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第3話 家族

 がらんと広い一室。否、幕とも言えるほど大きなカーテンが随所に垂れ、壁沿いには絵画や鎧が立ち並んでいるのだから、「がらんと」と言うのは不適切かもしれない。

 広間には赤い絨毯が敷かれ、私軍の兵士達が王座の脇に控えている。その人数は決して少なくはない。けれどもルエラは、このだだっ広い空間が虚ろに思えてならなかった。

 ルエラは王座の前へと歩を進め、その場に膝をつく。


「本日帰りました。お父様」


 言って、頭を上げる。正面の一段高い場所に据えられた金製の大きな椅子。そこに座るのは、堂々たる態度の男。ルエラとよく似た巻き毛の銀髪。人懐っこい丸顔が、くしゃりと破顔した。


「おお、よく帰った。ブルザから聞いてから、楽しみに待っておったぞ」

「ありがとうございます。ご心配おかけしました」

「本当に。あまり心配をかけるような所へは行って欲しくないのだがね……今回は、どれくらい城に留まっていてくれるのかね?」

「まだ明確には……」


 苦笑するルエラに、マティアスは大きく溜息を吐いた。


「まったく昔から……お前はもう少し、ひと所に留まる事は出来ないのかね?」

「良いではありませんか。するべき事はきちんと行っているのですから」

「出来ていなければ、それを理由にお前の自由奔放に過ぎる行動を止められるのだがね」


 言って、マティアスは肩をすくめる。ルエラは口元に手を当て、クスクスと笑っていた。



* * *



「あら。帰ってらしたんですね」

「クレアさん」


 マティアスへの挨拶を終え、後宮へと戻ったルエラ。重いドレスを着替えようと自室へ向かったルエラは、一つ奥の部屋を出て来た女性とかち合った。明るい赤毛の、可愛らしい雰囲気の女性。ノエルの実の母、クレアである。

 クレアは残念そうに眉を下げた。


「もう少し早ければ、夕飯をご一緒できましたのに。今日はノエルもお仕事で時間がずれちゃうし……。

 マティアスさんに挨拶して来たところですか? ノエルとは会いました? あの子、凄く楽しみにしてましたから……」

「ええ。会いました。実は、ノエルの研究所訪問に同行していて遅くなって」


 クレアは、ヴィルマとは全く違ったタイプの明るい女性だった。鈴のような声で、ころころとよく笑う。貴族出身でありながらも王妃と言う立場にも気取らず、顔をむくれさせて怒る事もあるし、ぼろぼろと涙を零す事もある。感情を真っ直ぐに表に出す、裏表の無い人物だ。だからこそ、マティアスは彼女を選んだのかも知れない。

 決して、悪い人ではないのだけれども。


「それじゃあ、私はお湯いただいて来ます」

「はい。おやすみなさい、クレアさん」


 クレアはにこにこと笑顔で、手を振りながら去る。決して悪い人ではない。義母と連れ子でありながらも、関係は良好だと思う。

 ……クレアがルエラの名を決して呼ぼうとはしない事を除けば。



* * *



 夕食後、ルエラは自室で書類の確認をしながら、ブルザを待っていた。部屋にあるのは、書類や書物の並ぶ棚とルエラの机。寝室はまた別にある。この部屋は、執務を行う専用の部屋だ。

 ルエラの服は、軽装。動きやすいワンピースだ。とは言え、城にある物なのだから質は良い。城外に出れば、貴族や上流階級の娘が普段着にしているような物。

 それでも、これで人前に出たら説教を受ける事になる。今はブルザが会いに来るだけなのだから問題無いだろう。基本的に、ルエラの隊はルエラにドレスを着せる事をあきらめている。


「遅いな……」


 書類の確認を一通り終え、時計を見てルエラは呟く。夕食を終えてから、もう一時間が過ぎている。ルエラはこの部屋にこもりきり、特別な任務を隊に命じてもいない。

 いつもなら、夕食後と言えば九時には顔を見せるのに。何かあったのだろうか。


 事務室に様子を見に行こうかと思い始めたところで、廊下を駆けて来る足音がした。

 入って来たのはブルザではなく、シリル・レーンだった。


「お忙しいところ申し訳ございません、姫様」

「ブルザからの伝言か?」


 レーンはうなずいた。


「はい――軍舎に、空き巣が。ブルザ少佐はそちらの現場捜査に当たっており、遅れるそうです。ご報告も兼ねて、参りました。ブルザ少佐とブィックス少佐、それから私が捜査を担当しております」

