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灰色の王女-火刑となりし男装王女の魔女狩り譚-  作者: 上井椎
第1章 漆黒と純白の輪舞曲
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第7話 現場捜査

 道行く人々は、アリーの姿を見るとさっと端へと避けた。

 うつむき目をそらし、アリーが通り過ぎると身を寄せ合ってひそひそと囁き合う。


「あの子だろう、アリー・ラランド……」

「恐ろしいわねぇ。まさか、魔女だったなんて……」

「公園の街灯が粉々になったんだって?」

「軍も動き出したらしい……」

「学校の大門を崩壊させて、怪我人多数だって……」

「ついに死人も出たそうじゃないか」


 アリーが振り返ると、ギクリとした様子でふいと目をそらし、さーっと波が引くように散って行く。町のどこへ行っても、この調子だった。


「……すまない。宿にいるよりは気が紛れるかと思って誘ったのだが……」

「えっ、ううん! 大丈夫!」


 申し訳なさそうに言うルエラに、アリーは慌てて首を振る。


「僕も、あの家にいるのは辛かったからさ。リンが誘い出してくれて、助かったよ」


 そう言って、にっこりと笑った。

 ルエラはこれまでの事件現場を見て回りたいとの事だった。アリーには案内役を頼む形で声を掛けたが、あんな事があった後だ。アリーを宿から連れ出すための口実だろうと言う事は想像に難くなかった。




 最初に向かったのは、学校だった。ユマの通う学校、ユヌ・コンサーズ学院。

 崩壊した正門の周りは立入禁止のテープが張られている。生徒達は、裏門から出入りしているらしい。まだ帰宅には時間が早く、生徒たちは校舎の中で授業中だ。

 門の柱は、人の背丈より一メートルほど高い位置で途絶えていた。工事用の足場が組まれ、男達が行き来している。

 ルエラは、立入禁止区域へ入ろうとする男を呼び止めた。男は上着を腰にくくりつけ、首に白いタオルを巻いていた。


「軍の者だ。工事の者だな? 昨日の校門倒壊について、原因は分かるか?」

「さあな。それを調べるのは、あんたら軍人の役目だろう」


 男は手に抱えていたヘルメットをかぶりながら、億劫そうに答えた。


「そのために聞き込みをしている。門は、どんな状態だ?」

「見ての通り、ズタボロだよ。両脇の柱が真ん中辺りでバッコーンと折れてやがった。

 ハンマーでも使って叩いたなら角の部分の跡が残りそうなもんだが、それさえ無い。まるで空気が大きなハンマーにでもなったかのように、バッキリと折れてやがる。

 俺の実家は石切りなんだが、専用の道具を使って切った訳でもないみたいだしな。本当に力任せに折ったって感じだ。

 まあ、これ魔女がやったんだろ? 魔法が相手じゃ、原因なんて調べても無駄足だろうよ」


 そう言って、男は門の方へと去って行った。

 ルエラはぽつりと呟く。


「朽ちていたか、物体的魔法か……考えられるのはこの二択だが……」

「物体的魔法?」


 アリーはきょとんとする。ルエラは少し微笑んだ。


「ああ。魔法にも色々な種類のものがあってな。水を操る力、植物を操る力、電流を操る力、瞬時に遠くへ移動する力――

 物体的魔法は名称の通り、物体に力を加える魔法だ。

 対になるものとして液体魔法というものもあって、こちらはいわゆる魔薬の調合を指す。魔法使いや魔女は、物体的魔法か液体魔法のどちらかを使えるが……ほとんどの者は、物体的魔法だな」


 ルエラは、アリーを振り返る。


「ちなみに、この門がいつ頃からあるものなのかは、知っているか?」

「うーん……詳しい年数は分からないけど、結構古いらしいよ。百年以上も前に造られた歴史的建造物だって、前にユマが言ってた。だから、老朽化って可能性もゼロではないのかな……?」

