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第1話 依頼

 通りを、複数の車が往来する。車通りの無い店が立ち並ぶ通りに入ったが、大通りの車の音はここまでも聞えて来る。道は、人々が行き交い明るい話し声が満ちている。

 建物は、白い壁で包まれた箱のよう。中には、屋根までも平たい物もある。

 足元はコンクリートで固められ、町中では庭先ぐらいしか土が見当たらない。遠くには煙突が立ち並び、もくもくと煙を排出しているのが見える。


 ルエラは物珍しい景色を眺めながら、カフェのテラスで紅茶を啜っていた。

 癖のある短い銀髪に、翡翠色の瞳。着古した青いコートに身を包んでいる。その姿はまるで少年のようだが、ルエラ・リムは女だった。そして、リム国の王女であり、魔女でもある。魔女の存在は、許されていない。見つかれば、火刑となる。そして、護衛も無しに王女が一人旅をするのは危険極まりない。よって、ルエラは男装をしていた。


 旅の目的は、実の母であるヴィルマを探し出す事。彼女は十年前、重罪を犯した。多くの人を殺めたのだ。無差別だったと聞いている。罪が露見した彼女は、姿をくらました。

 それからずっとヴィルマを捜し、旅をしているが、一向に手掛かりは掴めないでいる。とうとうルエラは、隣国へと脚を運んでいた。

 レポス国東部フロー――それが、この町の名前である。


 レポス国は、リム国と同盟を結んでいる。貿易はさかんで、汽車の線路も繋がっていた。

 とは言っても、やはりリムの景色とは全く違っていた。彫刻が盛んで同じ形の建物は無いと言っても過言ではないリムに比べ、レポスの建物は利便性を重視している。また、北方大陸諸国の中では最も工業が発展している国であり、自家用車所有率や工場の数がリム国とは比べ物にならない。

 車のために地面も舗装され、リムで生まれ育ったルエラからすれば、まるで近未来のような光景だった。


 さて、これからどうしようか。


 ルエラは紅茶を啜りながら、今後の予定を考える。

 まずは、軍部へでも赴いてみようか。魔法使いを紹介してもらいたい。

 異国の魔法使いに話を聞くのも、良さそうだ。ヴィルマの指名手配は、同盟国であるレポスにも協力を頼んである。何か明確な情報があるならば、王女の立場で入ってきている筈だ。


 席を立った時、通りに女性の悲鳴が迸った。


 ルエラは傍の低い茂みを飛び越え、通りに出る。一人の男が、こちらへと走って来ていた。男は、小さな女物の鞄を手に抱えている。


「誰かお願い!! 引ったくりよ!」


 男は懐から小さなジャックナイフを取り出し、振り回す。通りすがりの人々は、彼を避けるようにして行く。ルエラは黙って、その場に立ち尽くしていた。その眼は男を見つめたままだ。


「退けえぇぇぇっ!!」


 男は刃先をルエラに向け、突進してくる。

 ルエラの脚が上がった。その爪先は、寸分の狂いも無く男の手を蹴りつける。ナイフは男の手から落ちる。

 続け様に横っ面を蹴り捕らえようとしたが、男はルエラの攻撃を交わして逃げて行く。思ったより、素早いらしい。ルエラは地面を蹴り、追い駆ける。


 男は路地に駆け込もうとしていた。そこには、一人の少年が立っている。ファーの付いた紺色のコートに身を包んだ、何処か良家の子息だろうと思わされる少年だ。


 少年が動いた。

 男の背に隠れ、ルエラの位置からでは少年の動きは見えない。ただ、男がその場に崩れ落ちた事で、何があったかは容易に分かった。腹を抱えている男の腕を、少年は容赦無く捻り上げる。

 そこへ、騒ぎを聞きつけたらしい憲兵が駆けつけて来る。男は、あっさりと連行されて行った。


「おい、お前」


 連行して行くのを眺めていると声を掛けられ、ルエラは振り返る。男を捕らえた少年だった。

 艶やかな金髪に、青い瞳で三白眼。何処か堂々とした態度の少年だ。


「ありがとな。流石にナイフ振り回されたんじゃ、捕まえにくかったからよ」

「……それは、剣ではないのか?」


 ルエラは、少年の腰に提げられた物に目を留める。それは、どう見ても鞘に収まった剣としか思えない。鞘や柄の立派な様子から宝刀のように見えなくも無いが、ただの飾りを腰に下げるとは考え難い。

