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第1話 王になれぬ者

 車窓の景色は、ぐんぐんと後ろへと流れて行く。煙の引く工場地帯を尻目に、汽車は次の町へと走る。街中へ向かっている事もあり、田舎風景は稀に広がるのみだ。太陽は東の空たかく昇り、空は青く晴れ渡っている。

 ルエラは汽車の窓枠に腕を乗せ、自国にも似たその景色を眺めていた。


 不意に、正面の席で紺色のコートを掛けて眠っていた少年が動く。彼は横の壁から身体を離し、大きく伸びをした。ルエラは、翡翠色の瞳を彼へと向ける。


「すまない。寒かったか?」

「ん? ――ああ。いや、平気。この辺は、リムと似てるか?」


 開け放された窓に目をやり、ディンは尋ねた。


「まあな。煙突は無いが。

 それにしても、護衛もいないのに熟睡出来るとは、無用心なものだな」

「平気、平気。顔分かる程の奴が、こんな所にいるとは思えないし、一応剣は直ぐ抜けるようにしてるしよ」


 ディン・レポスは、ここレポス国の王子だった。とある事件でルエラは彼と出会い、レポス国北部に住まう最年少魔法使いを紹介してもらう事になったのだ。

 呆れた眼差しで見つめるルエラに、ディンは笑った。


「それに、リンも一緒だしな。久しぶりに、外でぐっすり眠れたよ」


 リン、と言うのはルエラの偽名だ。

 ルエラはリム国の王女である。銀色の髪は短くし、リン・ブローと言う名の少年で通している。

 素性を隠し旅をしていると言う点では、ディンと等しい。けれど、ルエラの方は彼に正体を明かしていなかった。明かせなかった。


 ルエラは、魔女なのだ。


 魔女は火刑。それが、世界の理だ。

 人々にとって魔女は、人間でさえない。十年前の事件が、尚更人々の魔女への憎悪を掻き立てた。

 リム国王妃、つまりはルエラの実の母であるヴィルマが、魔女だったのだ。彼女はルエラの父、国王マティアスやルエラを欺き、多くの人々を虐殺していた。

 現場をマティアスに目撃されたヴィルマは、そのまま行方を晦ました。ルエラは、彼女を捜し出すべく旅をしている。


 ルエラは、ディンの前で魔法を使った。

 ここで正体をばらす事は、魔女だとばらす事になってしまう。


「今、どの辺だ?」


 ディンは寝癖をとかし、懐中時計を取り出す。時計の蓋には、レポス国王家の紋章があった。


「二十分程前に、ソルトンを出た。確か、途中お前の知人の所へ行くのだったよな?」

「ああ。それじゃ、昼過ぎにはローバストに到着しそうだな」


 ディンは時計の蓋を閉じると、再び鞄の中へとしまう。ルエラは紋章の付いた時計を目で追っていた。


「……確かに一般市民は王子の顔を知らなくても不思議ではないが、流石に王家の紋は分かると思うぞ」

「ん? これ? 格好良いだろ」


 ディンは、自慢げにニヤリと笑う。

 ルエラは、これ見よがしに溜息を吐いた。ルエラの様子に、ディンは肩をすくめる。


「これ位近くにいない限り、彫ってあるだけの同色の紋なんて分からねーよ。お前には話してあるんだから、隠す必要なんか無いだろ? 大丈夫。普段時計必要な場合は、こっち使ってるから」


 そう言って、腕を捲くる。腕時計の縁が、日の光を浴び銀色に輝く。文字盤に刻まれた数字は基本的に白のようだが、光に当たると様々な色に輝いていた。どうやら、宝石を使っているらしい。


「別に時計があるなら、態々王家の紋が入った物を使わなくても良いだろうに」

「結構気に入ってんだよ。まあ、軽く自慢。王子として見る奴らに言ったって、ただ褒めるだけだし、見ても質とかの方に目を向けるから、つまんねーんだよ。お前なら、同等の立場で話してくれるからな」


