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第2話 港の町

 船は白波を立て、沖を進んで行く。その欄干には、四人の少年少女がいた。

 四人の中でも一番背の低い、唯一の少女に見える子が前方を指差した。


「あった! あの港だよね、リム国北部ボレリス。隣町から、首都への汽車が出てるんだっけ。

 でも、何だろうね。王子様が直接伝えたい事って」


 そう言って大きな瞳で隣に立つ仲間を見上げた者は、ふわふわとウェーブの掛かった金髪を二つに結んでいた。

 服装、顔つき、見た目こそまるで女の子のようだが、騙されてはいけない。彼は正真正銘、男であった。

 アリーの両親を殺した魔女は、その家の息子を探していた。アリーが魔女に追われ、関わった自分達にも危害が及ぶ事を恐れた親戚一同は、彼の性別を偽り別人として育てる事に決めたのだ。しかしその親戚も、手にした遺産の一部と共にアリーを託児所へと預け消息を絶った。幼かったアリーは、正式な養親の名前も聞かされなかったと言う。


「さあ……リムの話ではないと言っていたが……」


 アリーに問われたこちらは青いコートに短い銀髪、一見少年のような様相をしていたが、女だった。

 ルエラ・リム。船が向かう先であるリム国の王女であり、そして、魔女だった。


 魔女は忌み嫌われ、国を挙げて狩られる。

 十年前に行われた魔女ヴィルマによる大量虐殺も、人々の魔女への憎悪を強めていた。当時王妃であったヴィルマ。アリーの両親を殺したのも、ルエラの母親である彼女だった。行方をくらました母親を自らの手で捕らえるべく、ルエラは旅をしていた。


 ルエラは、甲板に座り込む少年に目をやる。撫でつけたようななめらかな金髪、白いファーの付いた質の良い紺色のコートを着たその少年の顔色は真っ青だ。


「ディン、お前は何か聞いているか? ……大丈夫か?」

「何とか……。お前らよく、こんな揺れの激しい乗り物で平気でいられるな」

「情けないなあ。普段は、揺れの少ない高級な乗物ばかりって訳だ。さっすが、王子様」


 アリーがからかうように言う。

 ディン・レポス。船酔い真っ只中の彼は、リム国の西に位置するレポス国の王子であった。彼もまた、ルエラと同じように旅をしていた。ひょんな事からルエラと出会い、その正体と旅の目的を知った彼は、ルエラに協力すると申し出た。

 いつもなら言い返すディンも、この時ばかりは大人しかった。ルエラは、軽く肩をすくめる。


「汽車と大して変わらんだろう」

「大違いだろ。汽車はこんな揺れ方はしない」

「中で休まれますか? お手をお貸ししましょうか」


 ディンの横に片膝をつきそう尋ねたのは、四人の中でも一番背の高い、明るい茶髪をポニーテールにした少年だった。その身にまとう濃紺のマントと手にした長い杖は、彼が軍属の魔法使いである証だ。


 フレディ・プロビタス。地位は少佐であり、史上最年少の佐官であった。所属するのは、レポス国北部シャルザ村軍。山奥に位置する小さな村で、その村の軍人もフレディと彼の兄しかいなかった。

 幼くして親を亡くしているフレディを、村の人々は自分の息子のように育てた。彼が軍人となったのも、村に軍を置き、資金を得る事で、村人たちに恩返しがしたかったらしい。

 しかしその村も、魔女により焼かれてしまった。生き残ったのはフレディ、ただ一人。


 ディンは、力なく首を振った。


「いいよ。中にいるより、ここで風に当たっていた方がずっとマシだ。ルエラと二人なら、大歓迎だけど」

「またふられたいのか?」


 ルエラは、じとっとディンを見下ろす。


「ルエラちゃんは今、男の子の姿をしているんだから、端から見たら誤解を生む光景だよ、ディン君」


 そう口を挟んだのは、アリーでもフレディでもなかった。

 船室の方から、一人の男が出て来る。ハシバミ色の髪に青い瞳をしたその男は、名をアーノルド・ナフティと言った。船の出発地、ソルド国で出会った魔法使いの旅人である。

 フレディが立ち上がり、アーノルドを振り返る。


「アーノルドさん、何でした? ソルド軍からの連絡って」

「うん。それなんだけどね。ソルドへ向かう荒野で、魔女を二人捕まえただろう。その二人が、逃げ出したらしい」


 アーノルドはいつもと同じ目を細めたニコニコ顔のまま言った。ルエラ達は絶句する。


「逃げただと……!?」

「いつの間にか、別の二人に入れ替わっていたそうだよ。牢に入っていたのは、あの魔女ではなかった。ヴィルマ達ラウの事もあるし、仲間の手引きがあったんじゃないかと准将達は考えているみたいだ」


 彼女達から詳しい話を聞き出す事が出来れば、ヴィルマ捜索やラウ国の暗躍の手掛かりになっただろうに。そう、簡単にはいかないか。ルエラは悔しそうに歯噛みするしかなかった。




 そうこうしている間に、船は港へと到着した。

 ソルドとリムの間は船こそ通っているとは言え、さして目立った貿易がある訳ではない。元々ソルド、あるいはリムに住んでいた者同士がその好で、あるいは間にあったサントリナ国から南北へ分散した者たちが交流しているに過ぎなかった。後は、ルエラらのような旅人の交通手段だ。


 旅人の多い町と言うだけあって、宿は直ぐに見つかった。例のごとく、裏路地に面したあまり目立たない小さな宿を選ぶ。


「食事は付かないよ。なに、大通りの方へ行けば、安い所から高い所まで何でも揃ってる。二人部屋が二つしかないが、構わないかい?」


 宿屋の亭主の言葉に、ルエラはうなずく。


「問題ない。世話になる」


 鍵を二つ受け取り、料金の半分を支払う。大きな宿屋ならば別だが、このような小さな宿では一日分の料金の半分をチェックインの際に、残りをチェックアウト時に支払うのが慣習だ。

