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第6話 暴動

 煉瓦造りの建物が並ぶ美しい町並み。そこは今、戦場と化していた。飛び交う銃弾。物々しい戦車が通りを塞いでいる。

 研究所の窓から現れた火炎銃に、その場が騒然となる。ここは街中だ。住民は避難させたものの、火災が広がれば犠牲も出かねない。


「消火剤用意!!」


 ゴーギャンが叫ぶ。火炎が通りへ向けて放射される。何処まで防げるか。何処までで被害を食い止められるか――


 襲い来る火炎に、放水がぶつかった。一瞬の押し合いの末、火炎は水に掻き消される。


 兵士達が振り返れば、そこに立つのは自分達よりずっと幼い銀髪の少年。第二波を迎え撃つためその場で構える少年の横を通り抜け、国軍とは異なる軍服の者達が前線に並ぶ。頬に大きな傷のある四角い顔の男ガロッテが、剣を手に声を張り上げた。


「これより私軍が援護する! 状況は」

「反乱軍一派は兵卒歴のある者達。研究所に押し入り、二階を拠点に市街への発砲を開始。

 研究所の所員達の安否は不明。奴らは人質を取る事も何らかの要求を突きつける事もありません。

 こちらは重火器の不調が多く、防戦一方です」

「不備だと?」


 再度放出された炎を水魔法で打ち消しながら、ルエラはやりとりに耳を傾ける。


「はい。整備したばかりの武器も例に漏れませんから、よもや裏に魔女がいるのかも……」


 正面の大扉が開いた。中から、隊列を組んだ男達が出て来る。一糸乱れぬ動きでその場に構え、最前列の者達が銃を構えた。


 水が、彼らを正面から襲った。びっしょりと濡れた地面と前列の者達。

 そこに流れる電流。前列の者達は感電し倒れ伏す。


「魔女が関わっているとなれば、操られている可能性もありますよ」

「君に言われなくても解っている。殺さないよう加減はしているさ」


 ルエラの言葉に、ブィックスは涼しい顔で答える。

 ベルランにより、火炎が操られ研究所へ押し戻される。ルエラは二階へと手をかざした。炎が燃え広がる前に水が浴びせられ、火炎銃とそれを操作する者達とが氷の中に閉じ込められる。ブィックスとソルニエの電流が、敵を次々と薙ぎ倒す。その背後から銃で援護射撃する一般の兵士達。


 ひたすら攻防を繰り返すばかり。

 ……妙だ。研究所の中には内側から厳重な鍵をかけられる部屋があるから、人質が無いのは所員がそこに立てこももった可能性も考えられる。

 だがしかし、要求が何も無いのはどう言う事か。あからさまなほどに派手な暴動。当然こちらは陽動である可能性を考え、一部の兵士と将軍以上の者達は魔法使いも含めて城の警備に残されている。

 だが果たして、彼らの目的はそこにあるのだろうか。あまりにも見え透いていて、守りを固められるのも予測出来るはずだ。それとも、こうして戦力を分散すれば突破出来るような策略でもあるのか。


 ルエラは水の噴出と凝固を繰り返しながら、対峙する者達一人一人を見つめる。虚ろな瞳。統率された動きで、こちらの呼びかけに答える事も無くこちらの動きに応じて作戦を変える事も無く、被弾も恐れず攻撃態勢をとる。こちらの銃は不調が相次ぎ、大半が使い物にならない――魔女が裏にいる可能性。


