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第7話 出発

 月明かりに照らされる庭園。中庭ほどの広さは無いが、一本の木と茂みが植わったそこは安らぎの空間を作り出していた。


「いかがなさいました、姫様」


 警護に立っていたブルザが、ルエラに向き直る。

 夜も更けた時間。月は高く昇っている。ルエラは髪を払い、庭へと出た。塔の高い位置に作られた庭園からは、街が一望できる。下界は夜闇に沈み、通りには街灯が点々と灯されているのみ。研究所や軍部や神殿などだけが、ぼんやりと照らし出され暗闇に浮かび上がっていた。


 石の塀に腕をつき、ルエラは街を眺める。冷たい風が、ルエラの長い髪をなびかせる。

 ふと、肩に大きなコートがかけられる。軍部支給の、くすんだベージュ色のコート。


「ありがとう」


 ルエラは言って、組んだ腕に顔を半分埋める。

 そして、静かに告げた。


「……レポスで、ヴィルマの仲間に出会った。私がリン・ブローとして旅をしている事を、知られてしまった」


 ブルザが息を呑む。しかし、口を挟む事は無かった。

 ルエラは闇に視線を落とし、続ける。


「レポス国で、私の名を騙る者が現れたと言う話はしただろう。彼女を調べるために、連中も動いていたんだ。私は偽者に捕らえられ――素性が、ばれてしまった。偽者一味は連中の仲間に殺られて、その場から広まる事は無かったがな。ジュリア、と名乗っていた。ヴィルマの元、多くの魔女が集っているのだと。

 シャルザ村の惨劇も、恐らく奴らの仲間だ。プロビタス少佐の話は、ジュリアの話と酷似していた。仲間になるよう、誘われたらしい。それを断った結果、彼は故郷を滅ぼされ唯一の肉親である兄を奪われた。……私も、ジュリアに勧誘された」


「な……!」

「もちろん断った。それでも、考えておけというような事を言われたが。だが、どんなに考えようとも答えは変わらんさ。誰が第二のヴィルマになぞなるものか」


 ルエラは塀から腕を離し、振り返る。夜風に艶やかな銀髪が揺れる。翡翠色の瞳が、ブルザを真正面から見据える。


「恐らく今後も、奴らの接触はあるだろう。プロビタス少佐の例のように、連中は武力行為に及ぶかも知れない」

「……」

「城を――お父様やノエル、クレアさん、家臣や軍部の皆を頼む、ブルザ」


 意志の強い瞳。その表情に、迷いは無かった。


「リン・ブローの戸籍を調べに来た魔女は、間違いなく連中の仲間だ。目撃していながら、何故高いリスクを冒してまで書類を得ようとしたのか……確固たる証拠として、手元に置きたかったのかもしれない。確かな事は判らないが、連中の手は城にまで及んだ。この事実は変わらない。城に閉じこもったところで、安全だとは言い切れない。

 ならば私は、このまま旅を続ける。

 連中の接触を待つだけなんて、ごめんだ。こちらから赴いてやる。ヴィルマを捕らえる。連中の企みを暴いてやる」


 ルエラとブルザはしばし、見つめ合う。厳しい表情をしたブルザ。

 危険かも知れない。王女と言う立場を考え、自重するべきかも知れない。だが、護られて引きこもっている訳にはいかない。

 ふーっと、ブルザは長い溜息を吐いた。ルエラは緊張に身を堅くする。


「……姫様の実力は、よく存じ上げております。しかし、相手が複数、それも魔女となれば話が違う」


 やはり、反対するのか。ルエラは口を開こうとしたが、その前にブルザが言った。


「姫様が行くと仰るのであれば、私にはそれを止める術はございません。どうか、ご自愛ください」


 ルエラは目を瞬く。そして、ふっと笑みを零した。


「ああ。解っている」

「連絡はこまめにください」

「ああ」

「あまり、危険な事はなさりませんよう」

「ああ」


「ルエラ様のご無事を祈る者がおります事を、どうかお心にお留めになってらしてください」

「……うん」


 ルエラはうなずく。

 見渡せば、下界に広がるは穏やかな夜の街。昼間に暴動のあった魔法研究所も、何事も無かったかのように夜闇に浮かび上がる。一見、何も変わっていないかのよう。

 しかしこの闇の裏で全ては動き出している。もう後戻りする事は出来ない。逃げる事は出来ない。ならば、立ち向かっていこう。

 今は、一時一時が惜しかった。こうしている間にも、彼女らは準備を進めているかも知れないと言うのに。


「明日にも旅立つ。後は頼む」

「はい。毎度ながら、突然の事で」


 ブルザは苦笑する。

 一陣の風が、薄闇に包まれた中庭を駆け抜けて行った。

-Fin-

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