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灰色の王女-火刑となりし男装王女の魔女狩り譚-  作者: 上井椎
第1章 漆黒と純白の輪舞曲
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第5話 連続怪奇事件

「アリー! いったい、どういう事!?」


 昼の客がぱたりと途絶えると、夜に向けた買い出しの時間だ。

 町は西陽に染まっている。


 ユヌ・コンサーズ学院は、役人や軍人になるような家柄の者達が通う学校だ。父が役人を務めているユマも、この学校の生徒だった。

 身分の高い者達が集う学校と言うだけあって、その様相は立派で、正面には白い大きなアーチ状の門が堂々と構えている。

 お使いがあってもなくても、この町唯一の学校へとユマの迎えに寄るのが、アリーの日課だった。


 いつものごとく学校へ向かったアリーを見とめるなり、ユマは開口一番そう叫んだ。

 アリーはきょとんと首を傾げる。


「何が?」

「とぼけないでよ! 何がって、そりゃ……」


 怒鳴り、そしてハッと我に返って口をつぐむ。

 ここは、校門の前。出入口の真ん中に立って話すユマ達を、通りかかる生徒達がうろん気に見る。

 ユマは、大きな門の陰へとアリーを引っ張っていくと、アリーに向き直り口を開いた。


「今朝、学校へ来てみたら、アリーが魔女だって噂が広まっていたの……どうしてそんな話になってるの? アリー、あなた、昨日いったい何をしたの?」




 昨日の夜。アリーが公園へと駆けつけると、中央の一本を残し、六本のガス灯が全てあり得ない状態に折れ、砕けていた。

 公園に佇むのは、ユマただ一人。誰がどう見ても、疑いをかけるであろう状況だった。

 アリー自身も、その光景に凍りついた。

 地面では、砕けたガラスがキラキラと光っている。闇の中に浮かび上がる姿は、アリーの知る彼女ではないように感じられた。


「……アリー」


 ユマは、泣きそうな顔をしていた。

 アリーはハッと我に返る。何も問わず、まっすぐに彼女へ歩み寄ると、ぽんと優しくユマの肩を叩いた。


 ユマの事はよく知っている。

 彼女が魔女であるはずがない。


 ほんの一時でも、彼女を疑ってしまうなんて。


「大丈夫、ユマ? 怪我してない?」

「ち、違うの、アリー。私じゃない。私、こんな事……」

「分かってる」


 アリーは真面目な表情でうなずく。

 店の方から、バタバタと駆けて来る足音が聞こえる。間もなく、他の者達もこの場に到着するだろう。


「ユマ、行って」

「でも……」

「こんなところ、人に見つかったら何を言われるかわかったもんじゃない。駅の方へ行くんだ。そこで買物をしてたって事にすればいい。ここは、僕が何とかするから」


 ユマは心配気な表情だったが、こくんとうなずくと背を向け駆け去って行った。

 ユマの姿が見えなくなるのと入れ替わりに、足音が公園の中へと辿り着いた。ぴたりと立ち止まりざわめく人々を、アリーはゆっくりと振り返る。


 驚愕、恐怖。

 公園の惨状に凍りつく彼らに、アリーはにっこりと笑いかけた。


「……あんまり理不尽に責め立てるのは、どうかと思うよ。ユマをいじめる奴は、僕が許さないから」




「まさか、アリーが私の代わりに疑われる事になるなんて……」


 うつむくユマに、アリーは軽い調子で肩をすくめ笑った。


「大丈夫。一度魔女の疑いをかけられたら、違うって証明するなんて難しい。でも僕なら、いざと言う時は性別を明かしちゃえば一発でしょ? 魔女は、女しかいないんだから」

 二つに結んだ明るい金色の髪に、愛らしい顔立ち。町中の男性からも人気の高いアリーだったが、その性別は男だった。それを知るのは、親友のユマのみ。

「でも……そしたら、ヴィルマに……」

「奴だって、逃走犯なんだ。僕の性別が分かった程度じゃ、中部の魔女処刑執行人ラランド家の一人息子がここにいるなんて、そうすぐには知れないと思うよ」


 ユマは黙り込み、不安げな瞳でアリーを見つめていた。

 アリーがこの町に越して来た時から、ずっと一緒だったユマ。アリーが男だと知ってからも変わらず、友達でいてくれた。アリーの事情を理解し、誰にも告げずにいてくれた。


「大丈夫。ユマは僕が守るから、絶対」


 アリーは、真剣な瞳でユマを見つめ返す。

 ユマはあたふたと視線をそらした。


 紅く染まったユマの顔に、ふっと陰が掛かる。

 振り返れば、アリー達の方へ倒れて来る白い門。


「――危ない!」


 アリーは、咄嗟にユマを突き倒した。


