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灰色の王女-火刑となりし男装王女の魔女狩り譚-  作者: 上井椎
第1章 漆黒と純白の輪舞曲
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第8話 容疑者

 ユマが学校から帰って来たのは、ルエラが早めの夕飯をとっている時だった。

 アリーは店に出ていないためか、今夜はちらほらと客の姿もあった。ユマはまっすぐにルエラの方へとやって来て、正面の席に座った。


「今朝の人、亡くなったって本当?」


 宿の客が亡くなった噂は、すぐに広まった。それはどうやら、学校内も例に漏れないらしい。

 ルエラは魚のパイを飲み込み、うなずく。


「そんな……! やっぱり、私、宿に残っていれば……」

「君がここに残ったところで、できる事などなかった。彼女の死は、老いと病気による不幸な偶然だ」

「……それでも、アリーのそばにいる事はできたわ!」


 ルエラはフォークを置き、目を伏せる。


「……そうだな。確かにアリーの事を思えば、君がそばにいた方が良かったのかもしれない」

「何かあったの?」


 心配げな表情になるユマに、ルエラは苦笑した。


「おじさんと少し、な。今回の件で、彼らもアリーへの風当たりが強くなってしまって……アリーも、泣いていたから」


 ユマは目を見開き、固まっていた。思いがけない反応に、ルエラはきょとんと首を傾げる。


「ユマ……?」

「……泣いたの? アリーが?」

「ああ……」


「あの子、泣かないのよ。絶対に。

 どんなに辛い事があっても、いつも笑って。絶対に、涙を見せようとしないの」


「そうなのか……すると、今回の事は相当……」

「……たぶん、リンだからじゃないかな」


 ユマはぽつりと呟いた。


「あの子、今まで甘えられる人がいなかったのよ。迷惑かけないようにしなきゃ、強くならなきゃ、守らなきゃ。そればっかりで。そこら辺の男性よりも力が強いから、なおさら。

 でも、リンは自分と同じ……もしかしたらそれ以上に強い。強さだけじゃなくて、しっかりしているし、アリーにとって頼りになる存在なんだと思う……。

 そう考えると、むしろ、私がいなくて良かったのかもしれない。私が一緒にいたら、また強がって笑おうとしただろうから。ありがとう、リン」


 そう話すユマは、少し寂しそうだった。


「ユマ……」

「ああもう、暗くなっちゃったわね! それで、今日はリン、どうしてたの? ずっとお婆さんにつきっきりだった訳じゃないでしょ?」

「ああ。アリーと一緒に、これまでの現場を見て回っていた。私もユマに同意だ。アリーは魔女ではない。無実は証明するよ」

「本当!?」


 身を乗り出したユマの顔には、アリーが魔女だと疑われてから初めての笑顔があった。ルエラは微笑む。


「やっぱり、そうやって笑っていた方がいい。せっかく可愛いのだから」


 ユマの顔が、たちまち耳まで紅くなる。そして、わたわたと席に着きながら顔をそむけた。


「な、何言ってんのよ」

「お客さーん、店内でのナンパはご遠慮くださーい」


 おどけるような口調で言いながら現れたのは、アリーだった。


「学校お疲れ様。声が聞こえたから、もしかしてと思ったんだよねーっ」

「アリー!! どこへ行った!」


 店の奥から、亭主の怒号が聞こえる。アリーはぎくりと肩を揺らした。


「やば、戻らなきゃ。店には出るなって言われてるんだよね。じゃあね、ユマ。後でまた部屋に行くよ」

「うん」


 ユマに軽く手を振ると、アリーはそそくさと店の奥へと戻って行った。


「なあ、ユマ」


 アリーが見えなくなった後も店の奥へと通じる廊下を見つめ続けるユマの背に、ルエラは声をかける。


「アリーに恨みを抱く者に、心当たりはないか?」


 ユマは振り返る。少し考え、口を開いた。


「特別この人って人は分からないけど……でも、少なくはないんじゃないかと思う」

「どう言う事だ?」

「アリーって、あの容姿でしょ? 魔女の噂が立つ前は、町の男性たちから人気があって……この店も、アリー目当てのお客さんが多かったくらい。それをよく思わない人も、いたんじゃないかと思うの。

 それに、女性だけじゃなくて男性も。アリーってば調子が良くて、冗談で自分からアプローチかけてみたりもするから……。本気にしちゃって、弄ばれたって逆ギレするような人も、たまにいるから……」

「なるほどな……ありがとう。その線で調べてみるよ」


 そう言って、ルエラは席を立つ。

 その手に青いコートがあるのを見て、ユマは首を傾げた。


「これからどこかへ行くの?」

「ああ。隣町の賢者に会って来ようと思ってな」




 ルエラは再び外へ出た。

 冷たい風に身を震わせ、コートの前を閉めていると、背後の扉がカランと鳴りもう一人、店から出て来た。


「私も、ご一緒しても良いでしょうか?」


 ティアナンだった。

 ルエラはうなずく。


「少し寄って行きたい所がある。構わないか?」

「ええ」




 ルエラがティアナンを連れて寄ったのは、宿の近くの公園だった。

 粉々になったガラスの破片は回収され、折れた街灯の根本と地面に倒れた上部分だけが、立入禁止を示すロープに囲まれて所々に残っている。街灯の切り口は荒く、どれもまるで巨人にへし折られでもしたかのような状態だった。


「これは、ひどい……」


 初めて公園の惨状を目にしたティアナンは、絶句する。


「……ここだ」


 ルエラは、木立の間に立ち呟いた。

 ティアナンはきょとんとした様子でルエラへと歩み寄る。


「ブロー大尉? いったい……」

「魔女は、ここから物体的魔法で全ての街灯を押し倒した」

「ブロー大尉、あなたは……」

「アリーは魔女ではない。少なくとも、一連の事件の犯人は別にいる。――アリーの知り合いと言う事は、中佐がこの町へ来たのも、アリーの事が目的だろう?」


 公園を出ながら、ルエラは問う。

 ティアナンは、真剣な顔でうなずいた。


「私の務める魔女捜査部隊に、この町の話が入って来まして……。西部で、軍の管轄にある学校の倒壊があったと……現場にいた女の子に、魔女の嫌疑がかかっていると……アリーが魔女だと言う事はあり得ません、絶対に」

「ずいぶんな自信だな」

「あの子の事は、よく知っていますから」


 ふと視線を感じ、ルエラは木立を振り返った。


 しかし、そこには闇が広がるばかり。


「大尉?」


 ティアナンはきょとんとした様子で立ち止まる。


「いや……何でもない」


 ルエラは軽く首を振ると、再び歩き出す。

 横目で背後を一瞥したが、身動きする影は見られなかった。

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