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第15話 大切な友達

 翌日の汽車で、ルエラらはクリフ町を後にした。

 アーノルドはルエラ達の旅に同行したいと申し出て、四人は快くそれを承諾した。アーノルドの実力は、イオおよびジュリアとの戦いで織り込み済みだ。ソルド軍と手を組んでルエラ達を囮に使った訳だが、それも元を辿ればヴィルマを捕らえるため。結局のところ、目的は同じなのだ。ルエラの事情も知りながら黙っていてくれるとなれば、これほどに心強い味方もいない。

 しかし囮作戦については、ディンはあまり良く思っていない様子だった。


「くっそ、あの狸爺さんめ……やっぱり裏切りやがったな……」

「ハハ、それはルメット准将の事かい? この汽車にはまだアイリン軍の人達も乗っているから、聞こえないようにね」


 ディンの背後の席に座ったアーノルドは軽く笑いながら、椅子越しに嗜める。


「裏切りと言うほどのものでもなかろう。どの道、ラウの者達は私やフレディをさらおうとつけ狙っていたんだ。ルメット准将らは、その舞台を自らの手の内に誘導したに過ぎない。それに、彼らが駆けつけなければ、危ういところだったんだぞ?」

「そうそう。だいたい、裏切りって言ったらむしろディンの方なんじゃない? ルエラやフレディに剣を振るってさー」


 からかうようにアリーは言う。言い返すかと思いきや、ディンは座席を立ち、ルエラの足元に膝を着き叩頭した。


「本っ当に、申し訳ない! ルエラ! フレディ! 俺を殴れ!!」

「え、ええっ!? そ、そんな、ディン様、顔をお上げになってください。僕ら大丈夫ですから……」

「いや、俺が納得いかない! 魔女に操られて、お前らを攻撃しちまうなんて……一生の不覚だ! 殴れ!!」

「や、やめんか、恥ずかしい」


 実際、車内にはルエラ達とアイリン軍の者達しかいない。それでも、こんな場で土下座されるのはいくら王女といえども酷く気まずかった。


「彼女は、暗示能力を持つ魔女だったんだ。それを知っていたのに、注意できなかった私にも否はある。奴は、リム城にも一度現れた事があるんだ。お前を殴るなら、私はその時なす術も無かった臣下たちも殴らねばならん。そして二度目の戦いだと言うのにお前に暗示を掛けさせてしまった、私自身も」


 ディンは渋々と、席に戻った。ルエラはホッと息を吐く。


「それにしても、アリー、お前、いつの間にルエラと仲直りしたんだ?」

「ディン様が操られてらっしゃった時に、アリーがルエラ様を身を挺してかばったんですよ。あの時アリーが飛び込んで来なかったら、ルエラは再び捕らえられ、僕もついて行かざるを得ない状況に陥っていたでしょう」

