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灰色の王女-火刑となりし男装王女の魔女狩り譚-  作者: 上井椎
第1章 漆黒と純白の輪舞曲
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第4話 隣町の魔法使い

「ああ、明日、会える事になった。だが、もう少しこの町にいようかと思う。少々、気になる事があってな……」

「承知しました。くれぐれも、お身体にはお気をつけて」

「ああ」


 チンと澄んだ音が、廊下に響いた。


「お仕事の電話ですか?」


 電話を終えたルエラに声を掛けたのは、宿の主人だった。

 昼過ぎに、買出しから帰って来たらしい。


 うなずきかけたその時、激しい物音が響き渡った。


 ガラスだ。

 場所は、外。


 ルエラは宿を飛び出す。

 近くの公園に、人だかりが出来ていた。

 地面に散乱した、ガラスの破片。横倒しになった六本の街灯。


 その中央に立つのは、うつむく一人の少女。


「な、何だよ、これ……」

「まさか……あんたがやったのかい?」


 物音を聞いて駆けつけた店の客達が、震える声で問う。


 少女はうつむいたまま、ぽつりと呟いた。


「……あんまり理不尽に責め立てるのは、どうかと思うよ」


 怒りを押し殺すような静かな声に、人々は押し黙る。


「ユマをいじめる奴は、僕が許さないから」


 アリーは顔を上げ、にっこりと笑った。






 翌日、ルエラは隣町の軍部を訪れていた。

 アリーは、通常営業を再開した宿の仕事だ。もっとも、昨晩の事があった後だ。アリー目当ての客は減ってしまいそうだが。

 ルエラを出迎えたのは、恰幅の良い中年の軍人だった。


「エルズワース少尉より、話は聞いております。私軍の大尉と言うから方かと思えば、まさかこんなにお若いとは。

 ルノワールに御用でしたね。すみません。市中の見回りが少々長引いているようで。間も無く、帰るでしょう」


 皆まで言い終わらぬ内に、キンと甲高い耳鳴りがした。次いで瞬く青い光に、ルエラは腕で目を覆う。

 音と光は一瞬で消え、その場には若い黒髪の男が立っていた。

 ルエラとは異なる赤い軍服。蔓を象った腕章も、手にした長い杖も、彼が軍属魔法使いである証だ。


「……移動魔法か」

「申し訳ありません、遅れてしまって。私がルイ・ルノワール。空間を操る魔法使いでございます」


 ルノワールは胸に手を当てると、優雅に一礼した。



 町を見たいと言うルエラの申し出で、二人は外へと出た。

 陽はだいぶ傾き、町には夜の帳が下りる。


 町は高低が激しく、至る所に階段がある。軍部は、中でもひときわ高い場所に建っていた。正面扉を出た所からは町を一望する事が出来る。

 煉瓦造りの家並みの向こうには、一筋の川が流れていた。川には、軍用車両も通れそうな大きな橋が架かっている。その橋を渡った先が、アリー達の住む町、ペブルだ。

 町には、そこここに白い光が灯っていた。ぼんやりとした柔らかな光。何にも支えられる事もなく、空中に浮遊しきらきらと輝いている。それらはどれも、川の手前までに留まっていた。


「ガス灯や電球ではないな……魔法か?」

「ええ。私の祖父によるものです。祖父は軍にこそ所属してはいませんが、昔からこの町に住み、人々に知恵や力を貸して暮らして来たそうです」

「光の賢者、だったか」

「ご存知でしたか」

「話には聞いた事がある。なるほど……この魔法が、異名の由来か。変わった魔法を使うのだな」

「祖父は、魔薬の使い手なんです」

「魔薬? では、あれは合成時の魔法反応か」


 魔法によって作り出される薬を、人々は魔薬と呼ぶ。調合は魔法使いや魔女にしか出来ないが、作られた魔薬は人間や、魔薬の使い手でない魔法使い、魔女も使用できる。ルエラの髪も、本来は長いものを、魔薬を飲む事で短くしていた。

