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第2話 殲滅

 シャルザは、貧しい村だった。

 駅から山を一つ越え、更に奥に位置している。国の役所も無ければ、資金も入ってこない。山から木を伐り出し、井戸を組み、畑で作物を育て、人々は生計を立てていた。


「僕、軍人さんになる」


 フレディがそう言い出したのは、いくつの頃だったろうか。兄のジェラルドを始め村人達がたいそう驚いていたのを、よく覚えている。


 フレディ達には、両親がいなかった。父も母も、フレディがまだ物心つく前に亡くなってしまった。両親のいないフレディ達に、村の人達はとても好くしてくれた。

 そんな村人達に、フレディは恩返しがしたかったのだ。村は貧しい。資金源も無い。軍が出来れば、国からの資金が入る。村に軍部を作る。それが、フレディの目的だった。


 そして、その目的は叶ったのだ。

 十三歳にして、軍属魔法使い。軍部にはフレディとジェラルドの二人しかおらず、自然、村軍所長及び各部隊隊長も同時に担当する事になった。


 軍部が出来たとは言え、何も無い過疎の村。何か事件が起こる訳でもない。村人達にとって、フレディは誇りだった。特に年寄りは可愛がってくれて、巡回をすればよく声を掛けられた。

 その日も巡回と言う名の年寄りの話し相手をして回り、家に帰ったのは夜も遅い時間だった。

 家に帰ったフレディを出迎えたのは、兄のジェラルドだった。


「そろそろだと思ってね。ちょうど、夕飯を準備したところだよ。スターンさんがおかずを差し入れてくれた。フレディが外出中だって知って、ちょっとガッカリしているようだったけどね」


 茶化すようにジェラルドは言う。互いに、たった一人の家族だ。物静かな兄が軽口を叩くのは、フレディが相手の時ぐらいだった。


「今夜も俺が作ったんだから、明日の朝食はフレディが担当だよ。――まあ、どうせ色々差し入れもらって帰ってるんだろ?」

「まあね。ホワイトさん家の娘さん、カンク町軍に勤める男性と結婚が決まったそうだよ。親しい者同士集まって、お祝いしてた」

「それで遅かったのか。引き止められたんだろう」

「引き止められたけど、そう長居はしなかったよ。トーマスさんの所に行ってたんだ。だいぶ良くなってたみたいで、安心したよ。息子さん達が来てくれたお陰だね」

「ああ、来られたのか。遠くから、わざわざご苦労だね」


 ふと、ジェラルドが足を止めた。フレディも立ち止まり、前を見て目を瞬く。

 奥の部屋の戸口に、一人の女性が立っていた。黒い髪に、黒い瞳。その瞳に感情は無く、じっとフレディを見つめている。

 ジェラルドに目を向けるが、彼も知らない様子だ。裏口からでも入ってきたのだろうか。


 しかし、客人にしては遅い時間だ。シャルザから最も近い村に到着する汽車の最終は、夜の八時。大概の者は、その村で夜を明かしてから来る。夜行汽車もあるが、それに乗れば昼過ぎには到着するはずだ。

