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第4話 新たなる仲間

 首都ともなれば、早朝と言えども駅にいる人は少なくない。ルエラはいつもの青いコートを着て、北へ向かう汽車の発車ホームへと向かっていた。隣には、ディンとフレディの姿。ルエラは彼らの申し出を受ける事にしたのだ。ディンはまるでピクニックにでも出かけるかのように、至極嬉しそうだった。


「これからよろしくな、ル……リン!」


 ルエラと呼びかけたのを言い直し、それからディンはルエラに顔を近づけ、ヒソヒソと囁いた。


「一応、俺からフレディには何も言ってないけど、こいつにはバラしても大丈夫だと思うぜ? 魔女自体に反感は持ってない変わり者だし」

「ああ……少し、様子を見させてもらう」


 そうは言ったが、不用意に他者に明かす気は無かった。

 ディンには不可抗力で知られてしまったが、あまり秘密を知る者を増やしたくない。それも、他国の者となれば尚更だ。


 発車ホームまで来て、ルエラは目を瞬いた。そこに立っているのは、アリーだった。彼女はにっこりと笑い、手を振る。


「時間までは言っていなかったのに、よく分かったな」

「ティアナン中佐に調べてもらったんだ」


 見れば、少し後から眼鏡を掛けた紺青の髪の男性がいた。トッシュ・ティアナン、ビューダネス市軍の魔女捜査部隊に属する。アリーとは、昔からの知り合いらしい。


「見送りに来てくれたのか」

「ううん。僕も行くの」

「え?」


 ルエラ達は目を瞬く。一番に声を上げたのは、ディンだった。


「リン、誰だ? この女の子は?」

「アリー・ラランド。以前、西部の町で魔女について調べている時に出会ったんだ。それからこの前シャントーラへ行く際に、偶然再会した。彼女も、ヴィルマを追っているそうだ」

「関係者なのか? 軍人には見えないが……」

「僕、軍人さんじゃないもん。もしそうなら、自分でリンの乗る汽車調べてるよ」


 アリーは軽く肩をすくめて言う。ディンは頭を振った。


「完全に一般市民じゃねぇか……。駄目だ、駄目だ。お前、この旅がどう言う目的か分かってるのか? ひ弱なただの女の子が来たって足手まといになるだけだ。大人しく家に帰るんだな」


 けろりとしていたアリーの表情に、一瞬、暗い影が過ぎったのをルエラは見逃さなかった。アリーに、帰る家などない。

 ぽん、と彼女の頭に手をやり、ルエラはディンに言った。


「まあ、良いじゃないか。確かに彼女は軍人でも何でも無いが、『ひ弱なただの女の子』ではないぞ。こう見えて、なかなか腕が立つし機転も利く」


 アリーの表情がパッと明るくなった。


「ありがとう、リン! 大好きー!」


 そう言って、ぎゅっとルエラに抱きつく。


「さ、それじゃあ、汽車に乗ろっ。もう直ぐ発車時刻だもんね」

「お前が仕切るなよ」

「お前じゃなくてアリーですーっ」


 言い争いながら汽車へと向かうディンとアリーに、フレディも付き従う。後に続こうとしたルエラを、ティアナンが呼び止めた。


「アリーの事、よろしくお願いします」

「ああ、分かっている。しかし、まるで父親のようだな」

「あの子とは、完全な他人ではありませんから……。

 それから、ヴィルマについても。アリーから話は聞きました。彼女が何か企んでいるようであれば、止めてください。私も協力します。こんな事、彼女も望んでいなかったはずなんです……」


 ルエラはまじまじとティアナンを見つめる。彼の言葉はまるで、ヴィルマと個人的に関わりがあるかのようだった。


「それは、一体どう言う……」


 ポーッと汽笛の音が鳴り響き、ルエラの言葉は遮られた。ゆっくりと汽車が動き出す。


「リン! 早く、早く!!」


 アリーが扉を押さえ、手招きする。ルエラはティアナンの言葉が気になりつつも、駆け出した。先に席へと回ったディンに荷物を窓から預け、汽車に合わせて走り飛び乗る。

 アリーが扉から顔を突き出し、大きく手を振った。


「中佐ー! またねー!」


 ティアナンは軽く片手を上げ、アリーに応えていた。


 緩いカーブに差し掛かり、ティアナンの姿は車体の向こうへと消えた。見送りの姿が見えなくなって、ルエラとアリーは扉を閉め座席へと向かう。

 ディンはムスッと不機嫌顔で窓枠に頬杖を突き、外の景色を眺めていた。フレディがその隣に座り、困ったようにルエラとアリーに笑いかける。


「ブロー大尉の荷物は、そちらに置いておきました」

「ああ、ありがとう」

「改めて、よろしくねー。君達の名前は? さっきリンから紹介してもらったけど、僕はアリー・ラランド。アリーでいいよ」

「フレディ・プロビタス。レポス国から来たんだ。よろしくね」

「俺には、何度言っても敬語の癖に……」


 ディンが恨めしげにぽつりと呟く。ルエラが割って入った。


「それは、仕方あるまい。あまり無理を言うと、彼が困ってしまうだろう」


 ディンは、頬杖をついたままじろりとアリーを横目で見た。


「……ったく、遊びに行くんじゃねーんだぞ?」

「分かってるよ、そんな事。君、僕が一緒に行くのを随分と嫌がってるみたいだけどさ、君だって見たところ軍人さんじゃないよね? フレディの方は、マント着てるから魔法使いなんだろうけど……」


