」

「いやあ……本当なら私とブィックス、あとはレーン曹長の三人だけのつもりだったのですが、志願する者が多くて……姫様がご友人を招かれる事など、これまで一度もありませんでしたから」

「そのレーンの姿は見えないようだが?」


 少し背伸びをして廊下を埋める軍人たちを見渡しながら、ルエラは問う。


「曹長なら、事務室ですよ。彼は、書類の整理があるとの事でしたから」


 ブィックスがさわやかな笑顔で答える。ブルザが耳打ちした。


「さすがに、事務室を無人にする訳にはいきませんから……」

「ああ……」


 皆が見世物気分で我も我もと名乗り出る中、レーンは自ら留守番を引き受けたわけだ。彼らしいと言えば、彼らしい。


「しかし……彼女、姫様とも仲がよろしかったのですね」


 ブィックスが、アリーを見ながら言った。


「ブロー大尉とは旅先で会う事も多い。その時に、彼女も同行していたから――」

「いえ……姫様と彼女のやりとりが、まるでブロー大尉と彼女を見ているようだなと……」


 ルエラは目を見張る。

 ブルザは、他の者達に聞かれていないかと背後に目を走らせる。


 思えば、ブィックスは一度、ルエラがリン・ブローとして旅をしている時にアリーと会っているのだ。

 迂闊だった。ルエラとアリー達は、もう少し遠巻きな関係を演じるべきだったかもしれない。


 驚いたように固まるルエラに、ブィックスは慌てて言った。


「あっ、いえ……私は別に、姫様と大尉が似ているなんて失礼な事を申し上げている訳では……! ただ、彼女は大尉へ非常に懐いていましたから、姫様も同様に親しくなられたのだなと……ブロー大尉に比べ短い間でしょうに、さすがは姫様です! コミュニケーション能力にも長けていらっしゃる……!」

「ハハ……」


 ルエラは曖昧に笑う。

 こうして彼は、自ら真相への到達を回避して行ってくれる。


「当のブロー大尉はどちらに?」

「彼なら、他に用があるとの事で城にはいない。普段外へ出ているからな、色々用事も山積みなんだろう」


「これはこれは、道をふさぐほどの大所帯で誰かと思えば、お姫様ではありませんか。さすが、陛下の血を引くご子息は、護衛も規模が違いますな」


 ネチネチとした太い声に振り返る。

 ぴっちりとしたズボンに、前裾が短い黒いぱつんぱつんのジャケット、襟元の膨らんだ貴族特有の衣装に身を包んだ恰幅の良い男が、正面に立っていた。

 ブルザが慌てて、護衛の者達に合図を送る。ルエラが彼に謝った。


「申し訳ない。今、端に――」

「いえいえ、そんな。王女様に道を開けていただくなんて、とんでもない。私なんぞ、しょせん後妻の父。よそ者はよそ者らしく、別の道を取らせていただきますよ」


「誰? この人」


 アリーが、ひそひそとブィックスに問う。

 ブィックスは、アリー、ディン、フレディの三人に説明した。


「アーサー・カッセル子爵――陛下の後妻、クレア王妃のお父上だよ」


 カッセルは、アリー、ディン、フレディへと目を向けた。


「そちらが、例の。いやはや、罪を犯した己の母を捜索しつつ、お友達を招く余裕があるとは、さすがは十でご勉学を済ませ城を留守にされているだけありますな。して、ヴィルマの捜索に進展はありましたかな?」


 カッセル子爵は、目を細めて微笑む。

 何も進展がないと思っているだろう事は、明白だった。


「……滞りない」

「ほう。今現在の彼女の居場所は? 逮捕する手立ては?」

「吟味している」

「現時点のお考えをお聞かせ願っても?」

「伝達の準備が整い次第、知らせるつもりだ」


「おっと。これは、出過ぎた事を伺いましたな。私のようなよそ者には、まだ仔細は話せぬと」

「そうは言っていない。まだ、国王陛下にさえ伝えていない話だらけなんだ。状況がまとまれば、すぐに――」

「いえいえ、『お話しできるようになってから』で良いですよ。ヴィルマはあなたの実の母親。あなたには、あの魔女の血が流れているのです。火刑に処すのが心苦しいと思う気持ちも分からなくない」


 前へと踏み出すアリーを、ディンが止める。


「そんな事は思っていない。私は、娘だからこそ、責任を果たそうと――」

「あーっ。やっぱり、お父さんってば、また困らせるような事を言って!」


 緑色のマーメイドラインのドレスに身を包んだクレアが、廊下を駆けて来た。

 ルエラ達の前まで来ると、キッと己の父を睨む。


「もうっ。いつもいつも、彼女に絡むのはやめてって言っているじゃない!」

「そう、声を荒げるな、クレアよ。王妃ともあろう者が、みっともないぞ」

「娘の伴侶の連れ子に会う度に、ネチネチと嫌みを言っていじめる誰かさんの方が、ずっとみっともないわ」

「いじめる? まさか。王女様にそんな大それた事、できるわけがないじゃないか。

 さて、私はそろそろ行くとするよ。何しろ、この道は通れないとなると、少々急がねば予定が狂ってしまうからね」


 カッセルは嘲るように言って、去って行った。

 クレアは、ペコペコとルエラに頭を下げる。


「ごめんなさい……っ。いつもいつも、私の父がご迷惑をおかけして……!」

「気にしていない。頭を上げてくれ。彼は事実を言い、気になっても無理のない事を尋ねていただけだ。クレアさんが気に病む事じゃない」


 クレアは、申し訳なさそうに顔を上げる。そして、ハッと我に返った。


「そうだわ。あなた方を呼びに来たんです。もしかしたら後宮にいらっしゃるかもしれなかったし、ちょうど私が戻るところでしたから。

 マティアスさんがお呼びですよ」

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