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第14話 仇の娘

 アリーは窓際に立ち、呆然と外の戦いを見守っていた。

 ルエラは、魔女だった。それどころか、あのヴィルマの娘だった。ヴィルマがアリーの両親を殺したのは、ルエラのため。


 なるほど、王女ならば私軍に潜り込むなど造作も無いだろう。私軍は、王族が個人所有する軍とも言えるのだから。

 そしてルエラが苗字を明かそうとしなかった理由も、合点がいった。王女が魔女となれば、そう易々と真実を告げる事は出来まい。


 ルエラは魔女だった。

 ルエラはヴィルマの娘だった。


 ……では、何故、ヴィルマと戦っている?


 魔女同士なのに。親子なのに。

 アリーはただ、困惑するばかりだった。ルエラは、ヴィルマを探していると言っていた。本当に、捕らえるためだったと思って良いのだろうか。でも、親子なのに? 愛娘と戦う事に、母親と戦う事に、彼女たちは何の迷いもないのだろうか。


 ルエラの槍とディンの剣に、ヴィルマの蔓が絡みつく。炎で焼き切ろうとしたフレディを、別の蔓が襲った。やむなく、フレディはそちらの対処に追われる。

 身動きを取れなくなった一瞬の内に、アンジェラがディンへと迫っていた。しかし、攻撃する様子はなかった。ただ手を伸ばし、ディンの額へと触れる。

 絡み取られた槍を捨て、新たな氷の槍を出したルエラが、アンジェラへと切りかかった。アンジェラは飛び退き、ディンの剣へと伸びる蔓を断ち切っただけだった。


「大丈夫か、ディン!?」


 膝を突くディンの顔を、ルエラは覗き込む。フレディも自分の周りの蔓を焼き払うと、ディンへと駆け寄った。


「ディン様!」


 突如、ディンは地面に落ちた剣を握り、傍らに屈もうとしたフレディへと振り払った。ルエラが出した氷の盾に刃先が辺り、ガキンと鈍い音がする。

 ルエラとフレディはディンから距離を取る。

 ディンの青い瞳に光はなかった。虚ろな目をして、ルエラへと切りかかる。


「クソ……っ。ディン! しっかりしろ!!」


 ルエラは叱責しつつ、槍で剣を受ける。どうやら、魔女の暗示に掛かってしまったらしい。フレディは、我が主であるディンに手を出せずにいた。

 ルエラも槍や氷の板を盾にはするものの、防戦一方だ。剣と槍がぶつかり合い、拮抗する。

 アリーはハッと目を見開いた。戦う二人を、ヴィルマとアンジェラは涼しい顔で眺めていた。ヴィルマの足元から、ゆっくりと蔓が上へと伸びて行っていたのだ。


 自分でも気付かぬ内に、アリーは戦場へと飛び出していた。


「伏せて!」


 叫びながら、ルエラを突き倒す。地面に転がった二人の頭上を、蔓が通り抜けていった。再度狙いをつける蔓を、我に返ったフレディが焼き尽くす。

 剣がアリーへと突き出される。避け切れなかった刃が、アリーの頬に小さな切り傷を付けた。腕が伸びきった一瞬を逃さず、アリーはディンの懐へと潜り込む。彼の左腕と胸倉を掴み、引き寄せる。


「てやあああああ!!」


 ディンの身体が宙に浮き、一回転して地面に落ちた。手放された剣を、ディンの手が届くより先にかすめ取る。剣の扱いなど分からない。それでも、今のディンの手に渡るよりはマシだ。