 迷子にでもなったのだろうか。この暗い夜道を歩き回ったなら、シャルザまで迷い込んで来てもおかしくない。


「どうかなさいましたか。どうぞ、そちらへお掛けください」


 フレディは彼女へと歩み寄り、部屋の中に置かれたソファを進めた。

 しかし彼女は動かない。ただその場で向きを変えて、フレディだけを見つめ続ける。


「あの……?」

「一緒に来て欲しいの」

「怪我人か何かですか? 状況は?」


 フレディはマントを羽織り、廊下を引き返す。ジェラルドもマントを取りに横の部屋へ入る。

 しかし、女性はその場に立ち尽くしたままだった。


「あなたみたいな人がこんな所で燻っているなんて、もったいないわ」

「何の話です? 来て欲しいって、一体――」


 玄関まで行きかけ、フレディは立ち止まり振り返った。

 女の瞳は、ただひたすらにフレディだけを見つめている。


「力が欲しくない? プロビタス少佐。私達の元へ来れば、あなたなら直ぐに昇進出来る」

「……何の話だい。僕はここを離れるつもりはないし、妙な組織に入るつもりも無いよ。悪いけど、他を当たってくれ」


 ガシャンと背後で大きな物音がした。

 振り返れば、玄関の所に置いてある電話が床に落ちていた。ダイヤルは破損し、もうどこへも繋がらないだろう。

 女はにたりと口元に笑みを浮かべた。


「ただのお誘いじゃないわ。命令しているのよ」

「断る! 脅しなんかされて、素直に聞くとでも思ったか? 僕を何処に連れて行くつもりだ。何をさせるつもりだ。僕は、この村から出て行くつもりは無い!」

「そう……この村があなたの足枷なの……」


 ふっと窓の外から光が差した。


「フレディ! 隣が!!」


 フレディは女を突き飛ばし、部屋に駆け込む。

 窓の外を見て、絶句した。隣の家に火の手が上がっている。何の前触れも無く、家は炎に包まれていた。


「スターンさん!!」


 フレディは家の外へと飛び出した。

 燃え盛る家の中に駆け込み、次々に部屋の扉を開ける。不思議と、廊下には通れるだけの空間があった。


「スターンさん! 無事ですか!? 火事です!! 早く――」


 三つ目の部屋の戸を開け、フレディは息を呑んだ。

 二つの火達磨。一つはもう、動かなくなっている。もう一つは床を這いずり、部屋の戸口を目指していた。


「ス、スターンさ……」


 どうして良いか判らない。

 恐らくこれは、隣人だ。けれども、全身は火に包まれ、激しく燃えている。かろうじて人型が見て取れるような状態。救出は絶望的だった。

 杖を握り締めるフレディの前で、這っていた影は手を床から離した。炎が消え黒ずんだ手を、こちらへと伸ばして来る。


「ス、スタ……う……」


 どさりと手は床に落ちた。そのまま、人影は動かない。どちらの影も炎は消え、黒い塊と成り果てていた。

 絶句するフレディの横から、赤い光が差し込んだ。窓の外を見れば、炎に包まれた正面の家。


 ふと、そこに女性の顔が覗く。


 あの女だった。フレディに、妙な話を吹っかけて来た女。女は口元に笑みを浮かべ、小馬鹿にしたように手を振る。


 咄嗟に外へと飛び出した。

 途端にフレディは、村の者達に囲まれた。騒ぎに気付いたのだ。


「フレディ、一体何があったんだい!?」

「スターンさんは無事なのかい」

「早く火を消さんと!」

「フレディ、ボールさん家も――」


 言葉は途切れた。つい先程燃えた家の隣も、火の手が上がったのだ。人々の間から叫び声が上がる。

 続いて、フレディの家を除く通りの家全てが燃え出した。炎は龍のように逆巻き、火柱を上げる。


「な、何だこりゃ!」

「飛び火したぞ!!」

「リズ! リズと家内がまだ中に!」

「飛び火でこんな直ぐに燃えるもんか! 魔法じゃないのか!?」

「魔女だ! 魔女の仕業だ!!」

「村にそんな女はいない!」

「どうしてお前達の家は無事なんだ! え!? フレディ!!」


 村人の一人が、フレディの両腕を掴んだ。慌てて他の者が引き止める。


「およしよ! フレディがこんな事する訳ないだろう!!」


 右往左往する者、家の者がまだ中だと嘆く者、駆け込もうとし周りに止められる者、魔女の仕業だと騒ぐ者、フレディに疑いの目を向ける者、鎮火に急ぐ者。

 それぞれが、それぞれに動き回る。


「駄目だ! もう間に合わない!」

「でも中に! 中にまだ……!」

「向こうにも火が点いたぞー!」


 少し離れた所に、新たな火の手が上がっていた。

 悲鳴が上がる中、フレディは咄嗟に駆け出した。何人かが声を掛けて来た気がしたが、それどころではない。


 あの女だ。あの魔女が、村を燃やして行っているのだ。

 止めなくては。捕らえなくては。


 角を曲がった所で、フレディは立ち止まった。炎を背景に佇む人影――あの魔女だ。


「どう? プロビタス少佐。決心は――」


 言葉が終わるのも待たずに、フレディの火炎が女を襲った。しかし炎は弾かれ、近隣の民家に飛び火した。慌ててそちらへ駆け寄ろうとしたフレディの行く手を、炎が遮る。

 フレディは、キッと彼女を睨んだ。そこへ、彼女の背後に村の人々が現れた。燃えている家と通りを見て、息を呑む。彼らが動く前に、フレディは叫んだ。


「逃げろ!」


 魔女が気付いた。

 炎が村人を襲う。フレディは咄嗟に間に飛び込んだ。焼けるような熱さ。炎は消え、フレディは膝をつく。火は消えても、痛みは継続していた。


「フレディ!」

「行って! 僕は大丈夫ですから!」


 叫び、振り返る。駆け出す村の人々の背中――その一人が、突然、爆発した。

 悲鳴を上げる間も無く、一人、また一人と順々に爆発していく。農家の若者、酒場の主人、よく差し入れをくれる女性、休暇で帰ってきていた男性、先日結婚が決まった若い女――フレディは言葉も発せず、悪夢のような光景を見つめていた。


 飛んで来た首を、思わず両手で受け取る。放り投げる事も、悲鳴を上げる事も出来なかった。

 音の無い空間を、甲高い笑い声が切り裂いた。


「さすがは、十六にして少佐になっただけあるわね。火に包まれても死なないなんて。まあ、同じ能力だからって事もあるんでしょうけど……」


 彼女は足を蹴り上げた。フレディの手元にあった首は吹っ飛び、炎の中に消える。そして彼女は、放心状態のフレディを覗き込んだ。


「自分の判断を後悔するのね、プロビタス少佐。あなたの足枷は、全て焼き払ってあげる……」


 フッと目の前が真っ赤になった。

 悲鳴も何も聞こえず、ただ熱と痛みの中に、フレディは意識を手放した。

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