「ふむ……」


 ルエラは口元に手をやり、考え込む。




 次に二人は、近くにある凹みの所まで行った。学校の塀に沿った道、そこに残された大きな凹み。あの時も、こうしてルエラとアリーの二人でこの道を歩いていた。

 ルエラはきょろきょろと周囲の建物を見上げる。大通りを外れて道は狭く、一方は学校の塀、もう一方も建物の壁が迫り高くそびえていた。


 ルエラは、凹みの傍らにしゃがみ込む。

 大きく丸を描いた凹み。それは、少し横に伸びた楕円形をしていた。凹み自体も、学校側の淵の方がやや急で、反り返っている。

 そして、ルエラは学校の向かい側に建つ屋敷を振り返る。建物の陰になるこの通り沿いに窓は少ない。ルエラの見上げる先には、ただなだらかな白い屋根があるだけだった。






 遠い北の山脈から流れ出た大河はリム国を縦断し、海へと続いている。大河は国内で幾筋にも枝分かれし、その一つがペブルと隣町の間を通っていた。

 火事の現場となったのは、その川のペブル川の土手の上だった。


「話には聞いていたが、火種となりそうなものはどこにもないな……」


 人通りの少ない道を見回しながら、ルエラは呟いた。


「でしょ? 僕も、びっくりしたよ。こんな所でいきなり火が現れるんだもん」

「青い光と耳鳴りがあったと話していたな。もしかして、隣町の火事と同じ頃か?」

「そうそう! ちょうどこの道を通った時に、川の向こうに黒い煙が見えてさ。火事かなって、ユマと一緒に見てたんだ。そしたら、こっちでも燃え出して……」

「その時、隣町の火事は?」

「さあ? こっちの火が凄く近かったし、大きかったし、それどころじゃなくなっちゃって……こっちが消えた頃には、もう消えてたと思うよ。少なくとも、煙は見えなくなってたなあ」

「やはりそうか」


 ルエラは口の端を上げて笑う。

 アリーは目をパチクリさせた。


「……もしかして、もう何か分かったの?」

「ああ。この火事については、最初に君の話を聞いた時から、だいたいの予想はついていた。問題は、なぜこの火事の後に事件が続いたのか――」


「ひっ」


 短い悲鳴に、アリーはルエラから視線をはずす。

 少し先に、こちらを見て立ち尽くす男の姿があった。


「あ、ケレルさ……」

「うわあああああ!!」


 皆まで言わぬ内に、男は尻尾を巻いて逃げ出した。

 まるで、今にもアリーが襲い掛かろうとしているかのように。


「……知り合いだったのか?」


 ルエラは遠慮がちに問う。アリーは苦笑した。


「うん。お店の常連さん。僕の事すごく気に入ってくれてるみたいで婚約まで迫って来てたんだけどね」

「そうだったのか……」

「あ! 勘違いしないでね!? 僕にはそんな気全っ然なかったし、そもそも趣味じゃないから!」


 しんみりとするルエラに、アリーは慌てて否定する。

 あまりに必死な様子のアリーに、ルエラはクスクスと笑った。


「そこまで言ってやるな。彼も、真剣だったのだろう?」

「魔女って噂だけで文字通り逃げ出すような腰抜けに、真剣も何もあるもんか。――それに」


 アリーは、するっとルエラの腕に自分の両腕をからめる。


「僕としてはどっちかって言うと、リンみたいな人の方が好みーっ」

「そうか、ありがとう」


 ルエラは微笑む。

 そして、何事もなかったように歩き出した。


 アリーはその後姿を見つめながら、目を瞬く。

 アリーが少しアプローチを掛ければ、たいていの男は落ちるまではいかずとも照れるものなのだが。


 ……もしかして、慣れてる?


