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第5話 尋問

 翌日、ルエラはリン・ブローとして軍舎を訪れた。二〇四号室は、今日も引き続き捜査が行われていた。今日この場にいるのはブィックスとレーンの二人だけだ。ブルザは担当をはずれ、別の職務に回っている。

 ルエラを室内に通し、ブィックスは問う。


「紛失した物などは無いか?」

「……無い……ようですね」

「ブロー、お前は姫様の勅命を受けていたな? それに関する機密書類などは置いてないか。書類でなくとも、予定を書いた手帳とか」


 きつい口調で問いただすブィックスに、ルエラは冷ややかな視線を向ける。


「置いているはずがないでしょう。公的書類の持ち出しは、城内の軍舎とは言え厳禁ですから」


 ルエラはさらりと言う。

 王女としてブルザに持ち出しをさせている事もままあるが、それとは別の話だ。ブルザに持ち出しをさせる場合でも、彼自身が肌身離さず持つようにさせている。自身が不在の部屋に機密書類を放置するなど、あり得ない。

 ブィックスは苦い顔をして、更に問う。


「昨日一日、一体何処へ行っていた? 自宅に侵入者があったにも関わらず、帰って来ないとは」

「姫様のご命令で、市街に出ておりました。空き巣についても姫様から直々に伺いましたが、気にせず職務を全うしているようにと」

「姫様は、証拠が隠滅される可能性を防ごうとなさったんだな」


 ルエラは溜息を吐く。彼はまだ、リン・ブローの自作自演の可能性を捨て切ってはいないらしい。

 ブィックスは戸口へ向かい、ルエラを振り返った。


「ブロー大尉。幾つか尋ねたい事がある。来い」

「はい」


 ブィックスは部屋を出る。後に続こうとしたルエラを、レーンが引き止めた。

 ルエラは目を瞬いて彼を振り返る。


「……ブィックス少佐は、大尉を尋問するつもりだ」

「ああ。だろうな。別に構わんさ。聞かれて困る事など無い」


 この侵入は、完全に外部の者による反抗。ルエラにやましい事などない。ブィックスは陰険でしつこいが、そう簡単に冤罪を被せられるルエラではない。ブィックスも、本気でルエラを陥れようとはするまい。

 レーンは張り詰めた表情だった。ルエラの腕を掴んだまま、放そうとしない。

 探るように戸口に視線を向け、そして彼は声を低くして言った。


「……ブロー大尉。私は、この侵入はブィックス少佐によるものではないかと疑っています」


 ルエラは答えない。無言で、レーンを見つめていた。

 レーンは続ける。


「ブィックス少佐は、ご存知の通りブロー大尉を疎んでいます。姫様に優遇される大尉に、嫉妬しているんです。

 大尉の弱みを何か掴もうと少佐が躍起になっているのを、私は知っています。今回の侵入だって、ブロー大尉の自作自演の可能性を疑っているんです。下手をすれば、大尉に罪を被せようとするかも知れません。


 この部屋の鍵は、魔法によって焼き切られていました。ブルザ少佐に言われて城内の兵士の中から炎魔法または電流魔法の使い手を調べましたが――その中には、ブィックス少佐も含まれます。

 他の魔法の使い手も含めて調べると、他にはノエル様の隊のベルラン少尉や陛下にお仕えするプロスト少将、国軍のゴーギャン中将が上げられました。ビューダネス市軍にも範囲を広げれば、ソルニエ大佐も。

 しかし彼らは皆、この部屋が荒らされたと思われる時間帯のアリバイがあるんです。ベルラン少尉は同僚と食事中、プロスト少将は陛下の護衛、ゴーギャン中将やソルニエ大佐はそれぞれに会議中でした。