「へえ。まあ、良かったよ。お前がルエラの事を敵視するつもりなら、こっちも手を打たなきゃならなかったからな」

「ディンは、いざとなればアリーを殺す気でいたからな」

「えーっ。何それ、ひっどーい!」


 ディンは軽く笑い、手をひらひらと振った。


「いや、別にそこまでする気はなかったぜ?」

「じゃあ、あれはハッタリだったと言う事か? 気が引けるなら、自分が代わりに手を下すとはっきり言っていたじゃないか。アリーをレポスに連れて行こうと」

「ああ。レポスに行けば、偽の診断書をでっち上げるくらい簡単だからな」

「……診断書?」


 ルエラは首を傾げる。ディンはニヤリと悪戯っぽく笑った。


「アリー・ラランドには精神疾患があるって事にしちまえば、その発言には信憑性も本人の責任もなくなるだろ? 疑いが広まる事も、謀反人として処刑する必要もなくなる」


 ルエラは、ぽかんとディンを見つめていた。そして、気が抜けたようにどっと壁に寄りかかる。


「なんだ……。そうならそうと、言ってくれれば良かったのに。どんなに悩んだ事か……」

「悪い、悪い。まあ、出来ればその手だって使わないに越した事はなかったからな。命までは盗らないにしても、社会的に殺す事には変わりないんだから。

 でも、どう言う心境の変化だよ? あれだけ憎んでいたのに、ルエラのために身体を張るなんてさ」


 ディンは、斜め前のアリーに尋ねる。アリーは軽く肩をすくめた。


「あの時は、思わず咄嗟に……。

 でも、ルエラが魔女だって事については、水に流す事にするよ。ディンの言う通り、ルエラは他の魔女とは違う。……本当は、最初から分かっていたはずなのにね。どうしても、受け入れられなかったんだ。魔女は皆、父さんと母さんの仇だと思っていたから。友達だと思っていた魔女に裏切られた事もあったし」


 アリーはキッと、ルエラを見据える。


「でも、もしまた隠し事をして、騙したりするようなら、今度は容赦しないよ」


 ルエラは背を正して黙り込む。結局、ヴィルマの娘だと言う事も自分からは告げられず、他者の口から知らせる事になってしまったのだ。何も申し開き出来ない。

 アリーは、ちろりと舌を出して笑った。


「……なーんてね。冗談だよ。

 僕、ルエラを信じてみる事にしたんだ。ルエラも、僕を信じてくれたんだから。……辛く当たって、ごめん」


 ルエラは、胸を突かれるような思いだった。謝るべきは、自分の方だ。彼は被害者なのだ。ルエラを糾弾するのは当然の事じゃないか。なのに、彼は。


「謝らないでくれ。私が黙っていたのが悪かったんだ。アリーは何も悪くない。魔女に対する、当たり前の反応だ。

 むしろ、謝らなければならないのは私の方だ。黙っていた事……それに、お前のご両親の事……謝って許されるような事ではないのは分かっている。それでも、本当に、申し訳ない……! お前のお父様とお母様は、私がいたせいで……」


 つ、と人差し指がルエラの口に当てられた。


「ストップ。黙っていた事はともかく、父さんと母さんの事は、ルエラが謝るような事じゃないよ。ヴィルマが勝手にやった事なんだ。ルエラが責任を感じる必要なんてない。ルエラだって、ヴィルマの行動を肯定するつもりはないんでしょ? だったら、僕と同じ。一緒にヴィルマをとっ捕まよう。

 だからこれからも、一緒に旅を続けてくれる? 友達でいてくれる?」


 ルエラは、大きくうなずいた。


「もちろんだ。私の方こそ、よろしく頼む」

「わーい! ルエラ、大好きーっ」


 ぎゅっとアリーはルエラに抱きつく。ディンが慌てて席を立った。


「おま……っ、ルエラにくっつくな!」


 叫び、アリーを引き剥がしに掛かる。アリーはルエラに抱き付いたまま、口を尖らせた。


「何だよー。これまで何回も抱きついてたけど、何も言わなかったくせにー」

「それは、お前を女だと思ってたからだ! 男だと分かったからには、必要以上にくっつくのを許すわけにはいかねぇ! は・な・れ・ろ!! ルエラもされるがままになってないで、拒否しろよ!」

「まあ、アリーは男だと分かっても、どうにもそんな気がしないから……」

「はい、残念でしたー」


 べーっとアリーはディンに向かって舌を突き出す。ディンの額に青筋が浮かぶ。


「てめぇ……! ったく、一時でもこんな奴を可愛いと思ってた自分に嫌気が差す……!」

「えー。ごめん、ディンは僕のタイプじゃないや……」

「当たり前だ! つーか、なんで俺、好きでもない奴に振られてんだよ!?」

「ほう。ディンはアリーみたいな明るくて可愛い子が好みか」

「いやいやいや、違うから! ルエラ、本気で言ってるんじゃないだろな!? 俺はお前一筋だって!」

「それを言われると、私はまた、振らなければいけなくなる訳だが」

「ぎゃあああ!!」

「おい、五月蝿いぞ貴様ら!!」


 後ろの方の座席から、ローグの叱責が飛ぶ。


「ディン様、どうか落ち着いて……」

「これが落ち着いてられっか!」

「青春だねぇ~」


 アーノルドが一人ごちる。

 賑やかな一行を乗せ、汽車は南へと進んでいた。

-Fin-

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