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第6話 正体

 隠し部屋の壁を壊し、ルエラとメアリーは無事保護された。隣に座るメアリーを、ルエラは気遣うように見る。

 メアリーは俯き、落ち込んでいた。無理も無い。血は繋がっていないとは言え、兄だった人間にここまでの仕打ちを受けたのだ。隙間の所を塞ぎ、ディンが彼の腕を落とす所は見せなかったが、それでもショックは大きいだろう。


 屋敷の中から、トムが軍人に囲まれて姿を現す。

 不意に、メアリーは立ち上がった。周囲の軍人による制止の声も聞かず、彼女はトムの前までスタスタと歩いて行く。

 パチンと身の竦むような音が響いた。止めに入ろうとする軍人を、ディンが抑える。

 メアリーは、それ以上殴りはしなかった。情けない表情のトムを見据え、一喝した。


「お兄様の馬鹿! 私、兄として慕っていたんですよ!」


 トムは何も言わない。ただ罰が悪くて、顔を背けた。

 ふっと、メアリーは悲しそうに微笑む。


「……ちゃんと反省して、早く出てきてくださいね。私、待っていますから」


 トムは目を見開き、メアリーを見つめ返す。


「お前……私は……」

「私一人じゃ、まだまだ力不足なんです。私には、お兄様が必要なんです」


 そう言って、再び下がる。

 会話が終わり、軍人達は再び彼を連れて歩を進める。トムを連行する軍人の一人が、ぽつりと呟くように話しかけた。


「いい妹さんじゃねぇか」


 トムは、ただ無言で頷いた。



* * *



 トムは車に乗せられ、連れて行かれた。軍人の一人が、ディンに問うた。


「王子様はこの後、いかがなさいますか?」

「ん? ああ、詳細説明が必要だろ。行くよ」


 ディンは軽く答える。

 ルエラとメアリーは目を瞬く。今、軍の者は何と彼を呼んだ?


「では、車を手配致しますので――」

「ああ、いいよそんなん。来た時と同じで、お前らと一緒に乗せてくれりゃいいから」

「しかし――」

「王子の為に車手配とかしていたら、何事かと思われるだろ。お忍びだから、あんま大袈裟にしないでくれ」


 軍人は了承し、引き下がる。

 ルエラは立ち上がり、ディンの所まで歩み寄った。


「……あなた、王子様でいらしたんですか」

「棒読みだな、おい」


 ルエラの取り繕っただけの敬語に、ディンは苦笑いする。


「もっ、申し訳ありませんでした!」


 ディンは振り返る。メアリーが、深々と頭を下げていた。


「わ、私、王子様だなどとは知らず、数々のご無礼を……!」

「ああ、お前はほんと無礼だったな。王子様相手に、言いたい放題言ってくれて――」


 メアリーは、頭を下げたまま震えている。

 その頭を、ディンはくしゃりと乱暴に撫でた。


「――なんてな。別に、そんな硬くなる必要はねーよ。

 敬語も無し! 今更だろ」


 そう言われメアリーは顔を上げるが、まだ困惑顔だった。


「何だぁ? らしくねーな。昨日からの威勢は何処行ったんだよ。高慢ちきで高飛車なのが、お前だろ。

 ほら、高慢な言い方してみろって。『それで、あなた達を雇うわ。護衛をしなさい』って。さん、はい!」

「『さんはい』じゃないわよ! 人が下手に出ていれば!!」

「おっ、元に戻った」


 そう言って、ディンは無邪気に笑う。メアリーはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 ルエラは、メアリーに鞄を差し出す。昨日渡された、メアリーの鞄だった。


「もうお前が不安を感じる事も無いだろうから、これは返す。中身は使っていない」

「あ……」

「だが、若し最初からお前を裏切るつもりの輩なら、金でも縛る事は出来ないとおもうぞ」


 かあっとメアリーの顔が赤くなる。大人しく鞄を受け取り、俯いた。


「あの……ごめんなさい……」


 ルエラは微笑む。


「それだけ、不安だったのだろう?」

「……」


 メアリーは俯いたままだった。

 ディンはルエラを振り返る。


「お前も、今まで通りでいいぜ」

「ああ、分かった」

「お前は逆に順応早ぇな……」

「敬語でなくて良いのだろう?」

「ああ。……俺は、今の『国』って奴が嫌いなんだ」


 そう言って、ディンは真剣な表情になる。


「形ばかりの無駄な階級制度が嫌いなんだよ。

 今回の事件にしても、撃たれたのは一般の少年って事にするつもりだ。王子となると、罪は一気に叛逆へと重くなる。罪を犯した奴を庇う気は無いけど、それはおかしいだろ。どんな立場だって、人は皆一緒だろ?」