 魔薬は、異なるものを混ぜると光を放つ。この町に浮かぶ灯りは、その反応を利用したものらしい。

 眼下に広がる、美しい純白の世界――ルエラが内に抱える漆黒の闇とは、相反する色。


「確か、姫様の命でヴィルマを捜していらっしゃるのだとか」


 ルノワールの問いに、ルエラは我に返った。


「……ああ。方々を回ってみてはいるのだが……何しろ、手掛かりがほとんど無い。

 ヴィルマとの関係性は不明でも構わない。ルノワール中尉は、何か魔女が関わっている可能性のある、奇怪な事件や事故などを聞いた事はないだろうか」

「奇怪な事件ですか……この町では、聞いた事がありませんね。一昨日の大火事も、物理的要因がはっきりしていますし……」

「軍人さーん!」


 呼び掛ける声に、ルエラとルノワールは振り返る。

 小さな男の子が、青い顔で駆けて来ていた。


「助けて! リサが川に落ちちゃったんだ!」


 ルエラとルノワールは息をのむ。ルノワールが問うた。


「川のどの辺りだい?」

「隣町に行く橋の所だよ! 早く!」


 男の子は、焦った様子で足踏みする。ルノワールはうなずく。

 突如、辺りが青い光に包まれた。




 次の瞬間、ルエラ達三人は、川原に立っていた。

 男の子は、目をパチクリさせていた。


「兄ちゃん、魔法使いだったんだ!」

「お兄ちゃん!」


 叫ぶ声に、男の子は振り返る。

 川の対岸は、積み上げられた石の壁になっている。流されまいと、壁の出っ張りに必死に捕まる女の子がいた。もう一人の兄と思しき男の子が必死に対岸の壁の上から手を伸ばしているが、到底届きそうにない。


「リサ!」

「あの子だね。

 君! 危ないから、下がりなさい! もう大丈夫だから」


 言うなり、再び青い光が今度はルノワールのみを包んだ。

 キン、と短く高い音が鳴る。ルノワールは川の中、女の子のすぐそばへと姿を現した。


「さあ! 捕まって!」


 ルノワールは女の子へと手を伸ばす。

 女の子は崖の縁を掴んでいた腕の片方を、ルノワールの方へと伸ばした。


 途端、支えの半分を失い、崖の凹凸を掴んでいた腕がずるりと滑り落ちた。


「リサ!!」


 ルノワールの手が、虚しく空を掴む。

 女の子の姿が、水の中へと消えた。


「リサ――――――!!

 ねえ! 兄ちゃんもリサを助けてよ! 兄ちゃんも、軍人さんなんでしょ!?」


 男の子が、ルエラに詰め寄る。胸ぐらには届かず、軍服の裾を掴んでいた。

 ルエラは動じず、ぽつりと呟いた。


「……心配ない」


 ボコッと水面が盛り上がる。

 持ち上げられた水面は、波となりルエラ達の方へと押し寄せて来る。


「うわ、わわわ……」


 男の子はルエラの服を手放し、後ずさりする。

 ルエラは平然と佇んだままだ。


 津波は、岸へたどり着く前にその高さを失った。

 文字通り弾け、中から小さな女の子が放り出される。ルエラは軽々と、その女の子を抱きとめた。


「怪我はないか?」

「う……うん」


 女の子は、何が起こったのか分からずに目をパチクリさせていた。


「リサー!」

「リサ!」


 女の子の兄達が、駆けて来る。ルエラは、そっと女の子を地面に下ろした。


「お兄ちゃん!」


 二人の兄の元へと、女の子は走って行く。

 キンと耳鳴りがして、青い光と共にルノワールがルエラの横に姿を現した。

 ルエラは呆れたように、びしょ濡れのルノワールを横目で見上げる。


「こう言うケースは、水魔法を使った方が早いだろう」

「残念ながら、水は私の専門外なんですよ。魔法使いにも、得意とする能力と言うものがあります。水魔法なんて稀少な力は、使えません。私の場合は空間で……」


 ルノワールは、軍服の裾を絞りながら答えた。

 ルエラは目を瞬く。


「水魔法が専門外? では、大火事を一瞬で消したと言う話は……」

「おい、聞いたか!? 隣の町で、学校の門が倒壊したんだってよ!」


 聞こえて来た声に、振り返る。橋の上に、話しながら通り過ぎる若者たちのグループがあった。


「隣町の学校って、金持ちの子供ばかり通ってるあの大きな学校か? 本当に事故かよ、それ。あんなでかい門がそう簡単に倒れるかあ?」

「魔女の仕業だったりして……」


 ルエラは、サーっと血の気が引いて行くのを感じた。

 隣町の学校。大きな門。


「おい! 君たち!」


 ルエラは、橋の上の男達を呼び止める。

 きょとんとする彼らに、早口で問うた。


「隣町の学校で事故があったと話していたな? それは、どこの学校だ?」


 彼らは、互いに顔を見合わせる。


「隣町の学校なんて、一つしかないよ」


 そう前置いて告げられたのは、ユマが通っている学校だった。

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