 砕けた部品の崩れ落ちる轟音。

 間髪入れずに続く、ズゥン……と言う重い音。

 土煙が舞い上がる中、幾多の悲鳴が重なる。


「いっ……」


 身体の下から声がして、アリーは目を開いた。


「ユマ、大丈夫!?」


 ユマの顔は、思いの外近くにあった。身体は折り重なり、アリーがユマを押し倒しているような図だ。

 胸に柔らかな感触が触れ慌てて身を引こうとしたが、ぐっと背中に瓦礫の角が食い込むだけで起き上がれそうにはなかった。


「ご、ごめん……身動き取れないや……」


 首を巡らせてみるも、辺りは瓦礫に囲まれ、何も見てとる事が出来ない。

 叫び声や狼狽する声、集まる足音、喧騒だけが聞こえて来る。


 そこらの一階建ての小さな家よりも大きな校門。周辺には、授業を終え下校する生徒達が多くいた。全てが無傷とはいかないだろう。

 川沿いの大火事、宿の窓、大きく凹んだ裏路地、公園のガス灯――そして今度は、大門の倒壊。


「ね、ねえ、アリー……これって、最近のと関係あるのかな……」

「僕も今、それを考えてた。妙な事ばかり、続き過ぎだ。それも、僕らの周りでばかり……」

「やっぱり……魔女の仕業なのかな……この町に、魔女が……」


 ユマの声は震えていた。

 アリーは、抱き寄せるように腕をユマの頭の後ろへと回す。


「へっ!? ア、アリー……?」

「大丈夫。ユマは僕が守るから」


 先ほども口にした言葉を、再度、囁く。

 その時、ガタゴトと物音がしてアリーの背後から紅い光が射した。


「誰かいるのか? 大丈夫か!?」

「この声……」

「リン!」


 アリーは、ぱあっと顔を輝かせる。声変わりを迎えていない、中性的な落ち着いた声。それは、つい二日前にもアリーとユマを救ってくれた少年、リン・ブローのものに間違いなかった。


「ここだよ、リン! 門の下敷きになっちゃって……僕もユマも怪我はないけど、動けないんだ」




 ルエラによってアリーとユマは助け出され、瓦礫の上に降り立った。


 校門前は、酷い有様だった。


 高い塀の間にどっしりと構えていた白い門は、その柱を巨人にでも折られたかのようだった。

 支えを失った上半分は崩れ去り、重い瓦礫が道をふさいでいた。


「ユマ、大丈夫か?」


 ルエラがユマの顔を覗き込んで言った。


「顔が紅いようだが……」

「だっ、大丈夫! ちょっと、暑くて……」

「暑い? でも、今は十一月……」

「も、門で圧迫されて暑かったの!」


 ユマはフイと顔を背ける。


「おい」


 声を掛けられ、ルエラはそれ以上ユマに尋ねるのをやめた。

 ルエラに声を掛けたのは、ユマと同じ学校の制服を来た男子生徒だった。大柄で気の強そうな少年達が、ルエラを睨み据えていた。


「なんで助けたんだ?」


 ルエラは怪訝気に眉根を寄せる。


「……何を言っているんだ?」

「分からないのか? そいつは、魔女だ!」


 少年は、アリーを指差して叫んだ。


「こいつの周りでは、妙な事ばかり起こる。これだって、こいうの仕業かもしれない」

「そんな、短絡的に――」

「魔女なんて、助ける価値もない」

「いっそ、今ので死んでしまえば良かったんだ!」


 反論しようとしたルエラは、ぴたりと口を閉ざした。

 見開かれた瞳の奥に宿るのは、恐怖の色。


「……リン?」


「俺の友達も怪我をしたんだ!」

「そいつは、俺たちを皆殺しにする気だ!」

「さっさとそいつを火あぶりにしろ!!」


 アリー達を取り囲む人の数は増えていた。喧々轟々と、非難の声が浴びせられる。

 輪の中から石が飛んで来て、アリーはユマをかばうようにして避ける。


「その女を軍へ引っ立てろ! 処刑だ!!」


 ワッと大衆が駆け寄って来る。

 今や学校の生徒だけでなく、通りすがりや騒ぎを聞きつけた大人達も加わっていた。


 パァンと空砲が鳴り響いた。


 ぴたりと、大衆の動きが止まる。

 人ごみの向こうに見えるのは、装甲車。そしてその上に、暗い赤褐色の軍服をまとった金髪の女が立っていた。

 軍が、駆け付けたのだ。


「これより、この通りは封鎖します。一般市民は軍の指示に従い、速やかに撤退してください」


 パトリシア・エルズワースの声が、朗々と響き渡る。


 軍の指示で去って行く人々を、アリーは厳しい表情で見据えていた。

 大門の倒壊。

 多数の怪我人。

 立て続けに起こる出来事が何者の仕業かは分からない。ただ一つ分かったのは――犯人は、周囲を巻き込む事も厭わないと言う事。

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