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第2話 疑惑の少年

 城の南半分は広間や王座、役人達の事務室などがある公の場。北半分は王族達の住まう後宮となっていた。

 その境を分かつように、中庭がある。中央には噴水、一本の木の下にはベンチ。それらを取り囲むように、レポスからの贈り物である薔薇の茂みが植わっている。まるで、一つの公園のような空間がそこにはあった。

 その直ぐ横の渡り廊下を、ブィックスは軍舎を目指し歩いていた。


「きゃっ、ブィックス少佐よ」

「美しい薔薇と見目麗しい少佐、絵になるわねぇ……」


 通りすがりの女性官吏達が見惚れる。いつもならば笑顔を返すところだが、今のブィックスは彼女らの会話にも気付かないほど考え込んでいた。


 ルエラの腕の怪我。

 木に引っ掛けたと言う本人の言葉を、ブィックスは鵜呑みにはしていなかった。袖の下を見た訳ではないから細かな位置や程度は分からないが、右腕。リン・ブローも右腕に怪我をしている事を、ブィックスは知っている。

 そして、立ち上がろうとしてふらついたルエラ。リン・ブローもまた、怪我のためによろめきがちだった。よもや、ルエラも背中に傷を負っているのではあるまいか。


 シャントーラ城で、不覚にもブィックスは魔女に眠らされてしまった。魔方陣の描かれた部屋で朧な意識の中、ブィックスは一瞬ルエラ王女を見た気がした。

 ルエラ本人に聞いてもリン・ブローに聞いても彼女はいなかったと言う返答なのだから、夢でも見たのかもしれない。

 ブィックスとしても、夢であってくれた方が良い。護らねばならない対象に身体を張ってかばわれ命を救われるなど、あってはならない事だ。


 しかし、傷の事と合わせると果たして、ただの夢なのか疑問が生じる。例え夢だとしても、何かを暗示しているのではないか。


(ただの偶然か……?)


 共通する傷。その手当てを執拗に嫌がる様子。ルエラによるリン・ブローへの特別待遇。城内への魔女の侵入。リンはそれについて、何か知っている様子だった。

 一連の事象が意味するものは。


「そうか……分かったぞ!」


 一声叫ぶと、ブィックスは踵を返し、私軍の事務室へと向かった。

 二階の奥、三と記された扉をブィックスは押し開く。市街へ任務に出たと言うリンは帰って来ていて、シャントーラでの出来事の報告書を作成しているところだった。


「あれ? ブィックス少佐、今日はもう上がられたのでは……」

「ああ。ブロー大尉に用事があってな」


 自分の名前を出され、ルエラは顔を上げる。ブィックスは真っ直ぐに、リン・ブローの席へと向かいその横に立った。


「大尉もこの後、もう上がりだろう?」

「ええ、まあ……」

「では、風呂へでも行かないか。長旅の疲れを癒そうではないか」


 奥の席で、ブルザが飲みかけていたコーヒーを噴き出した。斜め後ろの席に座るレーンの手から、ひらりと書類がおちる。他の隊員達も、唖然として目を瞬く。ブィックスがリン・ブローを敵視しているのは、周知の事実なのだ。

 ルエラはと言うと、ポカンとブィックスを見上げていた。


「……それは、私と少佐で一緒にと言う事ですか?」

「ああ。軍舎には大浴場もあるだろう」

「それは知っていますが……」

「今回の旅で、君もなかなか大変な任務をこなして来ていたのだなと、これまで君には少し厳しくし過ぎたかも知れんと思ってな。裸の付き合いと言う奴だ。これを機に、親睦を深めようではないか」

「ご遠慮いたします」


 さらりとルエラは言った。


「この後も、出掛ける予定がありますので」


 しかし、ブィックスとしても想定の範囲内の事だった。ここで引き下がるブィックスではない。


「そうか。では、何時頃ならば都合がつくかね?」


 周囲の者達がやや引き気味なのにも気付かず、ブィックスはなおもルエラを誘おうとする。ブルザは蒼白な顔で立ち上がっていた。


「分かりません。少佐をお待たせするのも忍びないですから、私の事はお気になさらずお一人でいらっしゃってください」

「そう言わずに。私は何時になっても構わんぞ。どうせ今日は他に予定が無いんだ。何だったら、用事が済んだ時点で連絡をくれれば……」

「怪我もありますので、部屋に備え付けのシャワーで済ませるつもりです。ご厚意はありがたいのですが、お断りさせていただきます」


 きっぱりと言い放たれ、ブィックスがそれ以上誘う事は出来なかった。確かにあの怪我では、大浴場は厳しいかもしれない。失念していた。


「そうか……。怪我なら、仕方ないな」


 悔しげに呟き、ブィックスは事務室を去った。

 ブィックスが去った後の室内は、ざわついていた。レーンも椅子を下げ、ルエラに耳打ちした。


「大尉、大丈夫? なんか……ブィックス少佐、おかしくなかった……?」

「……」


 ルエラは、軽くブルザに視線をやる。ブルザは我に返り、大人しく席に着いた。



* * *



 十一月の末ともなれば、日暮れは早い。既に日は落ち、辺りは暗くなっていた。城内も正面ともなれば明るいが、城の西側、軍舎との間は道を外れればそこかしこに闇が存在している。

 風呂への誘いは断られてしまったが、まだブィックスはあきらめていなかった。

 道沿いに植わる薔薇の茂みの裏に、ブィックスは身を潜ませる。私軍の者が城から出て来た場合、外へ出るにしても、軍舎に戻るにしても、この道は必ず通る。道の上へと伸びる木の枝の一つに、たっぷりと水を汲んだバケツが縛り付けてあった。


