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灰色の王女-火刑となりし男装王女の魔女狩り譚-  作者: 上井椎
第1章 漆黒と純白の輪舞曲
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第3話 魔女

 夕方には店もあらかた片付き、営業を再開した。

 事件の翌日と言えども人入りにはさほど影響もなく、宿は賑わっていた。

「アリーちゃん、昨日は格好良かったよ」

「えへへ……ありがとうございます」


 常連の年寄り衆に声を掛けられ、アリーは照れ臭そうに笑う。

 腕っ節に自身のある男が、残念そうに声を上げた。


「俺がその場にいればなあ! アリーちゃんを守ってやれたのに」

「あれだけ強ければ、あんたなんてお呼びじゃないだろうよ」


 客達の間から、笑い声が上がる。


「なあに? 何かあったのかい?」

「店を襲った盗賊を、アリーちゃんがやっつけたんだよ」

「あたしが聞いた話じゃ、百人の悪漢を一撃で倒したとか」

「いや、百人もいなかったし一撃じゃないです」


 噂話が妙に膨らみそうになるのを、アリーは慌てて訂正する。

 その時、カランカランと涼しい音を立て、店の扉が開いた。


「いらっしゃいませ! ……ユマ!」


 アリーの笑顔とは対照的に切羽詰まった表情で、ユマはアリーへと駆け寄って来た。


「アリー! 大丈夫? 何とも無い?

 昼間、窓から見ていたのよ。私、心配で心配で……!」

「大丈夫だよ。ちょっと痛かったけど、ちゃんと受け身も取ったし」

「良かった……」


 ユマはホッと息を吐く。


「直ぐに駆け付けたんだけど、外に出た時にはあなた達、もういなくて。

 そう言えば、リンは?」

「リンなら電話だよ。お城に連絡だって」

「ふーん……」

「おい」


 掛けられた声に、アリーは振り返る。

 身なりの良い長身の男が、アリーの後ろに立っていた。アリーは、にっこりと営業スマイルを浮かべる。


「いらっしゃいませ。お食事ですか? それとも……」

「昨日の火事は、あんたらの仕業なのか?」


 アリーは目をパチクリさせる。

 男の視線は好意とは程遠く、アリーを睨み据えていた。


「えーと、ごめんなさい。何の話だか……火事って、川沿いの道の?」

「とぼけやがって。あんた、あの時火のすぐそばにいたそうじゃないか」

「確かにいたけど、それを言ったら他にも人が……」

「それに今日も、学校のそばで妙な丸い凹みが出来ていたそうじゃないか」


 男は、ジロリとユマを横目で見る。学校から直接宿へやって来たユマは、制服のままだった。

 アリーは、男の視線からかばうようにユマとの間に割って入る。そして、背後の親友に囁いた。


「……ユマ、行って」

「でも……」

「大丈夫だから」


 ユマはこくんとうなずくと、逃げるように店を出て行った。

 アリーはギロリと男を睨みあげる。


「……ユマが魔女だとでも言うつもり?」

「火事も穴も、何の原因も分かっちゃいない。こんな妙な事が立て続けに起こって、疑うなってのが無理な話だろう。それとも、何だ? あんたは、魔女をかばうって言うのか?」

「ユマは魔女なんかじゃない!」

「そう言えば、昨日の夜も……」


 アリーと男の論争を見守っていた客の中から、呟く声がした。


「昨日も、あの子が襲われそうになった時に窓が一斉に割れたわよね?」

「な……っ」


 アリーは言葉を詰まらせる。不自然な割れ方をした窓。そのタイミングは、あまりにもユマにとって都合が良かった。


「アリーちゃん、騙されてるんじゃないかい。魔女ってのは、例え友達だろうと簡単に裏切る生き物だよ」


 哀れむように老婆は話す。アリーは大きく、かぶりを振った。


「ユマは魔女じゃない……! 今日の昼間だって、僕とリンも現場にいたけど、ユマは何もしてなかった」

「外から見える位置にあの娘がいたのか?」


 男は間髪入れずに問う。

 事が起こったのは、高い塀の外。校内のどこからでも見える訳ではない。


「それは……」


 バリンガシャンと言う激しい物音が、店内の口論を遮った。


 反射的に窓を見たが、何ともない。音が聞こえたのは、もっと、遠く。

 アリーは、店を飛び出した。

 音は、すぐ近くの公園の方から聞こえた。そしてその公園の方向にあるのは、ユマの家。


 夕闇の中、木々に囲まれた公園は薄暗かった。

 ガス灯の明かりがないのだ。いつもなら、この時間にはとうに点いているはずなのに。

 パキ……と小さな物音がして、アリーは足元を見る。

 ガラスの破片が散らばっていた。少ない光源に照らされ、キラキラと輝いている。


「アリー……」


 か細い声に、アリーは首を巡らせる。

 木々の間を抜けた広場の中央に、一本だけ無事なガス灯が佇んでいた。


 そしてその下に、怯えた表情でこちらを見つめるユマの姿があった。

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