「少佐格が二人? 一体どこの部屋が入られたんだ」


 レーンは手帳をパラパラと捲る。

 告げられた部屋名に、ルエラの表情は凍てついた。


「二階二〇四号室――リン・ブロー大尉の部屋です」


 ルエラは即座に席を立ち、カーディガンを羽織る。そして、レーンの横をすり抜け部屋を出て行く。


「どちらへ?」

「現場だ」

「しかし――ブルザ少佐が、姫様は後宮にいらっしゃるようにと……。

 外部からの侵入者がいるやも知れませんし……」

「そのブルザの上に立つのは私だ」


 レーンは押し黙る。戸惑いながら、ルエラの後に続いた。

 案の定、軽装で後宮を出たルエラに咎める声が掛かった。それらをルエラは「緊急事態だ」の一言で黙らせる。レーンは申し訳無さそうに彼らに会釈していた。


 正面扉まで行くと遠回りだ。ルエラとレーンの二人だけなのだから、構わないだろう。何も言えないレーンを引きつれて、ルエラは中庭を抜け軍人用の戸口から城外に出る。

 間も無く、軍舎へと辿り着いた。慌てて立ち止まり敬礼する軍人達。位の高い者が、代表としてルエラの所へと駆け寄る。


「姫様、いかがなさいましたか」

「軍舎に侵入者があったそうだな。様子を見に来た。うちの隊の者の部屋だそうだから。担当の三人以外、お前も含めて各々通常の自分の業務を行っていろ」

「はっ」


 彼は敬礼し、引き下がる。立ち止まっていた軍人達も、彼の指示で元通り動き出した。

 現場に現れたルエラを見て、ブルザは目を丸くした。


「姫様! 後宮にいらっしゃるようにとお伝えしたはずです……!」

「己の分身とも言うべき部下の部屋が侵入されたのだ。悠々と引っ込んでいる訳にはいかないだろう。別の方で来ても、今のタイミングだと面倒臭そうだしな」


 ルエラは声を落として言い、ブルザの陰からブィックスにちらりと目をやる。ブィックスは窓の施錠を検めていた。

 家主として考えれば、リンとしてこの部屋に来た方が聞き込みも出来る。だがこの場にリンが来れば、ブィックスは間違いなく聞き込みと言うよりも尋問を行うだろう。面倒は避けたい。

 ルエラは傍らに立つブルザを見上げる。


「入っていいか?」


 ブルザはあきらめたように一息吐き、うなずいた。


「どうぞ。足跡などの手掛かりは探した後です」


 入って直ぐの左手にある扉は、ほとんど使っていないバスルーム。廊下と呼べる廊下も無く、直ぐ正面に寝室があった。ベッドが一つと、机が一つ。机の上の本棚や引き出しが全て引っ張り出されていた。咄嗟に視線を走らせるが、クローゼットは閉じている。


「衣服については本人も放置されたくない物もあるでしょうから、私が調べた上で片付けておきました」

「……そうか」


 ルエラは胸中で安堵の息を吐く。この部屋に下着は無い。それを他の者に知られれば厄介だ。


「やはり……」


 ブィックスの呟きに、ルエラらは振り返る。彼は、戸口の鍵を検めていた。


「何か判ったか?」


 ブルザが問う。

 ブィックスは立ち上がり、頷いた。


「魔法反応です。部屋の鍵は、焼き切られたと思われます。バーナーなどの非魔法的手段ではなく、魔法で。鍵の損壊に必要な部分しか壊されていません」


 ルエラとブルザは、戸口へと戻る。ブルザが屈み込み、鍵の差込口を確認した。

 その背中に、ブィックスは言う。


「ブローは水魔法の能力者です。本人の可能性は無くなりました。何らかの理由で騒ぎを起こす目的だとしても、炎または電流の魔法が使える第三者の侵入があった事に」


 ブルザは無言で頷く。そして立ち上がり、ルエラに向き直った。


「ブロー大尉は、姫様が特別な任務を与えてらっしゃいましたよね? その方面で何か心当たりはございませんか」


 ルエラの脳裏を、レポス国での出来事が掠めて行った。

 ヴィルマの下で動いていると言っていた魔女。ルエラの正体が彼女らに知られた事。北部での、魔女の勧誘を断った事による村の殲滅。

 しかし、ルエラは言葉を濁した。


「いや……」

「左様で……」


 ブルザは気付いただろう。心当たりがあると言う事。この場では言えない話だと言う事。

 彼はそれ以上ルエラには尋ねなかった。


「レーン曹長、城内の魔法使いの中から炎及び電流の使い手を洗い出してくれ」

「あ……ハッ」


 レーンはブィックスから視線を外し、慌てて敬礼した。

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