 リン・ブローが私軍に属する事をアリーは知っているし、フレディは魔法使いのマントを羽織っていた。軍支給の長い杖も、座席の横に立てかけている。誰が見ても、彼が魔法使いである事は明らかだった。

 ディンの服装は、一般市民と変わりない。アリーが疑問に思うのも尤もだった。

 ディンは振り返り、正面に座るアリーに向き直った。


「俺の名前は、ディン・レポス。こう見えても、レポス国王子だ。お前みたいに無関係な一般市民って訳じゃねぇんだよ」


 アリーは大きな瞳をパチクリさせていた。にわかには信じ難いと言った表情だ。


「王子……? 君が?」


 そして、問うようにルエラを振り返る。


「事実だよ。彼は、隣国に位置するレポスの王子だ。身分を隠して旅をしていてね、普段はディン・ブラウンと名乗っている」


 アリーは、まじまじとディンを見つめる。


「リンがこんな嘘を吐くとは思えないし……それじゃ、本当なんだ?」

「だから、そう言ってるだろ」

「でも、僕はレポスの国民じゃないし。ここはリムだし。君が反対しようと、それに従う必要はないよね」

「まあ、そうだな」


 確認するようにアリーに見つめられ、ルエラはうなずいた。ディンは不愉快気に口を尖らせる。


「別に、そんな意図で名乗ったんじゃねーよ。一般市民なんじゃないかって聞いたから、答えただけだ。リンもフレディも知ってるのに、隠し通すのは面倒くさそうだしな」


 そう言って、ディンは意味ありげにルエラを見る。彼の言わんとするところは解っている。ルエラも、二人に話してしまわないかと問いかけているのだ。

 ルエラは澄ました顔で答えた。


「まあ、アリーに知られたところで彼女なら問題はないだろうしな。王子と言う身分なら、何ら後ろ暗い事がある訳でもなし」


 ルエラの場合は駄目なのだ。

 王女だと知れれば、魔法を武器としている以上、魔女だと言う事も知られる事になってしまう。それだけは、避けねばならない。

 ルエラは、隣に座るアリーを盗み見る。彼女は、両親をヴィルマに殺された。魔女を怖い存在だと認識しているし、憎んでもいる。魔女だと言う事を隠していた友人に裏切られた事もあるのだ。そんな彼女に、自分が魔女だなんて、ましてやヴィルマの娘だなんて、明かせるはずがなかった。



* * *



 終点を告げる車掌の声がホームに響く。冷たい夜風に身を震わせながら、一行は汽車を降りた。リム国北部チリーウィンド。シャントーラより更に先、国内最北端の村である。

 旧サントリナでも北の外れにあるこの村は、大河から引いた水で田畑を営んではいるものの、特筆するべき産業もなく、閑散としていた。

 宿らしき宿もなく、もちろんの事軍舎も無い。夜も遅く、民家の戸を叩くのも忍びない。小さな村の中を歩き回った結果、サントリナの時代に軍部が置かれていたのであろう廃墟に寝床を定める事になった。


「隙間風はあるが、吹きさらしよりは良いだろう」


 塗装が剥がれ石が剥き出しになった床に、フレディが魔法の火を灯す。ルエラが寝支度を整えていると、ディンがふと立ち上がった。


「それじゃ、俺とフレディは隣の部屋で……」


 ルエラはきょとんとディンを見上げる。


「隣? 物置か何かだったと思われるあれのことか? 一人でさえ転がれるか怪しい広さだったろう。全員ここで問題あるまい」

「いや、問題あるだろ。女の子だっている訳だし……」

「僕、気にしないよー」


 アリーが、ルエラの隣で毛布を被りながら言う。


「いや、気にしろよ!?」

「だって、お風呂とか着替えがある訳でもないじゃない。リンと一緒に寝た事もあるし」


 どうしたものか立ち尽くして動向を見守っていたフレディが、驚いた表情でアリーを見る。


「ああ。リンは、まあ……」


 ルエラの性別について言及しそうな呟きをするディンを、ルエラはキッと睨んで黙らせる。


「あ。それとも、ディンが気にするの? さっすが王子様。箱入りなんだね。かわいーい」


 からかうようにアリーが言う。ディンはムッとした表情になった。


「お前らに気を使ってやってるんだろ。もういい! 気にしないなら俺達もここで寝るぞ、フレディ!」

「は、はい……」

「お前『ら』?」


 アリーは目をパチクリさせてディンを見上げる。


「あ……」


 自らの失言に気付き口を噤むディンを、ルエラは殺気をも含む視線で睨みつけていた。妙な間がその場に流れる。

 口を開いたのは、アリーだった。


「……もしかして、僕とリンの仲を勘違いしてるって事? 隣の部屋にはディンとフレディで行くって言ってたし。別に、僕達何も無いよ。一緒に寝た事があるって言っても、魔女の噂のある町だったから僕が怖がったってだけだし、その時も何も無かったし。そもそも、僕には他に好きな人がいるし」

「え……あ、ああ、まあ、そう言う事だ。ハハ……」


 ディンは慌てて取り繕い、アリーの話に乗る。アリーは冷ややかな目をしていた。


「変な勘繰り、気持ち悪い」


 吐き捨てるように言うと、毛布に包まり背中を向けてしまった。


「てめぇ……!」

「ま、まあ、ディン様、抑えて……ほら、我々も寝る準備をしましょう」

「だから、お前は様付けすんなって!」

「え、ええー……」


 フレディは困ったように笑っていた。

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