 企てた計画を、ブィックスは頭の中でシミュレーションする。

 リンは、必ずここを通る。日勤と夜勤の交代にはまだ早い時間。こんな時間に業務を終え城から出て来る者など、旅から帰って来たばかりのブィックスとリンぐらいなものだ。例え他の人が通ったにせよ、バケツはブィックスが電流で縄を焼ききらない限り落ちる事はない。他の人が被害に遭う可能性は無い。

 水の能力者と言えども、服に染み込んだ水を乾かす事は出来ないはずだ。シャントーラ城で血に汚れた服を魔法で元通りにする事は出来なかったのが、何よりの証拠。

 外に出るにはコート必須のこの時期に、濡れたままでいる訳にはいくまい。必ず、着替えが必要になるはずだ。そしてここからだと、軍舎へ帰るよりも事務室で着替えを調達した方が早い。


「フ……我ながら、自分の発想力の高さが恐ろしいな……!」


 この場にルエラがいたならば、彼の迷走する発想力に皮肉を飛ばしただろう。


「む、来たな……!」


 街灯の明かりに、小さな姿が照らされる。このまま軍舎へは寄らず外に出るつもりなのだろう。軍服の上に、私服の青いコートを羽織っていた。

 ブィックスはじっと目を凝らし、距離を測る。暗がりに包まれた木の枝の間にルエラが気付く様子は無い。

 あと三メートル――二メートル――


(――今だ!)


 ブィックスはバケツを括り付けている縄へと指先を向ける。人差し指から放たれた電流は見事、縄まで届きバチッと言うごく幽かな音と共に縄を焼き切った。

 支えを失い、バケツは宙に放られる。傾いたバケツから落下する水。ちょうど、ルエラの真上へと降り注ぐ。


「よし……!」


 怪我を負っている身で、咄嗟に避けきる事は出来まい。ここで偶然を装い出て行って、リン・ブローを事務室まで連れて行って着替えさせる。完璧だ。

 ブィックスが茂みから立ち上がるのと同時に、ルエラは左手を挙げた。


 一瞬の出来事だった。

 ルエラの足元に転がったのは、薄い膜と棒を組み合わせたようないびつな形をした氷。粒のような欠片もある。

 後から降って来たバケツは避けきれずに、ルエラの頭にコツンと当たった。


「……そこで何をなさっているのですか、少佐?」


 ルエラは手を下ろし、至極冷ややかな視線をブィックスに向けていた。服は濡れてなどいない。もちろん、着替えの必要などなかった。

 ブィックスは歯噛みする。姿を現してしまった今、最早申し開きなどできない。


「君を待っていた」


 ルエラは至って、無表情。


「君は何故、上を脱ぐのを嫌がる?」

「そのようなつもりはございませんが。ただ、怪我の手当てなら間に合っていますし、風呂でしたら怪我があるので……」

「姫様も、同じ箇所を負傷してらっしゃるようだった。君と同じ、右腕と背中だ」


 ルエラは黙りこくる。ブィックスは続けた。


「どうして姫様は、ブロー大尉に目をかけるのか。私はずっと、それを疑問に思っていた。例え双子だとしても、同じ位置に傷が出来るはずがない。君と姫様は、双子などではない。君達は――魔女の呪いで、繋がっている」

「……は?」


 ルエラは目を瞬く。

 暗さ故か、己の仮説に陶酔し切っているが故か、ブィックスはルエラの様子には気付かず続けた。


「恐らく、旅をしている中で君と姫様は出会ったのだろう。魔女との戦いで、君と姫様には一つの呪いがかけられてしまった。それは、互いの負った傷がもう一方にも現れると言う物だった。だから君が負傷したのと同じところを、姫様もお怪我をなさっている。君が脱衣を拒むのは、恐らく背中にある呪いの印を隠すためだ。

 君が負った怪我が姫様にも影響すると言うならば、本来ならば君は軍人などと言う危険な立場にいるべきではない。旅もさせず、城内で保護しておくべきだ。

 しかし君は自分のわがままのために、姫様を脅した。君の傷が姫様にも影響するように姫様の傷も君に影響するならば、姫様も同じく旅をするべきではないとな。心優しい姫様は、一般市民でしかない君への影響をお気になさった。

 君はそこをつき、自由の身を獲得したどころか士官学校へも行っていないのに私軍所属、それも大尉という地位までも得た。姫様の勅命による極秘任務と言う名目で、平時における私軍の任務も免除させた。事実上、私軍所属としての特権のみを手に入れた訳だ」


 ブィックスは、どうだと言わんばかりにふんぞり返る。

 ルエラは観念したように――と、ブィックスには見えた――溜息を吐いた。


「少佐の想像力には、脱帽です」

「では、やはり」

「本を書かれてはいかがですか? 前回に比べればそれなりに筋も通っていて、大変面白いですよ」

「な……っ」


 ブィックスは頬を引きつらせる。

 ルエラはふと背中を向けると、コートを脱いだ。そして軍服から着替えて来た黒いシャツに手をかけると、躊躇う事無くめくり上げた。

 白い肌が露になる。きつめに巻いた包帯が晒しの役目も果たしているため、わざわざその上から晒しを巻いたりはしていない。背中側であれば、見られたところで女だとは分かりようがない。


「何処に魔法の印がありますか?」

「ぐ……」


 ルエラはめくっていた服を下ろしコートを着ると、冷たい目でブィックスを見やった。


「ご理解いただけたようでしたら、私は失礼します。人を待たせているので」


 ブィックスは答えない。しかし、それ以上何か言う様子もなかった。

 ルエラは軽く一礼すると、彼をその場に残し城を出て行った。

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