 右手の剣をヴィルマの方ヘと向け、左手はルエラをかばうようにして広げ、後ずさる。

 ヴィルマと目が合う。十年前と同じ、あの冷たい瞳。アンジェラが、いらついたように髪を払った。


「あなた、ヴィルマ様に親を殺されたんじゃなかったの? 魔女は全員憎んでる、みたいな態度だったと思うのだけど。その子も魔女よ」


 アリーはちらりと横目でルエラを見る。ルエラも、驚いたようにアリーを見つめていた。

 再びヴィルマとアンジェラの方へと視線を戻し、アリーは言い放った。


「ああ、そうだよ。僕は、魔女が憎い。魔女なんか、大嫌いだ。

 ……でも、リンは僕を救ってくれたんだ」


 アリーの脳裏を、ディンの言葉が過ぎっていく。


『あいつは、他の魔女とは違う。お前だって、それは十分に分かってるはずだぜ』


 そうだ。分かっていた。

 初めて会った時、ルエラは初対面にも関わらずアリーのために奔走してくれた。

 アリーの無実を信じてくれた。


 大河に突き落とされた時にしても、同じだ。

 服を脱げば女だとばれる事になるだろうに、魔女だとばれる事になるだろうに、それでも彼女は熱にうなされ寒さに震えるアリーに、自分の服を貸してくれたのだ。アリーが男だと知った後なのだから、羞恥心だって少なからずあっただろうに。

 ルエラがヴィルマや他の魔女とは違う事など、彼女と戦うのを見るまでもなく分かったはずなのに。


「ルエラがお前達と敵対しているなら、志は同じだ。ルエラは、僕の仲間だ。大切な友達なんだ」


 フン、とアンジェラは鼻で笑った。


「馬鹿馬鹿しい綺麗ごとね。魔女と人間の友情なんて、成立するはずがないじゃない。ねえ、ヴィルマ様?」


 アンジェラは、ヴィルマを振り返る。

 ヴィルマは答えなかった。ただ無言で、アリーを見つめていた。そこで初めて、アリーは彼女の視線が先ほどまでの冷たいものとは違っている事に気がついた。驚愕するような、懐かしむような、それでいて悲しそうな瞳。艶やかな唇から、小さく言葉が紡がれる。


「オーフェリー……」

「……ヴィルマ様?」


 アンジェラは、怪訝気に己が上司を見上げる。

 突如、パンパンパンと連続した銃声が響き渡った。ぐらりとヴィルマの身体が傾く。


「ヴィルマ様!!」


 咄嗟に支えるアンジェラの足にも、鉛の弾が撃ち込まれる。


「く……っ」


 キンと言う耳鳴りと共に青い光が彼女たちを包み、そして消え去った。

 バタバタと言う足音が背後から近付いて来る。


「クソ……逃がしたか!」


 そう叫んだ男は、ソルドの軍服を着ていた。他にも、一、二、三……全部で六人。


「ディン様!」


 操り主がいなくなり倒れ伏したディンに、フレディが駆け寄る。


「せっかく大物が釣れると思ったのに、残念でしたね。ローグ大佐」


 言いながら林の方から歩み寄ってきた人物に、アリーは目を見開く。


「アーノルドさん!? でも、アイリンに残ったんじゃ……」

「ごめん、ごめん。あれは、子供達だけの方が魔女も狙いやすいだろうって言うルメット准将の案だったんだよ」


 アリーはぽかんとアーノルドを見上げる。ルエラが大きくため息を吐いた。


「……つまり、私達は囮にされたと言う訳か」

「端的に言えばそう言う事だな」


 ローグと呼ばれた男が答える。


「貴様らが王女や王子だろうが、関係ない。我々からすれば、ただの外国人と魔女の子供達だ。

 貴様らはこれまでに何度も、魔女の接触を受けている。孤島同然のこの町に誘い込めば、ラウの魔女共は嬉々として襲撃に来るだろうと踏んだ。狙い通り、囮だとも知らずに奴らは現れた訳だ」


「でも、汽車には乗ってなかったよね?」

「いや。あそこの三人……作業服で貨物を下ろしていた者達だ。すると、私達と面識のあるアーノルドさんやローグ大佐、エリン中尉らはあの木箱の中に隠れていたのか」

「察しがいいね。ご明察。屋敷の前の林で待機していたんだけど、魔女が先に手を回していたみたいでね。周囲の草木が襲って来て、駆けつけるのが遅くなってしまったんだ」


 呻き声がして、アリーはそちらを振り返る。ディンが、頭を押さえながら起き上がろうとしていた。


「う……一体、何が……。

 ハッ! フレディ! ルエラ! ルエラは大丈夫か!?」


 ディンは戦闘を思い出したように、フレディに詰め寄る。ルエラが苦笑した。


「私ならここにいる。ヴィルマは去った。皆、無事だ」


 ローグが、屋敷の方を顎でしゃくった。


「後の事は我々に任せて皆、中へ。ここでは寒いし、手当ても必要だろう」

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