 男らしさとはまた別だが、リン・ブローの容姿は中性的美少年だ。同じようにして言い寄る女性も数知れないのかもしれない。

 そもそも、アリーには今、魔女の疑惑が浮上している。そんな相手に言い寄られたところで、照れるも何もあったものではないのかもしれない。


「どうした、アリー?」

「あ、ううん。何でもー」


 アリーは答え、ルエラへと駆け寄る。


 まさかルエラが女だとは、全く思ってもいなかった。






 宿へと戻ったアリーは、店の奥へ引きこもろうとしておじさんに呼び止められた。


「上に客が来てる」

「客って……僕への? 上? 宿泊って事?」

「手前の部屋。軍の方だ」


 おじさんはぶっきらぼうに言うと、厨房へと顔をひっこめた。アリーとは必要以上に言葉を交わしたくない。そんな態度だ。

 二階へ上がると、ルエラが部屋へと入るところだった。


「あれ? どうしたんだ、アリー」

「うん。なんか、僕にお客さんだって……」


 軍人と言うと、パトリシアだろうか。あるいは、一連の事件に関する事情聴取かもしれない。しかし、わざわざ宿泊客として部屋をとると言うのが妙な話だが……。

 アリーが首を捻っていると、右手の扉が開いた。


「やっぱりアリーだったんですね。声がしたので、もしかしてと思ったんですよ。お久しぶりです。覚えていますか?」


 部屋から出て来たのは、軍服を着た男だった。ルエラのような王家直属の私軍ではなく、パトリシアと同じ国軍のもの。

 群青色の髪に、フレームの細い眼鏡。その生真面目そうな顔には、見覚えがあった。


「……もしかして、ティアナン少佐?」

「ええ。大きくなりましたね」


 ルエラはきょとんとした様子で部屋の前に立ったままだった。

 アリーは、ティアナンを手で示す。


「ティアナン少佐。ここに越して来る前、よくうちに来てたんだ。お父さんやお母さんのお友達だったみたい」

「階級章を見る限り、少佐ではなく中佐のようだが」

「え? そうなの?」


 アリーは、ティアナンを仰ぎ見る。


「はい。あれから昇進しまして、今は中佐です」

「そうなんだー、おめでとう! で、こっちはリン・ブロー大尉。私軍の人らしいよ。色々助けてくれて、今、ここに泊まってるんだ」


「初めまして。どうぞよろしくお願いします」

「こちらこそ。ティアナン中佐と言うと、もしかして首都の? 君の噂は、私軍まで届いている。若くして、ここ十年ほどで急激に上り詰めているエリートがいるとな」

「いえいえ、その若さで私軍だと言う大尉に比べれば私なんて……」

「何だか、立場が逆みたいだね」


 少し笑いながら、アリーは言った。


「中佐は普段から誰に対しても敬語だし、リンも僕たちと話す時と変わらない口調だから」


 アリーは軍や階級に詳しくないが、少なくとも大尉と中佐では、左官である中佐の方が上の地位である事ぐらいは分かる。パトリシア少尉の上官も、確か大佐と呼ばれていた。

 しかし目の前で話す二人の態度は、まるでリン・ブローの方が上官であるかのようだ。


「実際、逆なんですよ」


 そう答えたのは、ティアナンだった。


「ブロー大尉は私軍、私は国軍の下位に当たる市軍の所属です。私軍はその名の通り、王族私有の軍隊で、国軍に含まれないんです。執政や大臣の指示を受けず、従うべき相手は、私軍内の上官と自らの君主のみ。中佐や大尉と言ってもそれは各々の属する軍の中での話に過ぎないんです。

 とは言っても、中には例え私軍であろうとも階級に従うべきだ、と考える人もいますが」

「すまない。普段の癖で……不愉快だったろうか?」

「いえ。私は特に気にしません」


 階段を昇って来る足音に、会話が途絶える。

 二階へとやって来たのは、おじさんだった。彼はアリーを忌々しげにひと睨みすると、ルエラへと向き直った。


「たった今、ブロー大尉に電話が。エルズワース少尉からの伝言です。賢者ルノワールが、今夜なら都合がつくと……」

「分かった、ありがとう。――そうだ、一つ尋ねたい事があるんだ」


 踵を返し階段を降りようとするおじさんに、ルエラは言った。


「先日、公園の街灯が割れた時の、この宿の者たちの所在だが……」

「それなら皆、店にいましたよ。激しい音がして、アリーが一番に飛び出して行って――私も、妻に店を任せて――」

「そうか、ありがとう」


 階下へと降りて行くおじさんの後に続こうとしたアリーを、鋭い声が止めた。


「――アリー」


 アリーは、振り返らずに立ち止まる。

 振り返らずとも、ルエラがじっとこちらを見据えているのが分かった。


「君は、いったい誰をかばっている?」


 リンなら、味方になってくれると思った。


 リンなら、頼れる気がした。


 でも、駄目だ。

 彼女を守りたいならば、誰も信用しちゃいけない。彼女は魔女ではないと、はっきりと信じてくれない限りは。


「……かばう? 何の事?」


 アリーは振り返る。

 そして、にっこりと笑った。本心を覆い隠し、相手を突き放す笑み。


「僕は、僕の思った通りに行動しているだけだよ」


 ふいと背を向け、階下へと降りて行く。


 魔女。

 少しでもその疑いが生じれば、たちまち人々は憎悪の感情を向けて来る。そんな状況に、ユマを置く訳にはいかない。


「……ユマは、僕が守るんだ」


 階段を降り、誰もいない廊下でアリーはそっと呟いた。

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