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第5話 魔法研究所

 炭と化した宿を、五人は呆然と見つめていた。


「……何にも、なくなっちゃった」


 ありーがぽつりと言う。

 文字通りの全焼。かろうじて、黒くなった柱が一本残っているのみ。床のあった場所には、燃え尽きた木材が散らばっている。二階に至っては、跡形も残っていなかった。


「もしかして、宿泊客の方々ですか」


 軍服を着た女性が、現場の後処理をしている軍人達の中からやって来た。手には、リストらしき紙を持っている。


「ああ。二〇三号室と一〇九号室を取っていた者達だ。全員いる」


 女性隊員は、手元のリストにチェックを入れていた。


「怪我などの被害状況は?」

「皆出払っていたから、無傷だ。部屋に置いていた荷物は、燃えてしまったようだが……。

 宿屋の主人は、どこだろうか? 宿代を支払っておきたいのだが」

「彼なら病院です。命に別状はありませんが、火傷を負ってしまって」


 女性隊員は、事務的に淡々と述べた。彼女に病院の場所を尋ね、ルエラらは燃え跡に背を向ける。


 ルエラ達が歩き出しても、一人、フレディだけはその場に佇んだままだった。


 いち早くそれに気付いたルエラは、駆け戻りフレディの肩に手を乗せる。フレディは、ハッと我に返った。


「……大丈夫か?」

「は、はい! すみません、少しぼうっとしてしまって……」


 フレディの故郷は、魔女によって殲滅された。

 村中が、火に巻かれたのだ。


「無理はするなよ」


 彼の肩をぽんぽんと軽く叩くと、ルエラはアリーやディン達の方へと駆け寄って行った。






 病院へ寄り、渋る主人に宿代を支払ってから、ルエラ達一行は軍部へと赴いた。

 管轄の研究所で火事があったにしては、軍部は然程バタついた様子ではなかった。ルエラが王女の指示である事を示す証明書を見せると、研究所へ続くと言う地下道へあっさりと案内された。


「結構しっかりとした道だな。頻繁に使っているのか?」

「ええ。この町は竜巻が多いので、遭遇の危険を少しでも減らすために、徒歩で行ける範囲はこの地下通路を使うようにしています」


 地下道は、あちらこちらに横道や扉があった。どうやら、町中の研究所がこの通路で繋がっているらしい。

 ルエラ達が案内されたのは、南に通路二つ分ほど進んだ先の扉だった。扉を開けた先は白い壁の連なる廊下になっていて、そこで軍部の者は研究所の者に案内を代わった。


「お待ちしておりました。お聞きしたところによると、私軍の方だとか……」


 黒い短髪の若い研究員は、アーノルドに話しかけていた。ルエラは軽く手を挙げる。


「ああ、私の事だな。私軍大尉、リン・ブローだ。彼らは任務を手伝ってもらっている者達だ。今日は、よろしく頼む」

「えっ……あ、ああ、これは大変失礼いたしました」


 研究員は慌ててルエラに頭を下げる。ルエラは軽く肩をすくめた。


「構わん。本当なら軍服を着てくれば良かったのだろうが、昨晩の火事で燃えてしまって……」

「第二研究所の? もしかして、あの裏の宿に泊まっていらしたんですか? ご無事で良かったです。

 申し訳ありません、我々の不手際で……。賠償はきっちりと行わせていただきます。後で用紙をお渡ししますから、どうぞ申請なさってください」


 ルエラは軽く手を振った。


「いや、私は必要ない。どうせ、軍支給の衣類しか置いていなかったんだ。元を辿れば国庫金。出所は同じだからな」


 ルエラは、四人の仲間達を振り返る。


「お前たちは、遠慮なく申請してくれ。特にディン、痛手にならないからって放置するなよ」

「はいはい、面倒くさいな……」

「良かったー。僕も置いて行ってたのは着替えぐらいだけど、また買い揃えるとなるときついなって思ってたんだよねーっ」


 言って、アリーは安堵の息を吐いた。


 何の飾り気もない無機質な廊下。しばらく行って、研究員は一つの部屋にルエラ達を通した。

 部屋は、右手の壁がぽっかりと空いていた。まるで、ガラスのない窓のよう。穴の先は吹き抜けになっていて、下方には床に魔法陣の描かれた部屋が見えた。


「まだ地下があるんだ」


 階下を覗き込みながら、アリーが驚いたように言う。

 そもそも、地下室のある建物と言うのは珍しい。地下に空洞があれば、それだけ陥没のリスクが高まる。この町は、相当建築技術が発達しているようだ。


「魔法による強化を施しているんですよ。研究の協力者に魔法使いがいましてね、この建物も支えてもらっています。この部屋は、魔法使いの力をより強く引き出すための訓練に使われています。