 執務室にこもっていた姫様の隊に属する、ブィックス少佐だけがアリバイが無いんです」


「それだけで彼が犯人だと断定するには、説得力に欠けるな。曹長らしくも無い」


 ルエラは、やんわりと腕を払う。


「大尉はいなかったから、分からないんだ!」


 レーンは声を荒げた。ルエラは目を丸くして、彼を見つめる。


「少佐の執着は尋常じゃない。今回の捜査だって、本来は俺とブルザ少佐だったのを自ら候補して来たんだ。大尉の弱みを掴もうと躍起になってる。

 城内に侵入するなんて、並大抵の人じゃ出来る事じゃないんだ。だけど彼なら、城内も軍舎も出入自由だ。それとも大尉には、外部から城内に侵入できるような心当たりでもあるのか?」


 ルエラはゆっくりと背を向け、戸口へと歩いていく。


「――大尉!」


 ルエラはぴたりと立ち止まった。レーンを振り返る。レーンの茶色い瞳は、ルエラの翡翠色の瞳を真っ直ぐに見据えていた。ルエラもそれを、見つめ返す。


「他に心当たりがあろうと無かろうと、彼を疑いはしないさ。確かに嫌な奴だけど、あいつはそんな事はしないよ」


 廊下から、ブィックスの声が掛かる。


「大尉、早く来い!」

「ええ、今参ります」


 呆然と立ち尽くすレーンを残して、ルエラは部屋を出て行った。



* * *



 ブィックスは、廊下の端にある小部屋にルエラを誘った。長机が一つと、壁を埋め尽くす書棚があるだけの実質物置のような部屋だ。棚に並べられた書物も、古色蒼然としている。

