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第3話 信用

 夕暮れの中、燃え尽きた村を暗い青色の軍服を着た者達がうごめいていた。カンクの町軍が着いたのだ。生きている人はやはり見つからず、炭と化した死体ばかりが運び出される。

 ルエラ、ディン、フレディの三人は通りに立ち、それを眺めていた。


「目が覚めた時にはもう、生きている人はいませんでした。

 ……本当に、申し訳ありません。てっきり、奴らの仲間かと……。あの女は、僕を勧誘しました。つまりは、魔女だけでなく男も組織にいると言う事ですから」

「まあ、そんな事があった後なら仕方ねーさ。誰も怪我は無かった事だしよ」


 そう言って、ディンは二カッと笑う。


「プロビタス少佐、死亡者のリストを確認して頂けますか」

「あ、はい」


 カンクの軍人に呼ばれ、フレディはルエラ達に一礼してそちらへと離れて行った。

 ルエラは一歩前に出て、ディンに背を向けたまま言った。


「……少し話があるのだが、良いか?」

「ああ」


 返って来たのは、軽い返事。そのままディンは、ルエラの後について歩いて来た。

 軍服を着た者だけが動く村を、ルエラはスタスタと歩いて行く。途中、敬礼する軍人達に、ディンは手を振り労いの言葉をかけていた。


「王子様。一体、どちらへ――お供致しましょうか」

「ああ、いいよ。元々、護衛無しで旅してる最中なんだし。そっちの仕事もあるだろ?」

「しかし――」

「大丈夫だって。リンも一緒なんだから」


 ルエラは思いつめた顔で俯いた。


 ――こいつは、ルエラを信用し過ぎだ。



* * *



 村落を離れ山道を登る。しばらく行くと木々が晴れ、ルエラは立ち止まった。

 そこは小高い丘のようになっていて、崖から村を見下ろす事が出来た。焼け果てた村では、通りを行き交う人がよく分かる。一人、濃紺のマントを羽織っているのは、フレディだろう。


「殲滅なんてされていなければ、綺麗な景色が見られたろうになあ……」


 ディンは目の上に手をかざし、村を一望する。ルエラは暗い瞳でディンを見上げた。


 突如、氷の槍がディンを襲った。寸でのところで、槍と剣とがぶつかり合う。

 ルエラは冷たい瞳でディンを見上げる。


「……魔女だと知られて、そのままお前を放置すると思ったか?

 馬鹿な奴だ。私を信用して、軍の奴の付き添いを断るとはな」

「ルエラ……!?」


 ディンの頬を、一筋の汗が流れる。

 ふっと氷が溶けるようにして無くなった。抵抗を失った剣でそのまま切りかかりそうになり、ディンは慌てて向きを変えその場にすっ転んだ。


「――なんて、私が言ったらどうするつもりだ」


「ハハ。お前、役者だなあ。本気で焦っちまった」

「笑って済む話ではない。今お前は、私に殺されていたかも知れないんだぞ」

「お前がそんな事する筈ねえよ」


 ディンは「よっ」と立ち上がる。

 ルエラは俯いていた。


「……なぜ、そうも私を信用する」

「なんでって」

「一体、何を企んでいる?」


 キッとディンを見上げる。ディンは、唖然とした表情だった。


「大人しく『ありがとう』とでも言うと思ったか?

 私は魔女だ。同盟国の王女が魔女なのだぞ。お前が見逃す訳にはいかないだろう。私を見逃すメリットなど、一つも無い。あるのはデメリットばかり――事が露見した日には、お前も魔女を庇ったとして民の信頼を失うだろうな」


 ルエラは自嘲するように笑う。

 魔女は、信頼されない。当然の事だ。


「……でもお前、俺を守ってくれたじゃねーか」


 ルエラは眉をひそめる。


「ほら、クロス家でよ……お前、その魔法で俺を助けてくれただろ?

 他にも、お前はその力を人のために使うばかりだ。短い間だけど一緒に過ごして、お前は他の魔女とは違うって事ぐらい判った。

 俺が王子だって判っても、距離を置かないでいてくれたし……もっとも、それはお前も王女だからかも知れねえけど」


 そう言って、ディンは屈託無く笑う。


「でも、とにかく俺は信じたいんだ。リンとして出会ったお前の事も、ルエラ・リム王女の事も。――十年前に会ったの、覚えているだろ?」


 ルエラは無言で頷いた。

 階級を無くしたいと言うディンに王族としての責任を問うたのも、その時の会話があったからだ。ヴィルマに裏切られたショックで落ち込んでいたルエラに、ディンは被害者面をするなと言った。最も辛いのは、民なのだから。王族には王族としての責務があるのだと。


「――あの時から俺は、ルエラ王女を妃に迎えようと決めていたんだ」


 時が止まったような気がした。

 ディンは続ける。


「実を言うと、リム国王の再婚相手に連れ子がいるって聞いて、好都合だと思ったよ。その上お前、『王になる気は無い』って盛んに口にしているそうじゃねーか。それが本当なら、お前がリム国を引き継ぐ心配も無し。だろ?

 それに、判ったのはお前が女だったって事だけだ。実際城に出入り出来るのを見ない限り――」


 すっと、剣の切っ先がルエラの首筋に当てられた。


「――お前が、本物のルエラ王女を陥れているって可能性もある」


 ルエラは動じず、無表情でディンを見つめていた。そして、フッと口の端で笑う。


「……よく、妃にしたい女に対して剣を向けられるな」

「本当に斬るつもりなんてねぇよ。解ってんだろ?」


 ルエラは答えなかった。くるりとディンに背を向ける。


「悪いが、王にならないのは誰かの妻になるためではないぞ」


 言って、ルエラは元来た道へと去って行った。

 ディンはその背中を見送り、ふっと溜息を吐く。


「……ふられちまったか。ま、今の時点じゃ想定内だけどな」


 剣を鞘に戻そうとすると、こつんと何かに切っ先が触れた。そっと手を伸ばしてみると、剣とルエラとの間に薄い氷の壁が作られている。

 ディンは唇を噛んだ。

 彼女が剣を向けられて動じなかったのは、ディンが斬らないと解っていたからではない――例え斬りかかられても、防御出来る力があるからだったのだ。


 ディンは、まだ彼女に信用されていない。

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