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第1話 光

 街を、西日が紅く照らしている。城門の直ぐ外、正面に設けられた広場。城門と広場の周りはそこかしこに兵士が配置されている。ルエラはその長い銀髪を布で包み隠し、男児向けの衣服を身にまとって雑踏の中にいた。

 威嚇の空砲に、人々の輪の中央にいた烏がばさばさと夕暮れの空へ飛び立って行く。後に残されるのは、五、六人分の首。


 北暦1708年8月18日、首都ビューダネス。

 国王に叛き討たんと徒党を組んだ者達がいた。彼らは王妃ヴィルマを魔女だ、連続殺人の犯人だと言って暴動を起こした。

 首は、その首謀者達のものである。加担するだけでも大罪。その見せしめで、従っていた者達からも無差別で二、三人選択された。


 その場にいる人数に反して、辺りは静かなものだった。誰も、何も言おうとしない。何も言えなかった。ここは国王の膝元。下手な事を言えば、謀反の意在りとして処罰されかねない。この、暴動を起こした者達のように。

 今や、国民の殆どが王家に疑念を抱いていた。城を離れた場へ行けば、流れてくるのはヴィルマの噂。ヴィルマは魔女だ、と。


 魔女。

 異質な力で人々を惑わし、脅かす存在。


 しかし国王マティアスは彼女を庇う。魔女と手を組んでいるのではないか。魔女に惑わされているのではないか。様々な憶測が市中を飛び交っている。

 役人や軍部の目を避けるようにして。彼らの耳に入れば、明日の日を見る事は出来なくなってしまうから。

 魔女への恐怖。王家への疑念。リム国は、負の感情で渦巻いていた。


 全ては、魔女の存在のため。


 ルエラは並べられた首に背を向け、広場を離れる。薄闇が街を侵食し始め、人々は足早に帰路を辿る。ここ最近、首都ビューダネスにて連続している虐殺事件。外傷は無く、いずれも魔法による犯行であった。魔女が、市内を跋扈している。


 ヴィルマは魔女だ。そう言われるようになったのは、いつからだったか。細かな事は、もう覚えていない。

 ただ、その噂は真実を囁いていた。ヴィルマは魔女だ。娘のルエラのみが知る秘密。


「魔女は皆に怖がられてしまうの。だから、誰にも知られては駄目。お父様にもよ。知られたら、火あぶりにされてしまうから」


 ヴィルマはそう、ルエラに言い聞かせた――ルエラも、魔女であったから。

 ヴィルマは魔女だ。しかし、彼女が事件を起こしているとは到底思えない。ルエラにとっての彼女は、優しい母であった。


「ボク」


 声を掛けられ、ルエラはふっと顔を上げる。髪をまとめて布の中に隠しているルエラは、少年に間違えられる事が多い。無許可で城を脱走する時、兵士達の目を欺くためによくこの格好を取っていた。

 妙齢の女性が、店の看板をしまいながらルエラに言った。


「もう陽が落ちる。早くお家に帰りなさい。霧が出てきた。魔女が出るよ」

「……」


 ルエラは駆け出す。

 女性は呼び止めるように声を上げたが、構わなかった。


 殺人の犯人でなくても、ヴィルマが魔女である事には変わりない。ルエラもまた、魔女である。それが国民に知られた時、リム国はどうなってしまうのだろう。真実を知った時、それでもマティアスはルエラらを家族として迎えてくれるのだろうか。しかし、例えマティアスが家族への情からルエラとヴィルマを庇ってくれたとしても、そんな事をすれば国民が黙っているまい。


 ルエラは、この場にいて良いのだろうか?

 魔女の存在は、人々を恐怖に陥れる。国に混乱を招く。ルエラも、ヴィルマも、きっとずっとこのままと言う訳にはいかない。いっその事、このまま城へ帰らず消え失せてしまうべきなのではないか。


 ルエラは息を切らして、暗い通りで立ち止まる。

 陽は完全に沈んでいた。夜闇に包まれた街。人々は戸口を閉ざし、家に閉じ篭もっている。外は、いつ魔女が現れるか知れないから。

 国とて、何も対策を打っていない訳ではない。移動魔法に対抗する守護魔法。市軍の魔法使いが中心になって、ビューダネス市中の家々にそれをかけて回った。閉ざされた家は、それだけで魔法への対抗手段となる。日が暮れると、皆家に閉じこもり鍵をかけ外には一歩も出まいとした。

 ここも、通りを歩く人影は無く大きな家々だけが両脇にずっしりと立ち並んでいる。どこかの家から、夕飯の良い匂いが漂って来ていた。


 空を見上げる。月も星も無い、真っ暗な空。

 振り返ると、遥か後方、家並みの向こうにリム城が見えた。城の辺りは、遠目にも灯りが多くやや明るい。城自体も、橙色の灯りにぼんやりと照らし出されている。

 城から目を背け、ルエラは歩を進める。


 いっその事、このまま城へ帰らず……。


 角を曲がったところで、ルエラは立ち止まった。

 曲がって直ぐ、花壇の陰に隠れるようにして一人の少女が蹲っていた。ふわふわの金髪を、二箇所で団子に結った少女。ルエラに気付いて顔を上げ、その大きな瞳と視線が重なる。


 ――その子の言葉は、暗闇をさまよっていたルエラに光を与えてくれた。生きていて良いのだと、言ってくれた。


 ルエラの存在を認めてくれた、小さな天使。

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