 ルエラを先に通し自身も部屋に入ると、ブィックスは廊下に視線を走らせ扉を閉めた。後ろ手に施錠する。

 扉の小窓から再度廊下を伺い、ブィックスはルエラに向き直った。


「ブロー大尉。幾つか聞きたい事がある」

「私にお答え出来る内容でしたら」

「まず、昨晩八時から九時頃、一体何処にいた? 市街に出ていたと言っていたな。具体的な場所は? それを証明して出来る物はあるか?」

「駅前におりました。姫様が汽車の発車合図を電話越しに聞いております」

「大尉のご両親は何処で何をしている?」


 ルエラは眉をひそめる。


「失礼ですが……その事が、何か今回の事件と関連でも?」

「大尉の素性を明らかにしたい。それとも、答えられない事でもあるのか?」

「父はジョン・ブロー。母はルナ。南部のワーミィで自営業を営んでおりましたが、いずれも事故により数年前に他界しました」


 リン・ブローとして軍に籍を置く際に、予め決めておいた設定。

 ルエラはすらすらと答える。軍に提示する書類にも記載してある内容だ。もちろん、確認はルエラの一存で行ったが。


「父親は魔法使いか?」

「いえ」

「では、魔法や戦闘については何処で学んだ? 士官学校の名簿に君の名前は無い。もちろん、教員にもリン・ブローなる生徒を覚えている者はいなかった」

「士官学校へは通っていません。幼い頃に何度か参加させて頂いた事はございますが、魔法につきましては独学が殆どです。

 父が魔法研究に興味があったらしく、家に書物が多々ございましたので。戦闘につきましては、護身術として父に教わりました」

「士官学校に通っていないなら、通常ならば兵卒からだな? だがブロー大尉は――」

「はい。姫様にお目をかけていただき、大尉の称号を授かり私軍に入隊致しました」

「それだ。何故、君ばかりが優遇される? 私軍に入れるだけならば、伍長で十分だろう」


 やはり。ブィックスが気に食わないのは、そこなのだ。

 同じ魔法使い。経験も、階級も、ブィックスの方が上。だと言うのに、リン・ブローはルエラ王女直々に任務を任され言うなれば特別な待遇を受けているのだから。


「伍長では、権限も限られるからじゃないですか? 姫様のお考えについては、姫様ご自身にお尋ねください。私では慮る事は出来ませんので」


 ブィックスは唐突に、ルエラの目の前に手をやった。よくよく見れば、その指には一本の長い髪の毛が摘まれている。銀色の、ややうねりのある髪。


「姫様の髪の毛だ。――君の部屋で発見された」

「昨晩、姫様も現場にいらっしゃったと伺いましたが」

「その前に見つかった物だ。姫様は、大尉の部屋にいらっしゃった事があるのか? 何故わざわざ、姫様が?」

「……」


 ルエラは差し出された髪の毛をじっと見つめる。

 それは確かに、ルエラの特徴と一致する物だった。ブィックスはすっと目を細くする。


「……髪の長さや化粧服装で印象は随分と異なるが、君と姫様は顔がよく似ている」


 ルエラは押し黙ったまま、青灰色の瞳を見つめ返した。まさか。

 ブィックスはルエラを見据え、言った。


「馬鹿な考えだとは思う。だが、他に考えようが無い……。

 リン・ブロー。君と姫様は――双子なのではないか?」


 ルエラはぽかんとブィックスを見上げる。ブィックスは至極真面目な顔で、己の壮大な推察を語り出した。


「姫様の母親はあの魔女、ヴィルマだ。君もその息子なのではないか?

 魔女ヴィルマは陛下をたぶらかしておきながら、悪魔との間に男女の双子を生んだ。しかし男児の方は悪魔の力を受け継いでいた。

 そんな者を王家に置くわけにはいかない。かと言って、曲がりなりにも王家の子。炉端に捨て置くのも忍びない。よって、私軍と言う立場を用意され特殊な扱いを受けているのではないか。

 ……いや。もしかしたら、一度は王家から完全に切り離されたのかも知れない。しかし運命的にも姫様と再会を果たし、兄妹だと知った姫様が秘密裏に立場を与えた。

 姫様のご性格からすると、そちら方が可能性が高いな……」


「お見事です、ブィックス少佐」

「では、やはり」

「魔法のみならず、小説家の才もおありになるんですね」

「な……っ」


 ブィックスは眉を吊り上げ、顔を赤くする。ルエラは溜息を吐き、言った。


「少佐の話が正しければ、姫様も陛下ではなく悪魔の子であると言う事になります。王家に対する、大変な侮辱ですよ」


 ブィックスは言葉を詰まらせる。


「今のお話は、聞かなかった事にしておきます。お話はそれだけでしょうか?」


 ブィックスは何も答えない。ルエラは一礼した。


「では、失礼します」


 言って、彼の横をすり抜ける。鍵を開け部屋を出ようとしたルエラを、ブィックスは呼び止めた。

 ルエラは取っ手に手を掛けたまま、振り返る。


「まだ何か」

「私は納得した訳じゃないぞ。姫様との間に何の関係も無いのならば、何故こうも特殊な待遇を受ける? 何故、姫様の方からわざわざ大尉の部屋に出向く?」

「姫様の事ですから、然して疑問に思う事でも無いと思いますが」

「それは……そうだが……」


 ブィックスは言葉を濁す。ルエラは普段から、立場を気にせず振舞う節がある。だからこそ、用のある一兵卒の所へ自ら赴いても何ら不思議ではない。しかしブィックスはまだ腑に落ちない様子だった。


 沈黙が部屋に下りる。

 ブィックスはリン・ブローの扱いに疑問を抱いている。そこに、何らかの関係がルエラとあるのではないかと疑っている。リン・ブローの正体がばれるのも、時間の問題かも知れない。


 沈黙を破ったのは、廊下を駆けてくる慌しい足音だった。扉が大きく開けられる。飛び込んできたのは、ブルザ。


「街で反乱分子による暴動! ただちに出動せよ!!」


 言って、ルエラを見てハッとする。しかし、ルエラは言い放った。


「今直ぐ参ります」


 有無を言わせず、ルエラは部屋を出る。軍舎の廊下は騒然としていた。首都での反乱。各隊主の護衛。城門守備の強化。現場への出動。ルエラはブルザを仰ぎ見る。


「現場は」

「魔法研究所に押し入られ、現在国軍が応戦している。我々も、最前線に」


 この場で魔法使いであるルエラを現場から遠ざけるのは、不自然極まりない。ブィックスもいるこの場では、ブルザも止めようがなかった。

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