「……まさか」


 ルエラは呟くと、ふいと踵を返した。氷の壁を残して下がり、他の兵士達に紛れると戦場を脱した。



* * *



 ルエラが向かったのは、城だった。国王マティアスらの所ではなく、軍部。

 ルエラの隊の事務室は無人だった。直ぐに部屋を出て鍵をかけ直していると、背後から声が掛かった。


「……なぜ、君がその鍵を持っている?」


 ぴくりと、ルエラは肩を揺らす。

 ゆっくりと振り向いた先に、佇む人物。金の短髪に青灰色の瞳をした、長身の男。


「ブィックス少佐……暴動の沈静は、よろしいのですか? 魔法使いが抜けては、大きな痛手となるでしょう」

「それはお互い様だろう。私は命令も無しに戦場を脱走した部下を追って来たまでだ。

 もう一度聞く。なぜ、その鍵を君が持っている」


 ブィックスは、ルエラの手にある事務室の鍵を指し示す。王家の紋章が刻み込まれたそれは、隊のトップとは別に主である王族が各自己の隊の分を持つ物だった。


「姫様から預かりました」

「いつ? 姫様は今、ご自身の寝室にいらっしゃるはずだろう。レーン曹長が扉の前を護っている」

「姫様から命じられた任務のため、事前にお預かりしていた物です。

 失礼ですが、後にしていただけますか? 今はこんな所でゆっくりお話している場合ではありません」

「な――」


 ルエラはふと、彼の肩越しに見える扉に目を留めた。廊下の向こう、少し離れた位置に見えるのは資料庫だ。

 ルエラはそちらへと駆け寄る。


「あっ、おい待て!」


 ブィックスはルエラの後を追う。直ぐに立ち止まったルエラに当惑しながら、彼も立ち止まった。ルエラはゆっくりと取っ手に手を掛ける。

 鍵は掛かっておらず、資料庫の扉は静かに開いた。


 ――ここだ。


 本来あるべきはずの鍵が掛かっていない。その事実に、ブィックスも異常事態を察し押し黙る。辺りに気を配りながら、ルエラの後に続いて部屋に入って来た。


 室内に立ち並ぶ古い書棚の数々。書棚に並ぶのは、私軍に所属する兵士達の個人情報。学歴や戦歴、戸籍。

 ルエラは足を速める。一つ一つ書棚の間を見て回り、幾つ目か奥の方まで進んだ所で立ち止まった。僅かに聞こえた物音。

 息を詰めて耳を澄ませる。今度は確かに、ページをめくるような紙の擦れる音が聞こえた。


 ブィックスが先に動いた。

 書棚と書棚の間の通路に飛び込んで行く。


「何者だ!」


 ルエラも慌ててブィックスの後に続く。

 そこにいるのは、軍服を着た一人の女だった。緩いウェーブの掛かった赤毛を一つに束ねている。彼女は手にしたファイルを閉じ、礼儀正しく敬礼した。


「アンジェラ・トレンス。ビューダネス軍所属。階級は少尉でございます。……少佐こそ、ここで一体何を?」

「不可解な行動をとる部下を追って来たら、ここの鍵が開いていたものでね。市軍の兵がここに入るには、相当な手続きを踏まねばならないはずだが」


 アンジェラは無表情でブィックスを見上げる。ブィックスも決して逃す気は無かった。しばし睨み合った末、アンジェラは言った。


「軍に内通している者がこの暴動に関わっている可能性が高いとの事で、ソルニエ大佐より命を受けて調査しておりました」

「ほう。ソルニエ大佐か。確かに彼は、市軍の所属だな。――するとその軍服も、ソルニエ大佐からお借りした物なのか」


 アンジェラは首を傾げる。


「はい……? すみません。何を仰っているのか……」

「左肩をよく見たまえ」


 アンジェラは左肩に目をやる。腕をぐるりと巻くように刺繍された、蔓のような模様。

 ブィックスは己の左肩を指し示す。


「それは、魔法使いの軍服に入れられた模様だ。

 さあ、本当は何処の所属なのか、じっくりとお教えいただこうか? アンジェラ・トレンス少尉」


 アンジェラは厳しい視線をブィックスに向ける――そして、ニイッと笑った。


「私とした事が、大変なミスを犯してしまったみたいね……。でも、いいわ。目的の物は見つけた。後は、邪魔なあなた達を消すだけ」


 アンジェラが手をかざす。ブィックスは咄嗟に両手を前に突き出し、衝撃に耐えた。

 ルエラの出した氷の槍が、アンジェラに降り注ぐ。アンジェラはブィックスへの攻撃魔法を中断し、その場から飛び退いた。そして、両手を挙げ大声で呼ばう。


「おいでなさい、私のしもべ達!」


 いつの間に潜んでいたのか。辺りを取り囲む書棚の陰から、幾人もが姿を現した。暗い赤色の軍服に身を包んだ者達。覚束ない足取りで、ルエラらの方へと歩み寄って来る。

 ルエラはその中に、見知った顔を見つけた。


「――レーン曹長!」

「な……っ! 曹長! 姫様の警備はどうした!?」


 彼はルエラやブィックスの声など聞こえていない様子だった。レーンに限った話ではない。虚ろな瞳。研究所を占拠した者達と同じだ。彼らはアンジェラの暗示に掛かっている。


「クソッ。魔女め……!」


 レーンらは銃をルエラとブィックスに向ける。彼らの手に電流が走り、発砲は防がれる。取り落とした銃は、ルエラが水で押し流した。ルエラの背後で、どさりと人が倒れる。振り返れば、倒れた兵士の手には小刀。


「背中ががら空きだ、ブロー大尉」


 言いながら、ブィックスは襲い来る兵士達を電流で気絶させる。

 ルエラは床を強く蹴り、飛び上がった。ブィックスの頭上を一回転しながら飛び越え、その先へと手を突き出す。放出された水に押し倒される兵士。着地と同時に倒れた身体を蹴飛ばし、背中越しに静かに言った。