 仲間達の所へ戻ると、ルエラは鍵の一つをディンに渡した。


「部屋の空きが二つしかないらしい。荷物を置いたら、食事を取りに行こう」

「ああ。……ん?」


 ディンは、ルエラの後について奥へ進もうとするアリーの首根っこをむんずと掴んだ。


「テメーは何、当たり前のような顔してルエラと同じ部屋に行こうとしてんだ!」

「えー。何か問題ある?」

「問題しかないだろ! ルエラは女、お前は男なんだぞ!?」

「そんな事言ったって、誰かはルエラと一緒にならなきゃいけないじゃない。二人部屋に四人は、さすがに狭いもん」

「一晩くらい、何とかなるだろ。あるいは、別の宿をとって……」

「すまん、もう前金を払ってしまった……私は気にしないぞ?」

「僕達、一夜を共にした事あるもんねぇ」


 アリーが、ルエラの腕に自分の腕を絡ませながら口を挟む。


「どうせ、この前の洞窟の事だろ」

「違うよ、宿で。一緒のベッドで寝たの」

「な……っ」


 ディンが絶句する。ルエラは溜息を吐いた。


「誤解を招くような言い方をするな。魔女の城がある町で、アリーが怖がって一緒に寝ただけだろう。あの時はお互い、同性だと思っていた事だし」


 ディンはホッと安堵の表情を見せる。


「なんだ、そんな事か。でもアリー、魔女が怖いから一緒に寝たって……お前、情けないなあ。男として恥ずかしいと思わないのかよ? つーか、その歳で怖いからなんて理由で男が男と一緒に寝たがるのも、それはそれでおかしいだろ。ルエラにベタベタしてたのだって、男だと思っていた上でやってた訳だろ……」

「男だからとか女だからとかじゃなく、ルエラだからだよ。それとも、まさかディンも抱きついたりして欲しいの? 気持ち悪い……」

「なんでそうなるんだ!」


 二人の喧嘩は、治まりそうにない。ギャーギャーと騒ぐ二人の傍ら、ルエラはフレディとアーノルドに尋ねた。


「二人は、三人部屋になってもいいか?」

「あっ、はい、もちろんです。僕は床でもどこでも……」

「私も問題ないよ。でも、あの二人だけにするのもそれはそれで心配だから、私は彼らと同じ部屋に泊まるよ。

 それに、あんな事があった後だろう? 一人でも魔法使いが一緒の方がいいだろうし」

「あっ。ディン様の護衛でしたら、むしろ僕が……」

「気にしなくていい。君も、休息が必要だろう。村であんな事があってから、ずっと気を張っていたろうから」


 シャルザ村の殲滅を、ディンかフレディ本人からでも聞いたのだろう。ルエラは、未だ睨み合いを続ける金髪二人組を困ったように見やる。


「では、申し訳ないが二人を頼む」

「うん。荷物を置いたら、またここに集合だね」


 ルエラはうなずくと、フレディを連れて奥の部屋へと向かった。

 旅ではお馴染みの、質素な部屋。二人用と言う事で、広さは当然ながらいつもより大きい。机の前に置かれた椅子も、一人分の丸椅子ではなく、ソファベッドだった。恐らく、三人部屋の方では一人がこのソファを使う事になるのだろう。

 ルエラはいつものごとく、トランクをただベッドの足元に置く。

 フレディは、そわそわと室内を見回していた。


「あの……まさかとは思いますが、僕とルエラ様で二人部屋と言う事でしょうか……?」

「そのつもりだが。嫌か?」

「えっ、いやっ、その……嫌だなんてそんな、滅相もない……しかし、ルエラ様は女性の方ですし、さすがに二人きりで同じ部屋と言うのは……!」

「何だ、魔法使いなのにそんな事気にするのか」

「当たり前です! 僕だって、一人の男なんですよ! ディン様の想い人でもある方と、二人で泊まるなんて……!」


 フレディの言葉に、ルエラは不愉快気に眉根を寄せる。


「ディンとの事なら、何もないから気にするなと言ったはずだが。彼には悪いが、私はディンをそのような対象として見てはいないし、今後も見る事はない。早々にあきらめるよう、お前からも口添えしてほしいぐらいだ」

「……なぜ、そこまで拒絶なさるのですか?

 出過ぎた真似だと言う事は分かっています。しかし、ディン様があまりに不憫です。

 ディン様は、ルエラ様が魔女である事もお気になさっていません。王子という立場でありながらも、気どらず、驕らず、時に自ら先陣に立ち民の盾となり剣となられるお方です。

 一体、ディン様の何がご不満なのですか」


「ほう。ずいぶんと彼に惚れ込んでいるものだな。そこまで言うならば、フレディがあいつと付き合ってはどうだ?」

「茶化さないでください。ディン様の事は慕ってはいますが、そんな意味では……」

「同じだよ、フレディ」


 ルエラは、困ったように微笑む。


「私も、ディンを嫌っている訳ではない。むしろ彼の好意はありがたいと思っているし、人柄も素晴らしいと思う。でも、だからと言って結婚したいと思う訳ではない」

「……他に、想われる方でもいらっしゃるのですか?」


 ルエラは一瞬、目を見開き言葉に詰まった。しかし直ぐ、また微笑を取り戻す。


「……いや、いない。私は魔女なんだ。人間と恋愛をする事などないさ。

 さあ、行こうか。二人の喧嘩も、終わっていると良いのだが」


 そう話すルエラの微笑みは、どこか悲しげだった。

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