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第4話 魔女という事

 現場に戻ったルエラは、フレディを捜した。

 本部の築かれた広場で、彼は見つかった。広場の隅に腰掛け、長いリストに目を落としている。


「プロビタス少佐、少しよろしいですか」


 フレディはリストから視線を上げ、肯定するように微笑った。


「ブロー大尉……だっけ。違ったらごめんなさい。若しかして、同じぐらいの年齢ですか?」

「十六です」

「それじゃあ、一緒だ」


 彼は、微笑っていた。リストから目を放し、ルエラを見上げて。

 十六歳。魔法使いだの、賢者だの、村軍所長だの、天才少年扱いされていても、彼はまだ子供だ。なのに、全てを失ってしまった。自分を狙って来た者達がいたばかりに。


「プロビタス少佐には、思い出させてしまって申し訳無いのですが……魔女は、ヴィルマの名前は出していましたか?」

「いや……出していませんでした。話したので全部です。どうして?」

「姫様の勅命で、捜索しているんです」

「姫様? 大尉は、殿下の護衛じゃ――」

「いえ。彼とは旅の途中で偶然出会ったんです。私はリム国から参りました。リムの私軍の者です」

「そうだったんですか。遥々、ご足労様です。若しかして、ヴィルマが行方をくらました時からずっと? ――あ、違うか。同じ十六なんだっけ……」


 ルエラはぽつりと言った。


「……今、魔女達が集まり出しているのでしょうか」

「え?」

「別の町でも、あったんです。魔女が妙な組織に勧誘しようとして……その魔女は、ヴィルマは自分達の上司であると言っていました」

「本当ですか!?」


 フレディは立ち上がる。

 ルエラはうなずいた。


「何が起ころうとしているのか、私にも分かりません。けれども、事が大きくなる前に魔女を狩ってしまわないと――」

「……何もしていない魔女も、ですか?」


 ルエラはきょとんとフレディを見上げた。

 フレディは奇妙な表情だった。何か思いつめたような、複雑な表情。


「魔女は火刑……それって、正しい事なんでしょうかね」

「……どう言う意味だ?」

「あくまでも、個人的意見です。僕には魔女の全てが悪者だとは思えないんですよ。

 例えば今回だって、魔法使いである僕を勧誘に来ました。それについ先日東部で捕まったのも、魔法使いです。


 魔女と魔法使いの違いって、ただ性別が女性か否かだけなのではないでしょうか」


「女性が魔法を使えたら、魔女だ。それは、当然でしょう。

 魔女は害悪を齎す。確かに魔法使いにもいるかもしれませんが、だからと言って魔女が信頼に足る者だと言う訳ではありません」

「魔女でも、無害な者はいるのではありませんか? 犯罪に手を染めるかどうかは個人の意志による物で、魔女か否かなんて関係無いのではないでしょうか」


 ルエラは言葉を詰まらせた。

 コーズンで出会った魔女――あの老婆は、無害だった。だから、ルエラも見逃そうとしたのではないか。

 ぺブルの時もだ。無害なら、見逃したい。ルエラはそう言った。それは、例え魔女でも害悪の無い者はいると言う事を、ルエラは知っているからだ。


 ……それでは、なぜルエラは国王になる事を拒否する?


 魔女が国王になってはいけない。魔女が城にいてはならない。ルエラはずっと、そう思っていた。

 だが、魔女だからと言う理由は矛盾だ。己が魔女である事を非難しながら、他の魔女に対しては寛容になってしまう。ルエラ自身、魔女だからだろうか。結局、ルエラは魔女を罰する事は出来ないのだろうか――己自信も。


「プロビタス少佐!」


 カンク町軍の若い兵が駆けて来た。立ち止まって敬礼し、彼は言う。


「やはり、見つからないようです。村内にはいないのかも知れません」

「どうしたんですか?」


 ルエラは尋ねる。答えたのは、若い兵だった。


「プロビタス大尉――フレディ・プロビタス少佐の兄に当たるジェラルド・プロビタスが見当たらないんです。生きた姿も、死者の中にも。もしかすると――」


 人質。


 フレディもその可能性に思い当たったらしく、青い顔をしていた。フッとルエラも血相を変え、駆け出した。

 向かった先は、村長の家。門の所に立つ兵に、ルエラは声を掛ける。


「電話を借りたい。急用なんだ」

「電話って――」

「異国の者がすまない。城内の無事を確認したい」


 ルエラは、私軍所属を表すバッジを掲げる。兵は門を離れ、玄関から中を覗く。二言、三言話して、ルエラを振り返った。


「良いそうですよ」

「ありがとう」


 ルエラは家の中へと入る。玄関にあった遺体は、すでに運び出されていた。この家も、他に負けず劣らず燃やされていた。それでも通り道としての原型を留めているのは、他の民家よりも壁や柱が頑丈だからだろうか。どうも炎は、壁や床を伝ったのではなく空洞を通ったようだから。

 ダイヤルを回し、指を離す。緊張に張り詰めながら応答を待つ。

 プツっと呼び鈴が途切れた。女性の声が流れてくる。


「はい。こちら、リム城私軍特殊回線」

「私だ! ブルザ少佐はいるか!?」

「少々お待ちください」


 ――頼む。出てくれ……!


 ややあって聞こえた、ふてぶてしい声。


「お電話換わりました。どうかなさいましたか?」


 ブルザの声だ。

 ルエラは安堵し、へなへなとその場に座り込む。


「もしもし? 姫様ですか? もしもし!?」

「……ああ、私だ」

「驚かせないでください。まったく……」


 ルエラはハハッと笑う。


「すまない、すまない。忙しかったか?」

「そりゃあ忙しいですよ。何処かのお姫様が、ずっとお留守になさっていますからね」

「相変わらず手厳しいなあ」

「突然、どうしました。また、何か調べ物ですか? 今度は何の事件に首を突っ込んでなさるんですか?」


 そう言って電話口の向こうでレーンを呼ぼうとするのを、ルエラは遮った。


「いや、特にそう言う訳じゃないんだ。それじゃ、レーンもそこにいるんだな? 皆、そこに?」

「ええ、まあ」

「ノエルや父様は? クレアさんは?」

「ノエル様はご勉学中、陛下とクレア様は会食に出かけられました。何かご用でも? お伝えしましょうか?」

「そうか……皆無事か……」


 ふーっと長い息が漏れる。

 ブルザが聞き逃すはずがなかった。緊張に満ちた声が尋ねる。


「姫様、また何かございましたか」

「ああ……レポス国北部シャルザにいるんだが……私が帰るのと、話がそっちまで伝わるのと、どちらが早いかな。今、無理を言って電話を借りているんだ。帰ってから、詳しく話すよ。

 もう直ぐ、帰る。明日の始発で、ここを発つつもりだ。真っ直ぐビューダネスに向かうよ」

「お待ちしております。どうか、ご無事で」

「ああ」


 ルエラは頷き、受話器を置く。チンと言う澄んだ音が、焼け焦げた廊下に軽く響いた。

-Fin-

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