 ルエラもメアリーも、うなずく事は出来なかった。王族を傷つければ叛逆の罪に問われるのは当然の事だ。生まれた時から階級があり、それに従って暮らす二人にとって、ディンの考えは理解し難かった。

 特にルエラは、困惑の色を隠せなかった。王家である事を自覚し、引っ張っていく責任を持てと言ったのはディンだ。その彼が、今では階級は嫌いだと言う。


「だが……お前を批判する訳ではないが……王家は、引っ張っていく義務があるのではないか? その立場を、自覚するべきなのでは?」


 一瞬、ディンが驚いたような表情を浮かべた。この話は、ルエラ王女がされた物だ。正体がばれただろうか。

 しかし、特にディンはその事について言及しなかった。


「ああ。引っ張る立場の奴は、それを自覚するべきだ。それとこれとは、話が違ぇよ。

 俺は、責任を放棄しろと言ってるんじゃない。人の扱いは、平等であるべきだと言ってるんだ」


 それでもまだ、ルエラとメアリーは首を捻っていた。

 ディンは寂しそうに笑う。


「ま、無理もねーよ。階級が当たり前の国だもんな。リムも、そうなんだろ?

 俺は、それを変えようと思ってる。もっと、民の意見が上に通じるような、そんな国にしたいんだ。

 楽しみにしてろよ。俺が国王になったら、レポスは大きく変わるぜ」


 そう言って、ディンはニヤリと笑う。とても王子とは思えない、悪戯を企む子供のような笑顔だった。


「王子様。準備が整いました。こちらへ」

「ああ、サンキュ」


 軍の者に案内され、ルエラとメアリーもディンと共に車へと向かう。

 歩きながら、ディンはルエラに問うた。


「で、お前は?」

「私が何だ?」

「しらばっくれてんじゃねーよ。お前も、まだ何かあるんじゃねーか? 私軍の尉官ってだけじゃなく、魔法使いだったみてーだしよ」

「魔法使いだから、私軍の尉官になれた。何の不自然も無いだろう。魔法だけでなく、腕も十分だと自負しているしな」

「……ま、そう言う事にしておいてやるか」


 ディンは諦め、そして話題を変えた。


「そう言えばお前、リムの王女の命令でこの国に来たんだろ? リム王女、最近どうだ?」

「ほとんど城にいらっしゃらない」

「それは聞いてる。何してるかは、知らないか?」

「色々と首を突っ込んでは、従者に怒られているそうだ。自重しろと。私の上官は、それで苦労が絶えないらしい」


 ルエラの説明に、ディンは笑う。


「あいつも、試行錯誤で頑張ってるんだな。元気なら、それでいいや」

「……」


「で、お前はこれからどうするんだ?」

「軍部で、この辺りの魔法使いでも尋ねてみようと思っている。元々、そのつもりだったしな」

「だったら、俺が紹介してやろうか?」


 ルエラは目を瞬く。

 そう言えば、彼は王子だった。そう言った伝手があってもおかしくない。


「史上最年少の軍属魔法使いとかさ。ほら、十六で佐官の奴。北部だからちょっと遠いけど、俺も一度会ってみたいと思ってたんだ」

「そうか……」


 ルエラは少し考える。

 他に当てがある訳でもないし、特に断る理由も無い。フロー軍で聞くまでもなく彼が紹介してくれるというなら、それでも良いだろう。


「それじゃあ、よろしく頼む」

「おしっ、決まりな。北部シャルザの、フレディ・プロビタス少佐の所へ行くって事で。

 俺、誰かと連れ添って旅するのって、初めてなんだよな」


 そう言って嬉しそうに笑うディンは、やはり王子とは思えなかった。

 けれど、ルエラは妙に納得がいった。十年前に出会った彼。彼と目の前の少年を結びつけるのは、容易な話だったのだ。

-Fin-

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