表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/149

第4話 闇に潜むもの

 夜の薔薇は、仄かに照らされている。中庭には茂みの影が落ち、そこかしこに闇を作り出していた。噴水は、灯火を受けてキラキラと輝いている。月明かりの下、ルエラは重いドレスを着てベンチに腰掛けていた。

 カサ、と足音が近付いてくる。やがて、茂みの間からブルザがその巨体を現した。


「お待たせして申し訳ございません、姫様」

「いや、構わない。軍舎の侵入については、何か判ったか?」

「いいえ……軍舎にいた者達にも聞き込みを行ったのですが、目撃報告も得られませんでした。隣の部屋の者も、ちょうど出払っていたそうで」

「そうか」


 元より、目撃者の期待などしていない。侵入者が魔法使いまたは魔女ならば、軍舎内に魔法で出現する事も可能だ。

 もちろん対魔法の防衛策は施してあるが、それを破るほどの力の持ち主だったのかも知れない。個室は更に防御を固め、瞬間移動が出来なくなっている。そのために、犯人は鍵を焼き切ったのだろう。


「姫様は……今回の侵入者に、心当たりがおありで?」


 ブルザは静かに問う。

 やはり、気付いていたのだ。ルエラはゆっくりと頷いた。


「……レポスで、ヴィルマの部下だと言う魔女と出会った」


 ブルザは目を丸くする。何も言わずに、ルエラの話を聞いていた。


「ジュリア……と、名乗っていた。彼女以外にも、ヴィルマと行動を共にする魔女は多数いるらしい。私も、来ないかと、言われた」


 ブルザは何も言わない。ただ、眉を吊り上げて厳しい顔をするだけ。


「当然断った。十年前の惨劇を繰り返すなんて、ごめんだからな。

 それが、レポス国中部ローバストでの話だ。――北部シャルザの話は、聞いているのだろう?」


 ブルザは重々しく頷いた。


「ええ……。魔女によって、山間部の村が殲滅されたのだとか。まさか――」

「いや。私がシャルザに着いたのは、村が焼き尽くされた後だった。魔女とも遭遇していない」


 ルエラは片手をひらりと振ると、立ち上がった。月明かりに照らされる薔薇の園。これらは、レポスから贈られた物だ。噴水の辺に立ち、片手で水面に触れる。すくった水は、月光にきらきらと輝きながら指の間から零れ落ちて行った。


「シャルザの魔女は、ヴィルマの名は口にしなかった……だが、同じ組織に属する者ではないかと、私は考えている。プロビタス少佐も、誘われたそうだよ。『我々と共に来ないか』と。プロビタス少佐なら直ぐに昇進出来ると言われたそうだ……。

 プロビタス少佐は彼女の誘いを断った。その結果が……シャルザの惨劇だ」

「姫様……」


 ルエラの背中に、ブルザの声が掛かる。

 水面に映る己の顔を見据え、ルエラは言った。


「何かが動き出しているんだ。我々の知らない、何かが。魔女は組織だって動いている。その力を日々、拡大させながら……。

 奴らに、私が魔女である事は知られてしまった。男装し身分を偽って旅をしている事も。今回の軍舎侵入は、奴らによるものではないかと思う。リン・ブローを、調べ上げるために」


 ぼうっと背後で燃え上がる音がした。

 振り返ったルエラの瞳に映ったのは、大きな火柱。……ブルザのいた位置。


「ブルザ!」


 駆け寄るルエラを遮るように、炎の壁が目の前に現れた。

 パチパチと火花の弾ける音と、ごおっと言う轟音が辺りに満ちる。ブルザの返答は聞こえない。


「ブルザ! 返事をしろ、ブルザ!! ……くっ」


 ルエラは炎へと手を翳す。魔法で水を出そうとしたが、炎を突き破って来た赤い光にルエラは弾き飛ばされた。噴水の淵に背をぶつけ、その場に崩れ落ちる。

 炎の中から現れたのは、ジュリアと名乗ったあの女性。


「貴様……!」

「お久しぶり、ルエラちゃん。お返事、考えてくれた?」

「ヴィルマと手を組むなど、断るに決まっているだろう! それよりブルザをどうした!」

「ん~? ああ、あのごっつい軍人さん? 彼はもう駄目よ~。燃やしちゃったもの。ごめんネッ」

「な……っ」


 悪びれる様子も無く言って、ジュリアはウィンクする。

 ブルザが死んだ? 信じるものか。こんなにあっけなく。こんなに突然に。


「信じてないって顔ね。ホラっ」


 炎が生き物のように揺らめく。

 大きな影が、炎に引きずり出されるようにしてルエラの前に転がった。炎に包まれた身体。それは、紛れも無く――


「ブルザぁ!!」


 ルエラは彼の元へと這い蹲る。

 嘘だ。まだ、助かるはずだ。火を消さなくては。


 燃え盛る炎に手を翳したそのとき、渡り廊下の一端から声が上がった。


「姉さん!」


 ノエルだった。彼は燃え上がる炎に目を瞬き、そしてこちらへと駆け寄って来る。

 背後で、ジュリアが彼に目を向けたのが分かった。ルエラは咄嗟に叫ぶ。


「駄目だ! 来るな、ノエル!!」

「姉さん、これは一体――その人は――」

「さようなら、王子様」


 ジュリアはノエルに向かって手を翳した。その顔に浮かぶ笑み。


「やめろおおおおおおお!!」



* * *



 暗がりの中、ルエラは目を覚ました。

 汗に張り付く衣服。うなされていたのか、息が荒い。まだ、鼓動が波打っている。

 もぞもぞと、上体を起こす。靴を足先に突っかけ、ルエラはベッドを離れた。窓を開け放し、テラスに出る。冷たい夜風が、ルエラの肌を撫でて行く。

 正面の塔の向こうに、夢に見た中庭が見えた。薔薇の茂みの中に紅い光を見た気がして、ルエラは身を竦めた。しかし直ぐに、巡回する兵士のランプだと気付く。


 ルエラは大きく息を吐く。

 馬鹿馬鹿しい。奴らが城内に侵入出来るならば、とうに侵入している事だろう。ルエラが断った、その直ぐ後に。――フレディ・プロビタスへの見せしめとなった、シャルザ村のように。


 テラスの柵の上で腕を組み、ルエラは暗い城下を見下ろす。

 見せしめとして殲滅された、シャルザ村。恐らく人質に取られたのであろうと思われる、フレディの兄。奴らはそれを、躊躇しない。


 事件の捜査で忙しく、今日の約束は取りやめになった。再度旅立つ前には話す予定だったが……果たして、話して良いのだろうか。奴らの事を話せば、それはブルザをも巻き込む事になる。口封じに命を狙われ兼ねない。

 彼は、数いる兵士達の一人に過ぎない。何も話さなければ、奴らの目にルエラの身近な者として映る事は無いだろう。


 フレディへの見せしめとして殺戮されたシャルザ村の人々。

 ブルザに、同じ道を辿らせたくは無かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