「ブィックス少佐こそ」


 ブィックスは一瞬、言葉に詰まる。そして、言った。


「無理はするなよ。私がいる」

「お心遣い、ありがとうございます」


 ルエラは棒読みで答える。

 電気と水と。ルエラはブィックスに背を向けたまま、目の前の敵のみに対峙する。彼がいる限り、背後の心配は無い。


「ふうん……あなた、水の能力者なの……」


 書棚の上に腰掛けたアンジェラが、意味深に目を細める。

 ルエラは彼女を振り仰いだ。


「降りて来い。一体何が目的だ!」

「あら。解ったからここへ来たのだと思ったけれど? リン・ブロー大尉。それとも……本当の名前で呼びましょうか?」


 アンジェラはちらりとブィックスに視線を投げかける。ブィックスは眉をひそめた。


「本当の名前?」

「……それを、返してもらおう」


 ルエラは、アンジェラの手にある封筒を指し示す。ファイルから抜き出された一人分の書類。軍にリン・ブローの籍を置くため、ルエラ自らが確認したとして押し通した物。当然、全ては捏造だ。両親の名も、出身地も、調べられれば実在しない事が判ってしまう。

 何とかして、取り返さねばならない。アンジェラにも、ブィックスにも、見られる前に。

 アンジェラは笑みを濃くする。


「そんなに見られたら不味い物なのかしら?」


 アンジェラは封筒を口元でパタパタと振る。


 不意に、銃弾が封筒そしてアンジェラの首筋を連続して貫いた。

 アンジェラの手から、蜂の巣状になった封筒がはらりと落ちる。彼女の身体は、書棚の向こう側へと倒れて行った。同時に、虚ろな目をしていた周囲の兵士達も事切れたように倒れこむ。


 ルエラとブィックスは書棚を回り込む。アンジェラはまだ動いていた。流血する喉元を押さえ、もう一方の手を床に突き起き上がる。

 ルエラは、彼女を取り囲むように水を放出する。


「電流を流せ、ブィックス!」


 電流の中に閉じ込められ、アンジェラは二の足を踏む。

 ルエラはキッと彼女を見据えた。


「逃げられると思うなよ」

「そうね……私一人じゃ、無理だったかも知れないわ。――すみません、ヴィルマ様。お手をお貸しください」

「な……」


 ルエラは辺りに視線を走らせる。


「待て!」


 ブィックスが叫び、手を伸ばした。

 しかし遅かった。キンと耳鳴りのような音がしてアンジェラの身体が青白い光に包まれる。

 光が消え、何も無くなった空間をブィックスの電流が通り過ぎ向こうの壁に焼け焦げを作った。


「クソッ、逃がしたか……!」

「ご無事ですか! ひ――」


 書棚の角を曲がって、散弾銃を手にしたブルザが駆け込んで来た。ブィックスの姿を見て、言葉を途切れさせる。


「ありがとうございます、ブルザ少佐。助かりました」


 ブィックスが何か言う前にと、ルエラは咄嗟に声を掛ける。


「暴動の方はどうなりましたか?」

「我々が表で敵の大半を相手取っている内に、ガロッテ大佐が内部に単身潜り込んでいてな。現場は制圧された。所員達は地下の管理室に内側から鍵を掛けて篭っていた。全員無事だ」


 ルエラはホッと息を吐く。ブルザは辺りを見回した。


「それで、魔女は」

「逃げられました……仲間がいたようです。――ヴィルマ様、と呼んでおりました」


 ブィックスが苦々しげに言う。

 ブルザはハッと目を見開いた。ルエラは拳を堅く握る。


「あのヴィルマの事なのか、分かりませんでした。姿を見せなかったので……。恐らく、移動魔法で負傷した仲間を遠くに呼び寄せたのではないかと」

「そうか……」


 ごそ、と周囲で物音がしてルエラ達は互いに背を向け身構えた。起き上がる兵士達。しかし彼らが攻撃してくる事は無かった。きょとんとした表情で、辺りを見回している。


「あれ……? ここは……?」

「ブルザ少佐!」


 青ざめた顔で、レーンが駆け寄って来る。


「すみません、少佐……! ここは一体……姫様は……扉前を警護している所へ魔女が現れて……姫様は……!」


 ハッと気が付き、ブィックスが駆け出そうとする。ブルザがそれを引き止めた。


「私とブロー大尉で確認して来る。ブィックス少佐はこの場を頼む。状況説明の出来る者が必要だろう。機密情報の並ぶ資料庫だ。可能な限り階級の高い者を置いておきたい。行くぞ、ブロー」

「はい」


 ルエラはブルザの後に続き、部屋を後にする。

 事態は収束した。安否を明らかにするためにも、ルエラ王女として無事な姿を見せた方が良いだろう。


 魔女の侵入。彼女も、ヴィルマの名を口にした。恐らく、レポスで遭遇したジュリアと名乗る魔女と同じ組織に属する者。

 彼女は、リン・ブローの素性を調べに忍び込んだのだ。既に、その正体については知られてしまっている。恐らく、その裏付けを取るために。


 後宮に上がり、寝室の前でブルザは立ち止まる。


「姫様」


 辺りに誰もいないのを確かめ部屋の戸を開けるルエラに、ブルザは言った。


「我々は、姫様の護衛隊です。護られる事に気兼ねなんてしないでください。それが、我々の任務なのですから」


 ルエラは振り返り、ブルザを仰ぎ見る。

 ブルザの黒い瞳が柔らかく微笑んだ。

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