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第14話 朝焼けの町

 東の空が白々と明け始め、町が暁色に染まって行く。色が濃くなるほどに、道にたゆたう朝靄は徐々に薄れ消え行く。


「ご協力感謝します、オゾン中将」


 北部の軍用車両も到着し、ボレリス町外からやって来た軍人達が行き交う中、ルエラはオゾンに敬礼した。


「気にするな。私は、姫様からの命令に従ったまでだ。姫様直々に連絡をいただいて、動かぬ訳にはいくまい。当の姫様ご自身は、どちらに?」

「また他の町に御用があるとの事で、ここは私やオゾン中将に任せると……」

「そうか。久しぶりに姫様ご自身に会えると思ったのにな。姫様をお守りするために第三部隊へ入ったと言うのに、ここ最近、当の姫様とは全く顔を合わせていない。果ては北部の山奥まで派遣されて、まさか避けられているのではなかろうな」

「そんな事……オゾン中将の実力はよく存じ上げておりますし、北部への一時派遣だって中将の魔法陣利用の能力を認めているからこそ……! 第三部隊には魔法使いが多いから分散しようと言う話もあるそうですが、決して誰も手放さぬと心に決めて……」

「冗談だ。大尉がそう熱くなる事もなかろう」


 オゾンはルエラの頭をぐりぐりと撫で、カカカッと大口を開けて笑った。当然、彼は今自分が乱雑に撫でている相手が当のお姫様本人だとは知らない。


「姫様が私の実力を買ってくれている事は、十分に分かっている。だからこそ、今回もこの私に協力を求めて来たのだろうしな。もちろん、ちょうど私がコーズンの件で柱石の魔法陣に携わっているのと、私であれば移動魔法で直ぐに駆け付けられるためもあるのだろうが。

 しかし、電話口でいきなり『空洞の上に作られた建築物を支える魔法陣を築く場合、どこに魔法使いを配置する必要があるのか』と聞かれた時は、何の話かと思ったがな。まさか、こんな事になっていようとは」

「オゾン中将のおかげで、子供達を無事保護する事ができました。姫様も、礼を伝えておいて欲しい、と」

「うむ」

「オゾン中将!」


 北部総司令部の軍人に呼ばれ、オゾンはうなずく。


「今、行く。では、ブロー大尉。後は、我々に任せるがいい」

「よろしくお願いします。姫様から伺っていると思いますが、彼女達の事も……」

「……ああ」


 やや間を置いた後、オゾンはうなずいた。

 魔女をかばえなど、出してはいけない命令だったかもしれない。しかし、彼女達はまだ子供だ。何の悪意もない。力のコントロールさえできれば、人と共に暮らす事も可能なはず。


 オゾンが連なる車両の向こうへと去り、ルエラは軍の者達が行き交う間を抜ける。

 騒ぎの輪から外れ、軍の邪魔にならないような道の端に、三人の少年が固まっていた。十歳の女の子に扮していたアリーは解毒薬を飲み、元の姿に戻りいつもの赤いコートを羽織っていた。ディンの方は、まだ白衣を着たままだ。


「リン! こっち、こっち!」


 アリーに手招きされるがままに、ルエラは彼らの方へと歩み寄る。

 フレディが、行き交う軍人達を眺めながら言った。


「逃がした子供達は、先ほど北部の軍へと引き渡して来ました」

「そうか。ありがとう、フレディ。ディンも、アリーも、協力してくれて本当に助かった。ありがとう」

「やめてよ、ルエラ。協力も何も、当たり前の事をしただけじゃない。僕だって、ここの研究所がやってる事、気に食わなかったしさ。むしろ、お礼を言いたいのはこっちの方だよ。ちゃんと民の事を考えてくれて、身寄りのない子供達を救ってくれて、ありがとう、ルエラ王女様」

「ま、本当に救わなきゃならないのは、これからだけどな。子供達の生活の確保、文句をつけてくるだろう他の研究所や軍の対応……リムの役人は忙しくなるぜ。またこんな事にならないよう、ちゃんと目を光らせておかないとな」

「ディンって、冷たい事言う割に何だかんだで最終的にはルエラに甘いよね。他国の王子が手出ししちゃまずいんじゃなかったー?」

「いいんだよ。今回のは、ディン・ブラウンって名前のどこかの旅人が、魔法使いの連れと一緒に、旅先で知り合ったリン・ブローって少年に手を貸したってだけなんだから。レポスはなーんも感知しちゃいない」

「わー、都合のいい言い訳」


 アリーは呆れたように言って、それからフレディを仰ぎ見る。


「ララも、もう軍人さんの所?」

「いや。彼女は、アーノルドさんと一緒に逃げていたから。さっき、そっちの方で何か話しているみたいだったけど……」


 フレディが林の方を指し示したその時、ちょうど一人の青年と淡い金髪の少女が林の中から姿を現した。


「ララ!」


 アリーは駆け寄り、ララを強く抱きしめる。


「良かった……!」

「アリーお姉ちゃん、助けてくれてありがとう。私の代わりになって、痛い事されなかった?」

「大丈夫! お姉ちゃん、こう見えて強いんだから! それに、リン達も一緒だったしね」


 そう言って、アリーはルエラ達の方を振り返る。

 ルエラはアーノルドに問うた。


「何を話していたんだ?」

「君達を待っている間、少し、昔話をね。その話の途中で事が片付いて、出て来るのが遅くなってしまって」

「昔話?」

「私も親がいないんだ。子供の頃、彼女と同じように人間達に騙されて酷い目に合わされていた事があってね」


 アーノルドは左腕につけた古い腕時計を見る。

 その針は全く検討違いな時間を指していた。壊れて止まってしまっているようだ。


「さて、ララちゃん。行こうか」


 こくんとララはうなずき、アーノルドの手を取る。軍の者達が行き交う中へと消えていく二人の後姿を、ルエラはじっと見つめていた。


 ……大丈夫だ。竜巻の発生や研究所の大火事は、彼女達が実験に使われていたからこそ起こり得た。強いストレス状況下にいなければ、魔力の暴走もないはず。

 オゾンなら、信頼できる。きっと何とか誤魔化してくれる事だろう。


 アーノルドが軍用車両の間から姿を現し、こちらへと戻って来る。その隣にはもう、ララの姿はない。

 アリーが、ぐいっとルエラの腕を引っ張った。


「さっ、行こう。お城に用があるって呼ばれてるんだから」

「ああ。そうだな」


 ルエラは微笑む。


「だからお前、そうやってルエラにべたべたくっつくのやめろよ!」

「うらやましいなら、ディンもやればいいじゃない」

「な……っ。お前、いい加減にしろよ!」


 殴りかかったディンを、アリーはひょいと避ける。


「きゃーっ。こわぁい」

「女みたいな声出すな!」

「地声ですーっ」


 ディンとアリーは、朝焼けの中を駆けていく。

 フレディは、浮かない顔で二人を眺めていた。


「大丈夫だ。オゾンは、私が産まれる前から城に仕えていた隊員だ。信頼していい」

「はい……そうですね」


 ルエラは、研究所の方を見やる。

 慌ただしく行き交う軍の者達。

 連行されて行く研究所の者達。

 保護された子供達。


 白い研究所は朝日に照らされ、まるで炎のように朱く染まっていた。

-Fin-

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