 ルエラはこめかみを押さえる。十年前に出会った時も彼はこう言った人物だった。同一人物である事は確かなのだが、それにしても、彼の言動は到底王子の物だとは思えない。

 ディンは頭の後ろで腕を組み、椅子にもたれかかる。


「それで、あいつが町に出てるのも、やっぱ王になるための修行みたいなもんか?」


 あいつとは、恐らく王女としてのルエラ自身の事だろう。

 ルエラは無表情のままだった。ぽつりと、呟く。


「……姫様は、リム国王にはなられないだろう」


 ディンは目を瞬く。


「恐らく、ノエル様が国王となられる事だろう。元々は王族でなかったとは言え、それを補って余りある程にノエル様は勤勉でいらっしゃる」

「どんなに王子が立派でも、ルエラの方が血筋は国王の座に近いだろ。

 王子って、現在の妃の連れ子だろ? リム王子には悪いが、王女がなった方が後腐れ無いんじゃねーか?」

「姫様は、国王にはなり得ない。リムの国民は、彼女が国王になる事を良しとしないだろう」

「な……っ。でも――」


 ルエラは真っ直ぐにディンを見つめる。

 翡翠色の瞳に射抜かれ、ディンは怯んだ。瞳に強い光を湛え、ルエラは言い放つ。


「彼女はヴィルマの娘だ」


 ヴィルマの娘。……要するに、魔女の娘。


 例えルエラが魔女だと世間に知られずとも、ルエラに不信感を抱く民は多い。

 十年前、ヴィルマが魔女だと知れ渡り、どれ程ルエラの存在が反感を買った事か。ヴィルマの娘だと言うだけで、ルエラも魔女なのではないかと疑う者は多かった。国を挙げてヴィルマを追ったが、彼女は捕まらなかった。


 ならば、ルエラ王女の首を掲げろ。


 何処からとも無く、そんな意見が飛び出て来た。

 ルエラは魔女の娘だ。魔女の娘であるルエラに、王女の資格など無い。ヴィルマを誘き寄せる餌に使ってしまえ。

 城内の臣下にさえもルエラを敵視する者が現れ、ルエラは居場所を失いかけた。マティアスが一喝しなければ、ルエラが王女であり続ける事は出来なかった事だろう。


 国王が「私の娘だ」と宣言したとは言え、ルエラがヴィルマの娘でもある事実に変わりは無い。

 まして、ルエラは事実魔女なのだ。それが国の頂点に立つ訳にはいかない。


「――お前の意見には、同意出来ねぇ」


 ディンは厳しい視線をルエラに向けていた。


「お前、王女の勅命で旅をしてるって言ってたよな。それだけ信頼を置かれているのに、そんな言いようはねーだろ」

「確かに王族も人だ。けれど、お前には悪いが民にとって王族は王族だ。それに変わりは無い」

「それは分かってる。それでも、あいつの事そんな風に言うなよ。あいつ自身に非がある訳じゃねーだろ。ヴィルマに気付かなかった事を責めるならまだしも、『魔女の娘』なんて……」

「事実だろう。何をそんなに熱くなる。これは、リム国の問題だ」


 ルエラの返答は淡々としていた。

 ヴィルマの罪が露見した時から、覚悟し続けてきた事だ。ルエラは国王にはなれない。城にい続ける訳にはいかない。


「あいつだって、一人の女の子だ」


 ディンの表情は真剣だった。

 正面からルエラを見据え、言い諭すように話す。


「ヴィルマの娘だろうと、王女だろうと、それ以前に一人のか弱い女の子なんだ。悩む事も、涙を流す事もある。それでも、民にはそんな姿見せずに一生懸命頑張ってるんだ」

「お前の話を聞くと、何処か別の国の王女の話のようだな」

「茶化すなよ。

 それに、結果だって出してるだろ。魔女調査報告の義務化、金の無い者でも診てもらえる医療機関の設営、魔薬の一般化に向けた研究の推進――

 まだ十六なのに、これだけやってのけてる。それに、リムは雨季でも水没の話を聞かない。危うい堤も、それまでには全て固めてる。

 こう言うのは大抵、手が回らなくてどこかが犠牲になるもんだ。けれどリムは取りこぼしが無い。ギリギリの所で抑える。どこの堤を優先するか、リム王女の判断だって聞いたぜ」


「調査報告については、まだ徹底出来ていないがな。それに、元々はヴィルマが始めたものだ」

「そうにしたって、十分に優秀な王女じゃねーか。次期国王にぴったりだと思うぜ」


 ルエラは言葉を返さない。

 何と言われようと、ルエラが魔女の娘、そして自身も魔女である事実は変わらない。ルエラの決意もまた、揺るぐ事は無かった。国王の座は、義弟のノエルにゆずる。ルエラは表舞台を降り、陰でサポートする立場になる。

 ディンは頭の後ろにやった手を前に持って来て、肘掛に肘をつく。


「……で? お前、やっぱり何かまだ隠してるだろ?」

「何の話だ?」

「普通の軍人が、そんなに堂々と自国の王女を批判出来る訳無いだろ。俺へのタメ口だって、軍人にしちゃあ順応早いしな」

「リムでは実際、声高に言われてきた事だ。口調については、お前が親しみやすい人柄だからだろう」

「それは、遠まわしに貶してるのか?」

「一応、褒め言葉のつもりだが」

「んじゃ、素直に喜んどくよ」


 そう言って、ディンは悪戯っ子のような笑みを見せた。

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