 ブロー大尉は、魔法使いが有する能力の得意分野に差異が生じている事はご存知ですか?」

「ああ。水や炎、電流……操るものの違いの事だろうか」


 ルエラはちらりとフレディとアーノルドを見る。

 ルエラは水、フレディは炎を操る事を得意としている。アーノルドの魔法はまだ一度しか見ていないが、その時の様子からすると風の使い手だろうか。竜巻にいち早く気が付いたのも、そのためなのかもしれない。

 研究員はうなずいた。


「ええ。我々はそれを、自然魔法と呼んでいます。それらは魔法使い自身との繋がりが非常に強く、感情や健康状態によって暴走する事もあります。

 その他にも、暴走による発現はなく意図的にしか使われない攻撃魔法や守護魔法、予知や暗示と言った使えるものが極めて少ない魔法……どのような魔法が存在し、どのような場合に活用できるのか、我々のような魔力を持たない人間は、どのようにしてそれに貢献できるのか、それをここで研究しているんです」


 研究員は引き返し、部屋を出る。ルエラ達もその後に続いた。再び白い壁の間を歩きながら、ルエラは横を歩く研究員を見上げる。


「複数の魔法使いのデータが、この研究所にはそろっているんだな」

「それは、軍の直轄施設ですから。軍にはたくさんの魔法使いがいるでしょう? それらのデータが、ここに集まって来るんです」

「ほう。すると、首都のデータも? 北部だけでは、大した人数はいないだろう」

「ええ、まあ。全ての方の名前までは覚えていませんが、資料で見かけた能力なら分かりますよ」

「そうは言っても、プロスト少将ぐらいは分かるだろう。私軍の、それも国王陛下の護衛隊に属する魔法使いだから、地方の軍でもそれなりに有名だ。私軍唯一の、水の能力者だしな」

「え? 唯一って……」


 言いかけたアリーの口を、ディンが素早くふさぐ。研究員は気にも留めず、相槌を打った。


「ああ、その方でしたら、首都から来たデータで拝見した事があります。

 水を司る魔法使いって、珍しいんですよ。魔法使いの親が必ずしも魔法使いと言う訳ではないので正確な規則性は判明していませんが、各々が得意とする自然魔法は遺伝すると言われているんです。水の魔法使いは、サントリナ国に多かったんです。彼も、その血を引いているのかもしれませんね」


「サントリナの王女は、魔女だったと言われているからな。国全体で、魔法使いが多かったのだろうか」

「人口の割には、多かったようですね。あまり、そちらの分野には詳しくありませんが……」




 そして研究員は、また一つの部屋に入った。

 今度は壁一面が薬品の入った棚に囲まれていて、中では四、五人の研究員がそれぞれの机で実験を行っている。彼らの手元にある液体は、淡い光を帯びていた。


「ここは、魔薬の研究を行っている部屋です。魔薬の製造自体は魔法使いにしかできませんが、作られた魔薬に何かを混ぜたり、魔薬同士を混ぜたりする事は、我々人間にも可能です。そうしてできた成分を解析しつつ、新しい効能を持つ魔薬を作っているんですよ」

「へぇ、きれいーっ」


 棚に並ぶ半透明色の薬瓶を見て、アリーが感嘆の声を上げる。フレディも、興味深げに棚を眺めていた。


「僕、魔薬を見るのは初めてです。村では手に入る資料が限られていますし、軍に所属してからもなかなか機会がなくて」

「何なら、少し使ってみますか? こちらの棚はまだ手を加えていない、魔法使いによる完成品ですから、飲んでも人体に悪影響はありませんよ」

「大事な研究材料ではないのか?」

「大丈夫ですよ。一口分くらい、大した量ではありませんから。頻繁に見学者がいる訳ではありませんし」


 彼は棚から小瓶と匙を取り出すと、薄らと緑がかった液体を匙に垂らした。

 差し出されたそれを、ルエラは口に含む。微かな苦みのある味。


 そして次の瞬間、異変が起こった。


 身体の節々が引っ張られるような奇妙な感覚。みるみると大きくなって行く衣服。

 首の後ろにちくちくとした感覚を覚え、ルエラは戦慄する。


 それは、魔薬で短くしている髪が伸びる時の感覚だった。

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