 彼は肩をすくめる。


「こんな人の多い所じゃ、抜く訳にいかねぇだろ。

 お前、小さい割に強いんだな。名前は? 俺はディン・ブラウン」


 ――ディン・ブラウン……。


 ルエラはその名前に、既視感を覚える。そして、彼の容姿や話し方。何処かで会ったような気がしてならなかった。けれど、誰だか思い出せない。


「私は、リン・ブローと言う」


 男装の際に使用している偽名を名乗り、ルエラは続けて問う。


「すまないが、何処かで会った事があるだろうか」

「いや。無いと思うけど……。人違いじゃねぇか?」

「あなた達、強いのね」


 割って入ったのは、悲鳴を挙げたのと同じ声だった。これまた綺麗な赤いワンピースに身を包んだ少女が、腰に手を当てルエラとディンの横に立っていた。

 ディンが、男から取り返した鞄を差し出す。


「これ。お前のだろ」

「いいわ。あなた達にあげる。山分けしなさい」

「はあ?」


 ディンは眉をひそめる。

 少女に開くように促され、ディンが鞄を開いた。そして、眼を丸くする。


「うわっ、何だこりゃ!?」


 ルエラは隣からそれを覗き込む。中には、どんな名家であろうとも持ち歩くには不相当な額の現金が詰まっていた。

 少女は得意気に言う。


「それで、あなた達を雇うわ。私の護衛をしなさい」

「馬鹿言ってんじゃねーよ。こんな金、受け取れる訳ねぇだろ」


 そう言って、ディンは鞄を閉じ少女に突き返す。

 少女は鞄を受け取ったが、今度はルエラに差し出した。


「そう。なら、あなたはいいわ。こっちの子だけで」


 そうディンに言い置き、ルエラに視線を移す。ルエラのくたびれた青いコートをじろじろと見て、言った。


「あなた、言っちゃ悪いけど、あまり満足な生活出来てなさそうじゃない。痩せてるし、服も汚いし。ありがたく受け取っておいたら?」


「ってめぇ! よくそんな言い方――」


 怒気の帯びた声を挙げるディンを、ルエラは制す。そして、少女を正面から見据えた。


「その金は受け取れない。だが、護衛は引き受けよう」

「なっ、お前、正気か!? こんな高慢ちきな女――」

「黙っていてくれ、ディン。

 ただし、私にも都合と言う物がある。君に付き従っている訳にはいかない。私の旅に同行と言う形なら、構わない」


 もしも彼女がただ高慢なだけのお嬢様ならば、引き下がる筈だ。家に帰らねばならないだろうから。

 しかし、彼女は頷いた。


「ええ、分かったわ。私の身は守ってくれるのよね?」

「安全の保証までは出来ないがな」


 黙っていないのは、ディンだった。

 ディンはルエラの肩を掴み、少女を指差し叫ぶ。


「リン、悪い事は言わねぇ。止めておけ! こいつに振り回されるだけだぞ!?」

「失礼ね! あなたは断ったんだから、これは私達二人の問題よ。

 あなた、名前は何て言うの? 私はメアリー・クロスよ。よろしくね」

「リン・ブローだ」


 ディンは立ち去らなかった。ルエラとメアリーを交互に見ていたが、やがて頭を掻き言った。


「……仕方ねぇ。俺も引き受けてやるよ。リン一人がこんな高飛車女の相手をするなんて、可哀想だからな」

「そう。良かったわ。正直、一人じゃ不安だったから。あなた、武器も持っているみたいだしね」


 それからメアリーは、再び鞄を差し出した。

 ルエラは僅かに眉を動かす。


「それは受け取らないと言った筈だが」

「いいえ、受け取って。私、自分でお金払ったりした事無いのよ。そういう世話もお願い。私の分の賃金は、ここから出してちょうだい」


 ルエラはメアリーをじっと見つめていたが、やがて溜息を吐いた。

 ディンが、彼女に食って掛かる。


「お前なぁ。なんで俺達がそんな付き人みたいな真似――」

「分かった。受け取っておこう。それで、君の気が済むならな」

「リン!?」


 ディンが素っ頓狂な声を挙げる。

 メアリーはふっと鼻で笑った。


「やっぱり、お金に困ってるって事でしょう」


 ルエラは答えなかった。二人に背を向けると、歩き出す。


「ひとまず、宿でも取るか。私が決めてしまって良いか?」

「任せるわ」


 言って、メアリーはルエラの後に続く。

 その時、何かが落ちた。ディンはそれを拾い上げ、呼び止める。


「おい、メアリー。何か落としたぞ」


 その声にルエラは立ち止まり、振り返る。ディンは、ネックレスを手にしていた。


「ロケット?

 これ、家族か? 親と兄貴かな。兄貴、親にもお前にも似てないけど」


 メアリーは振り返り、ディンの手からネックレスを引っ手繰る。


「お兄様は養子だもの」


 棘のある冷ややかな口調に、ディンは慌てて言った。


「勘違いするなよ。落ちた拍子に開いたってだけで――」

「……お父様から頂いた、唯一の肩身なの」


 そそくさとロケットを首に付け直し、再び歩き出す。

 その表情は、暗く浮かないものだった。

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